その6 呼べば飛ぶお義姉ちゃん

「あ……、すみません会長、今日は……」

「いや、無理にとは言っていないからな。今日も……、か?」


「はい。……いつもより早く生徒会が終わったのに、すみません」

「いいって。強制じゃないんだからな。家の事情が最優先だ」


 じゃあ、と副会長が丁寧にお辞儀をして生徒会室を出て行く。


「……で、これどうすんだよ」


 一人で行くのはなんだか寂しい感じがするし……仕方ないか。

 不本意だが、あいつを誘うとしよう。

 用件を伝えなくても場所だけ言えばすぐにきてくれる。


 スマホで家の電話にかけ、


「ニヨ? 学校から駅前にいくと」

『すぐ向かうね!』


 荒々しく切られた。

 通話時間、二秒だった。



 駅前は丁度帰宅ラッシュ時間だったせいで人が多い。

 人の流れに流されないように道の端に逸れ、待ち合わせ目印になっている銅像の傍に立つ。

 周りには、俺と同じようにスマホをいじりながら待つ人が多くいた。


 この場所に辿り着いても相手を見つけるのに迷いそうな数の人がいるが、あいつなら心配いらないだろう。

 物陰にわざと隠れていても必ず見つけ出してくるのだから。


「あっ、良ちゃんいた!」


 人混みの中からそんな声が聞こえ、音の方向を探していると、いつの間にか目の前にあいつが立っていた。

 ノースリーブに短パンで、まるで少年のような格好だ。


 しかも家でだらだらしているせいか、縁側の日向に当たり過ぎて肌がこんがり焼けてるし。

 ノースリーブの肩の紐の部分だけ、白と黒の違いがはっきりと分かる。


「……なんでこんなに髪がびしょ濡れなんだよ」

「シャワー浴びてる最中に電話がかかってきて、すぐにここに来たからだよ?」

「きちんと乾かしてからこい馬鹿!」


 風邪でも引いたらどうすんだ。

 俺はカバンの中からタオルを取り出し、背の低い少女の藍色の髪の毛に乗る水分を拭き取る。

 拭き終えると、ニヨは嬉しそうに顔を緩めていた。


「なに笑ってんだよ」

「だってぇ、良ちゃんが構ってくれるからー。家だと最近、無視するんだもんっ」


 それは……、こいつのスキンシップが過剰だからだ。

 ベタベタベタベタ、俺だっていつまでも子供じゃないのだ。


「うん、子供じゃないよ? だって大きくなったもんねー」

「そういう目線が子供扱いしてんだよ。お前は逆に、全然変わらねえし」

「だって、わたしは成長が遅いし」


 見た目は一四歳にしか見えない。

 しかもその年齢でも小柄な方だろう。


 ランドセルを背負っていても、たぶん通用すると思う。

 昔は大きく見えた。

 だけど今では見下ろすほどに小さくなってしまった。


 いや、ニヨは変わっていない。

 俺が変わっただけなのだ。


「ねえ良ちゃん、なんでわたしを呼んだの?」

「あ、ああ……、アイスの半額券があるから一緒に食べようって誘ったんだった」


「ほんと!? 嬉しい! 良ちゃんからデートのお誘いだ!」

「違うし。一回断られたから、券を失効させるのも勿体ないと思っ……て……」


「へえ」

 と、ニヨがまとっていた雰囲気が変わった。

 目に光がなくなり、俺の方を向いているのに俺を見なくなった表情にゾッとした。


「誰? 良ちゃんのお誘いを断ったの。というかほいほいついていっても許さないけど」

「どっちにしても許さないんだな」


 このままだと勝手に探し出して釘を刺しそうな気がしたので、勘違いを正しておく。


「生徒会で社交辞令として誘っただけだよ。ほら、副会長で勉強しか頭にない奴、前に話しただろ。勉強ばっかで息抜きできてないんじゃないかって思って、一応誘ってみたんだけど、予想通りに断られた。だから別にニヨが思ったようなことじゃないって」

「そうなんだ、良ちゃんはやっぱり優しいね」


 ニヨの瞳に光が戻り、いつもの調子を取り戻す。

 学園でのことはよく話しているので、ニヨもすぐに分かってくれた。


「そうだよね、社交辞令だよね。だって本気で誘うなら良ちゃんなら力を使うだろうし」

「その言い方じゃ依存してるみたいじゃねえか」


 まあ、ニヨの言い分は間違っていない。

 もし本気なら普通に力を使っていた。

 ただ、別にデートに誘う気はないけど。


「どーかなー?」

「肘で脇腹をつついてくんな。もういいから、いくぞ。アイス食べて早く帰ろうぜ」

「何味があるのかな?」


 切り替えの早いニヨを連れて、二人でハンバーガーチェーン店へ向かう。

 さり気なく、隣に立つお義姉ちゃんの手を握ろうとして、思い出して自制する。


 肩に引っかけていたカバンを、手枷のように持ち替えた。



「ニヨ、そろそろ力の補充がしたいんだけどさ……」

「ん。全部使い切ったの? っとと、溶けちゃう溶けちゃう」


 ニヨが、コーンに乗っている丸いアイスを下から舐め取ろうとした。

 しかし一歩遅く、垂れてしまった溶けたアイスを指で受け止め、勿体ないからと指を舐めた。


「お前、その手で触ってくるなよ」

「えー!」


 えー、じゃないだろ。

 いや、今はそうじゃない。


 俺はニヨから受け取っていた端末を取り出して中身を確認する。


 帰路を歩きながらスマホをいじるのは危険だが、周囲への目はニヨに任せている。

 だからと言って安心でもないが、数秒、意識をスマホに向けるくらいなら平気だろう。


「まだ二つあるな。『聞き耳』と『命令』だ」

「全部使い切らないと新しく申請できないから使っちゃってね」


 こういう時、ニヨに力を使えればいいんだけどな……。

 持ち主であるニヨには『口』を使った『命令』や、『目』を見せ、『思い込ませる力』は通用しない。壁を隔てた場合や、人混みの中で特定の人物の声を聞き取れる『聞き耳』や、相手の動きを見てすぐに真似できる『模範』などは通用するのだが、ニヨ自身を思い通りに操作することはできない。


 ちなみに、体育の時間に『目』を使ってサッカー部の動きの『模範』をおこない、生徒会で後輩二人に『目』を使って仲良くした方が良いと『思い込ませ』た。


『口』を使い『命令』しなかったのは、『思い込ませ』るのと違って、強制力があるためだ。

 あの場だけ収められたら良かったのに、仲良し状態が何日間も続くのは困る。


 正直、『命令』はあまり使いたくない。

 ただ、いざという時のためには持っておきたいんだよな……。


「どうしようかな……『聞き耳』はすぐに使えるとしても、『命令』はテキトーな誰かに使うわけにもいかないし……」

「あ、命令なら動物にも通用するよ?」


「え、そうなのか?」

「うん。言葉が通じれば、だけど」


 じゃあ無理なんじゃないか……?


「賢い子……うちの庭に集まってくる猫ちゃんたちなら通じるかも」


 ニヨが縁側で昼寝していると大量に集まってくるあいつらか。

 一度、ニヨが餌をあげたら猫の中にもネットワークがあるのか、情報を知って集まる猫が増えたのだ。

 今では首輪はつけていないが、数十匹がうちの猫みたいになっている。

 ニヨがくれる餌をあてにされても困るんだけどな……、あいつらが外で生きられなくなっちまうし。


「でもまあ、一回試してみるか」

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