第2話 もう一人の侵略者

その11 正反対で侵略者

「アタシとニヨの関係を簡単に言うなら、優等生と落ちこぼれ、ね」


 ニヨのリクエストに応えて夕飯をカレーにしたのだが、注文した本人は不満そうだ。

 むすっとした表情のまま、無言でスプーンを口へ運んでいる。

 それも仕方ないか。いつもは三人しかいない食卓に今、もう一人いるのだから。


「もちろん、アタシが優等生。成績は常に上位ね。ニヨの方は、ドベではないけどまあ下から数えた方が早いわよ」

「宇宙人も成績とか気にするんだな。というか同じようなことしてんだな」


「集団で、個々の評価があれば自然と比較するでしょ。公的におこなっているか個人で勝手にやっているかの違いはあってもね。モチベーションや下位グループへプレッシャーをかけるためにもこういうのは公にした方がいいって前例があるのよ。アタシたちもアンタたちも変わらないわ。というかアタシらからすればアンタたちも宇宙人だしねぇ」


 正体を現した結城の実年齢の方は分からないが、ニヨが俺よりも年上なのだ、結城も後輩なわけがない。

 演技していた苦手そうな敬語もいつの間にかタメ口に変わっていた。

 俺の方が敬語を使わなくちゃいけないはずだが、なにも言われないのでこのままでいこう。


「ねえ、ちょっと水が欲しいんだけど」

「なんでそんなに進みが早いんだよ。ああ、中辛でもきつかったか?」


 ニヨが好きだから当然のように結城も好きなのだと思っていたが、苦手らしい。


「良ちゃんおかわり!」

「……アタシも」

「いや、結城はまだ残って……」


 辛いのを水で誤魔化して食べていたため、カレーの方の進みは遅い。

 だから半分以上も残っていたが、ニヨを見て残りのカレーを全てかき込んで食べていた。

 目を真っ赤にしながら結城が大皿を俺に差し出してくる。


「ニヨより早く、多めにしなさい」

「いちいち突っかかってこないでよね……! 落ちこぼれのわたしなんてどうせ眼中にないくせに……っ」

「眼中にないわよ? 眼中にない雑魚に上から見下ろされるのは我慢ならないのよねぇ」


「……良ちゃん、ホランより多くして」

「アタシはそのニヨよりも多く」

「良ちゃん!」

「良!」


「堂々巡りになんだろうが。飯で遊ぶな、ゆっくり食え。どっちが多いとかはしねえけど二人とも大盛りにしとくからな」


 大皿を二つ受け取り、白米を乗せてカレーをかける。

 つーか、ごく普通に結城が俺のことを下の名で呼んでいたが、侵略者なんだよな?


 ニヨみたいにほとんどしていないも同然な形じゃなく、現在進行形で、侵略しようとしている。

 ニヨのような実例があるから、そのフレンドリーさに安心してしまうが、侵略者ってもっと恐ろしいもののはずだ。


 いや、恐ろしいことをされたんだ。

 俺の感覚が麻痺しているだけで、すっぽりと記憶が消されていることを忘れてはならない。


 カレーを乗せた大皿を二人に渡す。

 ニヨは笑顔で、結城は顔をしかめている。

 その表情の変化には気づかなかったことにした。


「……じいちゃんは落ち着いてるな」

「なにを焦る必要がある?」


 隣のじいちゃんは既にカレーを食べ終え、一段落ついていた。

 結城が侵略者と正体を明かしても、この人は表情一つ変えていなかった。


「いや、でもさ、侵略者が……」

「ニヨの時もそうだったではないか。お前は覚えてはおらんかもしれんが、家の庭に落ちてきた時、そこにいる赤毛の子以上に、敵意を剥き出しておったな」


 やはり何度聞いても意外だ。

 ニヨが侵略に積極的だったなんて。


 日中、ぐーたら生活の今じゃ考えられねえよ。


「あのニヨが、今じゃこうだ。赤毛の子も同じように心変わりするとは思えんが、まあニヨを一度見ている以上、一度目ほど焦ったりはせんよ」

「あら、なめられてる?」


 結城の視線がじいちゃんに刺さるが、ものともしていない。

 熱々のお茶を口へ運んでいた。


「ニヨと同じと思われているなら心外ね。こっちは色々と事情があって侵略しにきてるんだから。手早く仕事は済ませるつもりよ?」

「事情って?」


 俺の質問に結城は答えない。


「つまんないプライドだよ」


 答えたのはニヨだった。

 そのニヨの頬が、指でぐーっと掴まれ横へ引っ張られる。


「ひ、ひたいひたい!?」

「なんでアンタが答えるわけ? なんなのぉ? というか、人のプライドをつまんないとか言わないでくれるかしらねぇ?」


 ばちん! と伸びたゴムが元に戻るように、ニヨの頬が離される。


「うぅ……、つ、つまらないでしょ! 優等生っていう看板にこだわって身動き取れなくなってるように見えるし! その看板を守るために必死じゃん!」


「必死なのは認めるけどぉ、別に身動き取れなくなってるわけじゃないけどぉ。これは自信なの。アタシを良く魅せるためのツールでしかない。だからまあ、その通り看板よね。その看板を華やかにするためならなんでもするわ。たとえアンタを蹴落としてでも」


「蹴落とし……っていうか、先に仕事を任されたのはわたしなんだけど!?」


 いや、結城がきたってことは、仕事をサボってることがばれたんじゃねえの?


「さっきも言ったけどぉ、監視よ。アタシは追加応援。ニヨを監視しながら二人体制で侵略しなさい、って命令ねぇ」

「優等生のホランが駆り出される案件じゃないと思うけど……」

「それくらい、アンタの仕事ぶりには不信感を持たれてるってこと理解すれば?」


 ニヨが身を震わせた。

 それも仕方ない。

 これまでずっと誤魔化せていたと思っていたが、実は不完全だった、と言われたのだから。


「まあ不信感だからアタシも監視って言われたんだしねぇ。ばれてたなら連れ戻せ、もしくは強制送還されてるはずよ」

「強制……ッ」

「嫌なら真面目に侵略することね」


 強制送還と聞いて、大食漢のニヨが、まったく食が進まなくなっていた。

 よほど嫌なのだろうってのがよく分かる。


「……してる、もん」


 すると、ニヨの食欲が戻り、ばくばくとカレーを再び食べ始める。


「勝手にサボってるとか言ってるけど!」

「サボってるとは言ってないけど」


「言ってるけど! けど! わたしだって侵略しようと計画を進めてるよ!」


「え?」

「へえ?」


「良ちゃん! え、とか言わない!」


 でも、あのニヨが仕事のことを考えてるなんて……いや、ハッタリとすれば、俺にも知られていなかった、の方が信憑性も上がるのか。

 結城がスプーンを置いた。

 大分前から、食の方はまったく進んでいなかったが。


「聞いてあげる。その計画とやらを」

「う」

「う、って言っちゃったよ」


 考えてなかった、みたいな反応をしたぞ?

 咳払いをして一応、持ち直したみたいだが、大丈夫なのか……?


「感覚的なことだから、ちょっと言葉にするのに時間が……」

「じゃ、待ってるけどぉ?」


 結城は逃がさないつもりだ。

 こればっかりは、俺には助けようもない。

 ニヨが一人で乗り切るしかない場面だ。


 すると、揺れていた視線が俺で止まった。


「良ちゃん……」

「え、俺に聞いてくんの?」

「ちょっとどっかいってて」


 え。

 ……そんなわけで、襖を勢い良くぴしゃりと閉められ、追い出された。

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