その8 侵略者が持つ力

 ニヨが持つ力はニヨの故郷である惑星にいる上司に申請をして、受理されれば送られてくるシステムらしい。

 申請するには理由が必要で、審査もあるためにすぐに受け取れるわけではないのだ。

 いま申請すれば、早くて明日の朝には受け取れるだろう。

 明日の学校には間に合う計算だ。


「いつも思うけど、理由ってどうやってでっちあげてんの? 素直に俺がこれこれこう使うって言ってるわけじゃないんだろ?」

「そりゃ上手いこと言ってるよ。まるでわたしが侵略のために必要としている、って書き方でね。力を使い終えたら結果も報告しないといけないんだけど、たぶん上司が持つ書類上では、わたしがかなり侵略してることになってるかもしれないね」


「大丈夫なのかそれ。抜き打ち観察とかないよな?」


 来てみたら全然侵略してないじゃんっ、てことになりかねないんじゃね?


「そもそも侵略の定義って曖昧だし」

「そんなあっさりしてんの……?」


「んー、そりゃ力で侵略する場合は先住民の駆除とかある程度の侵略の定義は絞られるけど、地球に関してはうちの管轄にするだけって方針だからね。力で脅したりしないで、できれば隠密に話し合いで、って言われてるの。だから力も制限されちゃってるわけだし」


 だから必要な時に必要な力を渡されているのか。

 力の上限も一五回って決められているのも理由があるんだろうな。


「それは定期連絡をしろって意味だと思う。音沙汰なしも困るだろうし」

「侵略しにきたのはニヨだけなのか? だとしたら、荷が重過ぎないか? ニヨだけじゃ地球は広過ぎるだろ」

「優先目標じゃないからだろうね。時間がかかってもいいからわたしに任せてるんだと思う。だから他にはいないと思うよ」


 ふーん、と聞いていると、作っていた料理も完成した。

 皿に盛り付けながら、


「命令二回、誘導四回、聞き耳二回、思考透視二回、模範二回、正答三回かな……あ、可能なら命令をもう一つ。難しそうだったら二つでいいから」

「ん。分かった。じゃあそう申請しておくね」


 食事を終えた後は、いつものように居間でだらだらとテレビを見る。


「ぎゅー」

 と抱きついてくるニヨを手で押しのけながら。


「ちゅー」

「暑いんだからくっついてくんなよ」


「そ、そっけない! いつからこんな子になっちゃったの! 昔はお姉ちゃん大好き結婚するんだって言ってくれたのに!」

「子供の言うことだからなあ」

「あの頃に戻りたいよー!」


 じたばたと駄々をこね始める。

 うるさくてドラマが聞こえないんだよ。


「うるせえ、つまみ出すぞ」

「うぅ……なんでこんなに嫌われちゃったんだろ?」


 よよよ、と泣くニヨに、さすがに罪悪感があった。


「……嫌いじゃないよ」

「え、ほ、ほんと!?」


 ニヨの顔が近い。

 小さな手を俺の胸に置き、全体重をかけてのし掛かってくる。

 勢い余って押し倒されてしまった。


「本当だよ。だから毎晩、寝る時は別々の部屋にしないんだろ。普段きついこと言ってるからここだけは変えないようにしてるんだよ」

「良ちゃん……」


 ニヨの頬が赤くなりはじめ、しかしすぐに冷静になったのか、目が細められた。


「きついこと言ってるって自覚あるなら自重してよ!」

「じゃあ少しマイルドにす――おいやめろ、唇を押しつけてくんじゃねえよ!」


 ニヨの顔を鷲掴みにして押し戻す。

 油断も隙もあったもんじゃないな。


「惜しい!」

「惜しいじゃねえ!」


 まあ、寝込みを襲わず、俺が躱せる時だけ襲ってきているのだから、ニヨも本気じゃないのだろう。

 やろうと思えば力を使って俺に命令すればいいだけの話だしな。


「良ちゃんはガードが堅いんだから。絶ッッ対に奪ってみせるからね!」

「あー、はいはい。ったく、ドラマの内容が分からなくなっちまったじゃねえか」


「大丈夫、こんなこともあろうかと録画してあるから」

「威張って言うな。こんなこともあろうかって全部、お前のせいだからな」


 内容が分からなくなったドラマを途中で切り上げ、自室へ戻ることにする。

 どうせ、もうそろそろ寝る時間だ。


 生徒会は朝が早い。

 そのため、早寝早起きをしなければならないのだ。



 ――自室に戻って、一人になった。


「…………危なかった、な」


 お姉ちゃんの唇、柔らかそうだった。

 抵抗をやめてしまえば、気持ち良いんだろうなって思う。


 でも、まだ、だ。

 俺はまだ、ただの一学生でしかないんだから。


 お姉ちゃんはあの頃に戻りたい、と言った。

 でも、俺は逆だ。


 ――早く、大人になりたい。



「いってきます」

「良ちゃん、今日も頑張ってね」


 ニヨからエールを貰って家を出る。

 集まっていた猫たちは、俺に道を開けるように左右に散って行った。

 その中に、ぐったりと横たわっている茶色い猫がいた。


 近づいて確認してみたが、死んでいるわけではない。

 目立った外傷もないし、とりあえずニヨに渡して俺は学校へと急いだ。


 登校中に端末を確認したら、申請していた力が送られていた。

 詳しい仕組みは分からないが、端末から出る光を目に通すことで力が各部位に宿る、という解釈で合っているらしい。

 だから咄嗟に使いたい力が使えるわけではないので、あらかじめ力を宿しておく必要があったりするから、その見極めも必要になってくる。


 最初の頃は難儀だったが、今ではある程度、予測もできるようになってきた。

 最悪、一瞬でもいいからその場から席をはずしてしまえば力を宿す時間は稼げる。

 周りからは変に思われるかもしれないが、まさかこんな力を持っているとは誰も思うまい。


 生徒会室に着くと、副会長が先にきていた。


「おはよう立川」

「会長、おはようございます」


 朝、生徒会室に集まるのは俺と副会長だけだ。

 抜き打ちの持ち物検査や身だしなみチェックがある場合は、一年も参加させるが、そうでない場合は俺たちだけになる。


 なぜ朝に集まっているのかと言えば、単純な仕事の量もあるが、習慣になってしまっているのが大きい。

 前年度も生徒会に参加していた名残だ。

 前会長は一年にも容赦なく仕事を振っていたからな……俺たちにかかる負担も大きかった。


 その功績が認められて、いま俺たちは生徒会の会長と副会長をやれているわけでもある。


「悪いな、先に作業進めてもらって」

「いえ、これは私個人に任された仕事ですから」


 そうなのか? 

 じゃあ俺の仕事は残っているのか……。

 がっかりしたが、顔には出さないようにした。


「困っていれば手伝うぞ。立川も少しは休んだ方がいい」


 助けられている俺としては副会長のサポートがないときついが、それでも副会長には万全でいてほしい。

 一年の二人がいなくなっても大して困りはしないが、副会長がいなくなるのは困る。

 残された俺だけで回さなければならなくなるからだ。


 表に出て発信する俺と、裏で手回しをする副会長で成り立っている生徒会なのだから。


「大変な作業じゃないですから、大丈夫です。それに、会長は男子ですから。あまり見られると、気にする子もいますから」


「あー、そういうことなら仕方ないな。確か、転校生がくるんだっけか?」

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