その10 本物の侵略者

 猪上を生徒会に入れた時も数度の衝突があった。

 今はもう認めているだろうが、根本的に副会長はこういう軽いタイプと相性が合わない。


「えー、でもアタシ、生徒会に入ったら上手く仕事を回せる自信がありますよぉ?」

「仕事ができるだけの人間が生徒会に入れるわけではないですよ」

「でも、この学園は実力が全てですよねぇ? あ。あとお金でしたっけ?」


 転校生の言うことは正解だ。

 実力があればどんな無茶でも通ってしまう。

 本当に仕事を上手く回せてしまうのならば、転校生を生徒会入りさせることに不満を言う先生はいないだろう。

 生徒の不満など押し潰して実行できる力があるのだから。


 ただ、いま転校生を入れたら確実に副会長と埋まらない溝ができる。

 生徒会で過ごす時間が多い以上、ギスギスした空間にはしたくない。


「それは後で追々決めていけばいいだろ。生徒会の仕事の説明もするわけだしな。本当にやりたいなら改めて言えばいい。分かったか、転校生」

「アタシ、結城穂蘭って自己紹介しましたけどー」

「おっと、悪いな」


「会長!」

「立川も、熱くなるな。準備したんだろ? ちゃんと仕事を果たせ」


 そう言われて、副会長がすぐに冷静になった。


「すみません。結城さん、学園の説明をしたいので、そろそろ出発しましょうか」

「えー、アタシ、説明なら会長さんにしてほしいですけど」

「ん、俺か? だけど悪いな、頼まれてた仕事があってだな――」


「そんなのそこの副会長に任せればいいじゃないですか。別にその人じゃないと説明できないってわけでもないですしぃ」


 隣をちらっと窺うと、笑顔だが、ただ顔が引きつっているだけの副会長がいる。

 この二人、本当に相性最悪らしい。

 これ以上は仲良くさせるためだとしても、一緒にいさせるのは逆効果でしかなさそうだ。


「分かった、俺が説明する」

「会長! この子の我儘に付き合う必要なんてないです!」


「合わないものを無理やり合わせる必要もない。結城も、立川も、互いに良く思っていないのなら頭を冷やす意味でも一旦、距離を置いた方がいい。というか生徒会室だからまだ許せているが、学園内で見苦しい言い合いをされても困るんだ。……悪いな、頑張って準備したのに仕事を奪ったみたいになっちまって」


「いえ……、元はと言えば私がムキになってしまったのが悪いですから」


 んむーっ! と、結城が猪上に口を塞がれていた。

 多分、またなにか火種になるようなことでも言いそうになったのだろう。

 すぐに気づいた猪上のナイスプレーだ。


「じゃ、残した仕事を片しておいてくれ。俺たち、猪上会計と一緒に結城を案内してくるよ」


 珍しく、太田は生徒会室に残ることにしたらしい。

 結城への怯えがまだ取れていないのだろう。

 元々、案内には連れていかないつもりだったから、副会長のサポート役だ。


「じゃあいきましょう、会長っ!」


 結城が俺の腕に抱きついてくる。

 そして俺の空いた隣に、静かに猪上が寄り添った。


「両手に花すねえ、会長さん」

「両手……?」


「あっ! あたしのこと花とは思ってなさそうな感じっすね!」

「思ってる思ってる」


 素直に綺麗な花、とは思えないけどな。



「会長さん、テストで満点一位を取るなんて凄いですね。コツとかあるんですか?」


 歩き疲れた結城の提案で休憩を取ることになった。

 廊下の窓際に背中を預ける。

 今は俺と転校生の結城だけだった。

 猪上は飲み物を買いに行っているためこの場にはいない。


 数十分、一緒にいてよく分かったが、結城はよく喋る。

 日常生活のどうでもいいことから学園について質問など、絶え間なく話題が吐き出されていた。

 目についたものを片っ端から声に出しているのと同じで、思いついたことを考えもせず口に出しているのだろう。


 今の話題も唐突だったが、もはや慣れていたので驚きもしなかった。


「コツなんかねえよ。単純に日々の勉強の成果を出すだけだ。普段からやることやっていれば自然と満点くらい取れるようになってくる」

「でもぉ、ちょっとした抜け道くらい知っているんじゃないですかぁ? だってだって、全部を完璧にこなすって、一度できても二度目も成功させるのって難しいじゃないですか」


 抜け道、ねえ。

 確かに知っているが。

 というか、俺は抜け道しか通っていない。


「……不正をする気か?」

「やだなぁ会長……もしするんだとしても、そんなこと会長さんに言うわけないじゃないですかぁ。不正じゃなくて、抜け道ですよ、抜け道」


 ルールの隙間を抜けるような……か。

 俺の方が知りたいくらいだ。


「ないな。結局、頑張って勉強するのが一番の近道なんだよ」

「もうっ、近道じゃなくて抜け道って言ってるのにぃ」

「というか、なんでお前が聞くんだ。転入テストで満点だっただろうに」


「あ、知ってました?」


 副会長が話題に出していたので、俺が聞いても良いことだと解釈したが、まずかっただろうか。

 結城が気にするとは思えないが……、今も気にしてなさそうに見える。


「気にしませんよぉ、というか知っておいてほしいくらいです」

「知っておいてほしい? ああ、自分は優秀だから生徒会に入れろってアピールか?」

「まあそうですねぇ。あとは、牽制です。意識してほしいのが一番ですよぉ」


 そこで初めて、この話題になってから結城の目を見た。


「あ、やっとこっち見た」


 俺を下から見上げる体勢なので、前髪が少しずれ、いつもは隠れている結城の片方の瞳がよく見えた。

 左右で瞳の色が違っていた。

 それがコンプレックスで隠していた? 

 確かめるにも、コンプレックスかもしれないことを聞くのは躊躇う。


「……牽制、ってのはどういう意味だ?」

「テストの内容は違いますけど、アタシも満点を取りましたから。ただ単に勉強をひたすらにするタイプに見えます? 副会長じゃないんですから、そんなメンドウなことしませんよ」


 副会長が勉強漬けの生活を送っていると知るのはそう難しくはない。

 事前に調べていた可能性もあるが、今、このタイミングで言われたことで、さっきの短い会話の中で知ったのではないかと思ってしまう。


 なんらかの方法で。

 そしてそれは、満点を取ったのも、同じ方法だとも言える。


 満点を取るというのは、取っている俺が言うのもなんだが、難しい。

 事実、この学園で満点を取っているのは俺だけだったのだ。

 ……結城がくるまでは。


 転入試験となれば難易度も変わるし、一年二年の差もある。

 だが、一度もミスをしない完璧な正答をできる生徒はやはり俺しかいないのだ。


 その俺だって、自分の実力ではない。

 副会長の勉強量でも取れていない満点を、結城が取れるとは思えなかった。


 勉強しなくともよほど学力が良いのか……、


 ――俺と似たような力を使っているのか。


「共有しない? 満点への抜け道」

「結城穂蘭、命令だ」


 俺は念のために仕込んでいた力を使うことを決めた。

 ――躊躇いはなかった。


 こいつは危険だ。

 俺の学園生活を脅かす危険がある。

 排除すると目立つから、とりあえず結城の素性を知り、手元に置くか、弱みを握って動きを制限するべきだ。


「お前の正体を教えろ」


 結城の笑みが消え、無表情へと切り替わる。

 俺の命令が効いた証拠だ。


「はい。結城穂蘭、幼少時はロシアで暮らしていました。クラシックバレエで才能を発揮し、注目を浴びていましたが、家族の転勤で日本にくると友達作りに熱中し、自然とバレエからは離れていきました。それきり友達と遊ぶばかりで、部活に入ってもすぐにやめていました」


 家族構成や趣味、好きなものや嫌いなもの……どうでもいいことまで聞けた。

 もっと絞れば深く聞けるだろうが、今は曖昧でも色々な情報が知りたいのだからこれでいい。


 なにより、俺と同じ力には一切、関わっていないことが分かったため、それだけでも使った甲斐があったものだ。


「……あれ? アタシ、オチてました?」

「少しな。寝不足か?」


 思い込ませる時と違い、命令の場合はその間の記憶が空白になってしまう。

 使われた側は感覚的に寝落ちしたように感じるらしいのだ。


「転校の準備やらでメンタルが疲れていたんだろう、今日はよく休んだ方がいい。……どうする? 学園の案内はいつでもできるから日程をずらせるが……」

「そうですねぇ、じゃあ今日は予定を変更しましょうよ」

「そうか、なら中断して――」


 その時、胸倉が力強く掴まれ、斜め下へと引っ張られた。

 結城の顔が、すぐ近くにあった。


「会長さんの家に、招いてくれますか?」


 そこから先の記憶が、俺にはない。




 気づけば俺は家の前に立っていた。


「………………は?」

「案内ありがとねー」


 隣にいたのは転校生の結城……だ。

 なんだこれ、わけが分からねえ。

 制服を着てるってことは、学校から帰ってきたのだろうけど……生徒会は?


 まさかすっぽかしてここまできたわけじゃねえだろう。


「それなら安心していいよ、会長さんはいつも通りにそれっぽくこなして生徒会を締めてたからね」


 スマホを取り出し、生徒会のグループチャットに連絡を入れると、全員、無事に帰宅したと返信がきた。

 過保護過ぎると注意を受けたが、今日だけだ。


「…………なんで結城がここにいる?」

「会長さんの家に遊びに行きたいって言ったら連れてきてくれたんじゃんっ」


 そんな覚えはない。

 そんな覚えどころか数時間の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。


 今更だが、力の弊害とか言うわけじゃねえよな?


「あれ? もしかしてだけど、分かってない? アタシに危機感を覚えたから攻撃してきたってわけじゃ……、そこもついでにすっぽり忘れちゃった感じ? じゃなきゃ察しが悪過ぎるもんねぇ」

「結城……?」

「まあいいや、入らせてもらうねぇ」


 俺の許可もまだなのに、結城が家の扉を開けようと手を伸ばす。

 瞬間、結城よりも早く、扉が勝手に横へ開いた。


「良ちゃんおかえり! ……って」


 飛び出して来たのは俺の気配に反応したのだろう、ニヨだ。

 扉の前にいるので、必然、ニヨは結城と顔を合わせることになる。

 後ろ姿なので結城の顔は見えないが、対面にいるニヨの表情はよく見える。


「…………え」

「ニヨ、久しぶり」


 久しぶり……?

 けど、親しき仲ではなさそうだ。

 もしもそうなら、ニヨがあんなに怯えるはずもない。


「なんで……、なんでホランがここにいるのッ!?!?」

「んー、焦れったいからとりあえず手早く侵略、と、あんたの監視」


「かん……っ、し……、そんなッ!」

「もー、いいから、上がらせてもらうけど――いいよね?」


 ニヨが助けを求めるように俺に視線を向けたが、無理だろ。


 そして、侵略者が敷居を跨いだ。

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