その9 転校生はトラブルメーカー
数日前に先生から伝えられていた。
一年生に転校生がくるため、学校の案内やメンタルサポートをお願いしたい、と頼まれていたのだ。
相手は女子なので、じゃあ同じ女子の方が良いだろうと副会長が選ばれた。
同じ学年の猪上が適任かとも思ったが、どうやら最初は猪上に話がいったらしい。
で、不安になった猪上が副会長に助けを求めたのだ。
結局、ほとんどの仕事を副会長がやっている始末である。
「転校生のプロフィールを見てシミュレーションをして、学園のなにをどう説明するべきか、なんて細かい計画を立てる子じゃないですからね」
「確かに、あいつは直感で動くタイプだからな」
思えば生徒会向きではない人材だ。
まあ副会長がいる以上、同じタイプは二人もいらない。
真逆のタイプを入れた方がいいだろう。
だから人選は当たりだったわけだ。
それにしても……、きっちりと計画を立てるところは副会長らしいが……、もっと気楽にできないもんかね。
相手は年下だぞ?
緊張しているようには思えないが……。
副会長は何度も転校生のプロフィールを読み込んでいる。
そして自分で作った学園の説明を黙読していた。
全校生徒の前で演説をするわけでもないのだから、失敗してもいいだろうに。
俺も椅子に座り、朝のホームルームの時間までそれぞれ作業を進めた。
そして放課後、転校生が生徒会室へやってくる。
「初めまして、
猪上に連れて来られたのは例の転校生だった。
まず目を引くのがその赤い髪だ。
腰まで伸びた髪と片目を隠すような長い前髪。
髪型だけであれば根暗なイメージがつきそうなものだが、色もあるが、その表情からそんなことは思わせない。
「初めまして。今日、学園の案内をします副会長の立川和歌です」
「知ってますよー、
「猪ちゃん……?」
「あたしのことすよ」
二人は同じクラスらしい。
朝から今まで常に行動を共にしていたおかげか、今ではもう完全に打ち解けている。
どのクラスになるのか事前に知らされていなかったので、猪上も面食らったらしい。
こんなに打ち解けているのなら、副会長の助けもいらなかったかもな。
「助けは欲しいすよ。人に上手く説明できる自信ないですし」
「だからって立川に全部丸投げもダメだからな」
楽をするつもりだろう猪上に釘を刺しておく。
すると、転校生が俺を見た。
「ああ、そっか。俺は会長の大垣良だ、よろしく」
「はい、よろしくお願いしますっ」
手を差し出されたので、反射的に取ってしまったが、向こうから差し出してきたのだからいいのだろう。
握手をすると、転校生が微笑んだ。
「……会長、いま、ホラミにデレっとしましたよね?」
「してねえよ。って、ホラミってなんだ」
「穂蘭のあだ名です」
あだ名で呼び合う仲まで進展してなによりだ。
「太田書記もこっちにきて挨拶くらいしたらどうだ」
「おれはもうしてあるのでいいです」
同じ一年だし、顔を合わせる機会があったのか。
ただ気になるのは、転校生がやってきてからずっと怯えているのはなんでだ?
「あっ、さっきはごめんね、急に回し蹴りしちゃったりして」
回し……?
回し蹴りって急にできるものなのか……?
だから顔に大きな湿布を貼っているのか。
「どうせナンパでもしようとしたんすよあいつは」
「するか! 確かにお前よりは可愛いが転校初日に手を出すわけねえだろ!」
「どーだかね」
いつもの喧嘩が始まり、転校生も唖然すると思いきや、あははっ、と笑っている。
転校初日で馴染めているようで良かったよ。
「……意外ですね」
「ん? まあ、最初は驚くだろうけど、こいつらの喧嘩はどこか微笑ましいからな。本当に問題になるまでは続かない」
意識的にセーブしているのかは、本人たちに聞かないと分からないけど。
「ではなくてですね、太田の湿布ですよ。彼、元々スポーツ推薦でしたから体は強くできあがっているはずです。いくら今、怪我で活動していなくても、女子生徒の回し蹴りで怪我をするとは思えないんです」
確かにな。
それに、避けることもできたはずだ。
太田はスポーツができない憂さ晴らしに、喧嘩に明け暮れていたちょっとした不良だった。
根っからの不良ではないので、別のことに夢中にさせてしまえば、まともに学園生活を送ろうと思えるだろう……と、生徒会に引っ張りあげたことで、あいつの暴走も止まったが……経験は消えてなくなったりしない。
回し蹴りが避けられない太田ではないはずだ。
だから転校生が凄いのか、たまたま避けられない状況だったか。
そもそもなんで回し蹴りをされる目に遭うんだよ。
太田が転校生をナンパして、拒否されたという予想は、かなり可能性が高い気がする。
「太田がそう軽薄なことをするとは思えないです」
「分かってるよ。ただ、誤解されることにおいてあいつの右に出る者はいないんだよな」
短い期間とは言え不良をしていた、というイメージが強く残っている。
今、生徒会として活動しているからイメージの上書きもできているが、完全ではない。
だから多分、困っている転校生を見つけて話しかけたらナンパと勘違いされて回し蹴りをされた、とそんな感じだろう。
「なあ立川。回し蹴りって、簡単にできるものなのか?」
「私はできません」
「ああ、運動音痴だもんな」
「だ、大分マシになりましたよ!」
「たまに体育の授業を教室から見るけど……、うん、よく頑張ってる」
「言うならばっさり斬ってください!」
ぽこぽこと握り拳で叩いてくる副会長をまあまあとなだめ、視線を転校生へ向ける。
するとばっちりと目が合った。
ちょくちょく、あっちも俺を見てるんだよな。
「前の学校ではなにか部活をやっていたのか? 中学の時でもいいんだけど……運動神経は良い方じゃないのか?」
回し蹴りができるくらいだしな。
「会長さん、アタシに興味津々だね。……ですね!」
猪上が肘で小突き、転校生に気づかせた。
まあ、タメ口でもいいけど。
副会長がいる場では無理だろうなあ。
今、一瞬だが、隣からぴりッとした空気を感じ取れた。
転校生は、ん-、と人差し指を顎に添えて、
「小さい頃はダンスをやっていたけど、最近は特になにも、してないですねえ」
「そうなのか。じゃあ部活もなに入るのか決めていないのか」
「そうですねえ。ゆっくり決めようかな、と。会長は部活やってるんですか?」
「多忙で生徒会と兼任はできないからな、帰宅部だ」
「あ、じゃあアタシも生徒会に入りたいですっ」
ぴんと腕を伸ばして挙手をした転校生。
悪気はないのだろうが、軽い気持ちで言っているというのが丸分かりだった。
「……そんなに簡単に入れる生徒会ではないですよ」
口調は優しいが、ぴりっとした空気は健在だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます