女心と中学のダウンフォール

(――――きろ♪ 起きろ♪ 霊崎真♪ おはよ♪ おはよ♪ 霊崎真♪)

「…………んぅ……」

(寝るな♪ 寝るな♪ 霊崎真♪ ファイト♪ ファイト♪ 霊崎真♪)


 延々と鳴り続ける目覚まし時計の電子音に起こされる。

 手探りでアラームを止めると、瞼が開ききっていないまま枕元の眼鏡を手に取った。


「……」

「うわあっ?」


 そして顔を上げるなり、部屋の中にいた半透明な虚無僧にビックリして声を上げる。

 起きたら全ては夢だった……なんてことはないらしい。一体何をしているのか、サイはこちらを見ることもなく机と向き合いジーっと何かを眺めているようだった。


「ご、ごめん。おはよ、サイ」

「……」


 相変わらず反応は一切ないため、ひとまず着替えてから一階へ下りる。

 朝食を食べ、顔を洗い、歯磨きを済ませた後で部屋に戻ってもサイは微動だにせず。あまりに身動き一つないため、立ったまま寝てるんじゃないかと疑うレベルだ。

 様子を窺いながら机の上のノートや筆記用具類を鞄に入れ、充電していた携帯を手に取り出発の準備ができたところで改めて声を掛けてみる。


「サイ、ちょっといいかな? これから学校に行くんだけど、霊体でいられる二キロの存在範囲制限を超えるから家には残れないと思うんだ。だから、その……」

「……」


 どうやら起きてはいたらしく、サイは面倒臭そうにこちらを振り向く。表情がわからないにも拘らず、一挙手一投足だけで乗り気でない感情が伝わってくるから不思議だ。

 それでも納得はしてくれたようで、媒体である自転車に戻ったのかボクの目の前からパッと姿を消す。こんな調子で負のアニマの回収なんてできるのか不安でしかない。


「ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」


 聞こえているかわからない感謝の言葉を告げた後で、誰もいない部屋に挨拶をした。

 家を出ると自転車の籠に鞄を入れてからロックを外し、サドルに跨ってペダルを漕ぎ出す。ブレーキやハンドルの感触は、昨日までと何一つ変わらない。


「サイ、今日も宜しくね」

「……」


 返事がないことまで含めて、いつも通りの日常だ。

 うっかり負のアニマに遭遇したときの対応をシミュレートしながら通学路を進むが、登校中に襲われることはないまま学校に到着。自転車を止めると、しっかり鍵を抜き取った。


「また帰りも宜しく頼むよ」

「……」


 無反応なのは寂しいが、霊体の姿すら見せてくれないのはもっと寂しい。

 教室へ向かうとクラスメイトに挨拶を交わしてから荷物を置き、他の女子と話している天王寺さんをチラリと見る。クールで清楚な優等生の姿を見ていると、ファミレスで目の当たりにした女王様張りの傍若無人な振舞い&毒舌が嘘のようだ。


「マーコートー」

「ああ、おは――――」

「忍法、逆アイアンクローの術!」

「よぉぉぉぉっ? 痛い痛い痛い痛い痛いっ! ギブっ! ギブだからっ!」


 突然背後から声を掛けられるなり、首根っこを掴まれてゴリゴリされる。

 悶絶しながら必死に解放を求めると、手を離した颯はボクの前の席に腰を下ろすなりムッとした表情で握り拳を見せた。


「なあマコト。この手が何を握り締めてるかわかるか?」

「…………ボクの皮下組織?」

「はあ……正解だよ」


 颯は大きく溜息を吐いた後で机に突っ伏す。

 そしてそのまま、ボクにだけ聞こえるような小声でボソボソと呟いた。


「…………昨日の放課後、俺の所に若菜が来た」

「やったじゃん」

「話は最後まで聞け。お前の計画通りクイズの答えを聞きに来たと思うだろ? でも握り拳を見せられて「私が持っている物、何かわかる?」って質問された」

「ふむふむ」

「消しゴムとか手紙とか輝かしい未来とか思いついたものを片っ端に答えたら、今度は例のクイズの出題者が誰なのか尋ねられた」

「それで?」

「正直にお前の名前を答えたら「じゃあ用は無いわ」って帰っていった」

「…………」

「………………なあマコト。どうやったら当てられるのか教えてくれよ」


 当てる方法なら知っているが、答えだけ教えたところで天王寺さん相手では簡単に見破られるだろう。あのシャベルが見えないと、そんな悪ふざけのクイズに聞こえる訳か。

 事前に聞いていた話とはいえ、改めて想像すると同情せずにはいられない。柄にもなく落ち込んでいる様子の颯だが、今はそっとしておく他になさそうだ。


「確かに会話イベントは発生したけどよ、これじゃあ余計に怒らせただけじゃねえか」

「別に怒ってる訳じゃないと思うよ?」

「んなことねえっての。滅茶苦茶不機嫌そうな顔してたし、前にも同じ質問をされたからな。アイツの持ち物を壊した可能性とかも考えたけど、全然心当たりがねえんだよ」

「え?」

「何が言いたいのかはっきり言ってくれりゃ助かるんだが、女心ってマジで理解できねえよな。確かに俺は顔認証できるような面じゃねえけど――――」

「ちょ、ちょっと待って颯。その話、どういうこと?」

「あん? そりゃお前、女心を開くパスワードは顔が全てって意味だよ」

「そうじゃなくて! 似たような質問をされたって、いつの話?」

「いつだったかな…………三月……いや、春休み明けだったから四月の頭か?」

「いやいや。三月って入学すらしてないし、どう考えても四月でしょ?」

「ああ、そういや話してなかったか。俺とアイツ、中等部からのエスカレートなんだよ」

「えっ? それじゃあ、中学の頃から知り合いだったの?」

「そういうこった。昔はそれなりに仲良くやってた方だと思うけど、怒らせてからは急に素っ気なくなって今じゃ話すこともほとんどねえけどな」


 そんな話を聞いたところで予鈴が鳴り、颯は身体を起こすと自分の席に戻っていく。

 思わぬ情報から一つの推理が導き出される中、隣の席に腰を下ろした少女は決してボクと視線を合わせようとせず、話しかけるなというオーラを発し続けるのだった。

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