その7 居候の(自称)侵略者
聞き耳は、いま使えば近くの家の居間の会話を聞くことができる。
その場を離れたとしても効果が持続するのだ。
感覚としては、耳を居間に置いてきた感じ、だろうか。
「しまった、夫婦喧嘩してる家に使っちまった……穴掘りばっかしてる息子をどっちが引き取るかっていう離婚予定の会話だ」
「穴掘りばっかり……?」
「なーんか、化石でも探しているんだとさ」
そういうのが好きな子供なんだろう。
可愛げがあるが、受験を目前にした高校生がしているとなれば親も揉めそうだ。
離婚原因がそれなのか気になるが、効果時間は短いので電話の通話が切れるようにプツンと効果が切断された。
「受験、か。それももう来年の話か」
「良ちゃんは大学? 就職?」
「金がたくさん貰える大企業に就職するつもりだ。まあ余裕だろ、いけるいける」
「良ちゃんならいけると思うけど、油断は大敵だよ」
大きなミスをしなければ、力を利用してできないことはない。
その大きなミスにだけ細心の注意を払っていればいい。
「でもなんで大きな企業に入りたいの? お金をたくさん貰ってしたいことでもあるの?」
「……まあ、あるよ。一般的に、金がたくさんあった方が幸せになれるからな」
「そーかなー?」
ニヨは納得してなさそうだが、うちの学園を知れば納得するはずだ。
金があれば退学を免れる。
金があれば入学できる……卒業だって可能だ。
世界最大のエリート学園の肩書きを数億円で買ったとなれば、生徒に実力がなくともそれなりの企業へ就職することはできる。
実際、学園に通うお金持ちの家を持つ生徒はそういう方法を取ることが多い。
金で卒業し、良い企業へ入って成功している前例がある。
うちの学園の持ち味と言えばそれだろう。
たとえ金がない貧乏な家の生徒でも、一芸でもいいから実力があれば変わらず卒業できるのも同じく持ち味の一つだ。
人間として実力があれば成功できる。
そういう学園なのだ。
「ただいまー!」
家に辿り着くと大量の猫が出迎えてくれた。
築年数が古い大きな一軒家の隣にはうちが所有している神社があり、密かに住処にしている猫たちがニヨの声に反応して集まって来たのだ。
ニヨが餌をあげ過ぎているせいか、どいつもこいつも肥えている。
ああそうだ、最後の力を使う内容をどうしようかと迷っていたが、こいつらは少し痩せるべきだ。
「とりあえずお前な」
近くにいた茶色い猫に命令を使った。
基本、一つの力の対象は一つである。
「ちょっとお前、外いって走ってこい」
頷いた茶色の猫が塀を越えて外に走りに向かった。
「おじいちゃんただいま!」
「ああ、おかえり」
居間へ行くと甚平姿のじいちゃんがテレビを見ていた。
「なんだ、お前ら、二人一緒だったのか。良の帰りを見計らって迎えに行くのはやめたんじゃなかったのか?」
「今日は良ちゃんがデートに誘ってくれたんだよー」
「デートじゃないから」
ニヨは聞く耳を持たずに顔をにやけさせている。
……もう違うと言うのもめんどくせえ。
「なんでもいいから、さっさと風呂入ってこい」
一度入ったシャワーも中途半端だったらしいし。
「良ちゃん、一緒に入ろっ」
「入るわけないだろ。俺は後でいいからニヨが先入れよ」
「えー、入ろうよー」
ニヨが俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張ってくる。
それを振りほどき、ニヨの背中を押して脱衣所まで向かわせた。
カーテンをシャッと閉めると、俺を呼び止める声があった。
振り向くと、ニヨの顔だけがカーテンよりこっち側に出ている。
にぃ、と笑ったと思えば、カーテンの隙間から身につけていたタンクトップと短パン、そして赤色のパンツが落とされた。
「良ちゃん、いまわたし、裸だよ?」
「早く入れよ」
言うと、ニヨは分かりやすくむすっと頬を膨らませ、
「あっそっ!」と浴室の中へ入って行った。
脱ぎ散らかされていた服を拾って、洗濯機の中へ放り込む。
「……あいつ、いつまでノーブラなんだよ」
小柄な体型でも別に、ないわけじゃないんだ。
ブラジャーくらいはしてほしいもんだ。
俺は自分の部屋に戻り荷物を置いて、次にじいちゃんの部屋へ向かった。
六畳の部屋にはタンスと畳まれた布団と本棚、そして仏壇があった。
俺の目的は部屋の隅に置いてある仏壇だ。
座布団の上に正座をし、
「ただいま、父さん、母さん」
小学校の入学式を迎えてすぐだった。
父さんと母さんは交通事故に遭い、同時に命を落とした。
残されたのはじいちゃんと俺だけだった。
ばあちゃんは、俺が生まれる前に他界していたらしく、写真で見たことがあるだけだった。
一人残された俺は、じいちゃんに引き取られた。
理由は、入学したばかりの学校の近くに家があったからだった。
丁度じいちゃんも一人だったし、孤独死されても困るから、という理由もあったらしい。
正直、その時のことを俺はまったく覚えていない。
父さんと母さんが死んだことは知っているが、結果だけ言われたような感覚だ。
父さんと母さんと過ごした日々の記憶はあるが、入学式とその数ヶ月後までの記憶がない。
不思議な感覚だ。
気づけば、父さんと母さんがいなくなり、代わりにニヨが家にいたのだから。
まるで最初から一緒に暮らしていたかのように、お姉ちゃんをしていたのだ。
今とまったく変わらない姿のままだった。
「お姉ちゃんは、俺らとは違うんだもんな」
自称、地球を侵略しにやってきた、宇宙人。
最初はふざけてるのかと思っていたが、不思議な力を見せられれば、人間じゃないことは納得できる。
侵略者、というのは最初から信じることはできなかったが。
だって侵略をする気がまったくないのだから信用できない。
じいちゃんが言うには、最初は本当に侵略をする気でうちの庭に落ちてきたらしいが、なにがあったのか俺は覚えていないが、どうやら俺のおかげでニヨは侵略をやめたらしいのだ。
それきり、うちで居候扱いになっている。
もはや家族同然になっているが。
「俺は楽しくやってるよ。それじゃあ、また明日。父さん、母さん」
挨拶を終え、夕食の準備に取りかかる。
ニヨが家事をまったくできないために、俺とじいちゃんで分担してやっている。
掃除は主にじいちゃんがやり、洗濯と飯は俺が担当している。
分担してはいるが、俺もじいちゃんも一通りできるので、片方がいなくても家事は上手く回るのだ。
なにもできないのはニヨだけだ。
「良ちゃん、お風呂あがったよー!」
「今、火を使ってるから近寄るなよ」
まだ濡れた髪のまま、ニヨが台所へやって来る。
冷蔵庫の中の牛乳を取り出して隣でごくごくと、コップ一杯を飲み干していた。
「あ、そだ。いま、力の申請しちゃうけど、なんの力をいくつくらい欲しいの?」
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