その33 頂きの向こう側

 何度か休憩を挟みながら、一歩一歩進み、

 そして――頂上に辿り着いた。


「…………」

「すっごーい! 町が一望できるし、あ、夕日が綺麗に見える!」


「時間帯を合わせて出発したからね。大垣がもっと休憩を取っていたら間に合わなかっただろうけど、こうして無事に見れて良かったよ」

「…………」


「で――」

 と、浦島が俺の肩に手を置いた。


「頂上から見る景色はどーだよ?」


 ……上手く言葉が出なかった。

 たとえ綺麗でも浦島の悔しそうな顔が見たいから絶対に貶してやろうと思っていたが、そんな企みは綺麗さっぱりなくなっていた。


 これは無理だ。

 嘘なんかつけねえよ。

 これを貶すことは、俺にはできねえ。


「――綺麗、だ」


 言うと、浦島は意外そうな表情を浮かべたが、すぐに邪気のない笑みを見せ、


「だろ?」

 と、肩を組んでくる。

 不思議とそれが嫌とは感じなかった。


「俺、今回はなんもずるなんかしてねえんだ。今日は失敗ばかりだった。進む速度は遅いし、体力的にもきついし、しんどいし、めんどくさいし帰りたいって何度も思った。けど一歩一歩進んでいたら、いつの間にか遠くに見えていた頂上に、着いちまってた」


 最初は絶対に無理だって思ったし、途中で帰る結果しか見えていなかった。

 ニヨがいなければきっと、俺は誘われた段階で断っていたはずだ。

 できないと決めつけて。


 そりゃ当たり前だ。

 簡単に、楽して達成できることなんてない。


 この景色は、力を使えば簡単に見ることができたかもしれない。

 でも、


 これまで残してきた足跡、積み重ねを感じて得られる達成感は、力を使ってしまえば絶対に手に入れることはできない。

 頑張った者にしか、分からない。


「諦めなかった奴、努力をした奴は、絶対に報われる」

「……俺は、頑張ったことなんて一度もなかったんだよ……」


「だから今日、熱中症になって、何度も吐いては諦めずに登って見たこの景色に、感動をしたんだろ?」


 昔から、頑張ることが嫌いだった。

 泥と汗にまみれて、それでも叶わない目標に向かう者を馬鹿にしていた。

 自分には力があるから、もっとスマートに手に入れることができると信じて疑わなかった。


 だが俺だって同じ。

 ニヨの力がなければ泥と汗にまみれながら行動しなければ、欲しいものは手に入らない。


「つらいことはたくさんある。苦しい時も、逃げたい時もな。僕だってあるんだ。それでも僕がこうして続けているのは単純に好きだってのもあるが――努力をした人間が結果に裏切られたことを見たことがないからだ」

「でも、いるだろ、裏切られた奴の一人か二人くらい……」


「そいつらは諦めた奴だ。そんな中途半端な奴らに神様が微笑んでくれると思うか? おいおい、人生の全てがまさか二〇代半ばとか思ってるわけじゃないよな? そこでやめたら学生時代の挫折と同じだ。中年おやじになっても、杖をつくようなじじいになっても、努力し続ければ結果は出る。絶対にだ」


「果てしないな」

「一生を捧げる、価値があるだろ?」

「違いねえ」


 すると、先に辿り着いていた先輩が近づいてきて、一枚の用紙を俺に差し出した。


「歓迎するよ」


 初めて聞いた先輩の声は、とても落ち着いていて、頼りになった。

 受け取った用紙は、同好会へ入るための入会届けだ。


 ……俺は、やり直せるのか?

 不正をして落ちてきた偽りの王様だった厄介な俺を、抱えてくれるのか?


「安心しろ、たとえ悪評だろうが、大垣のおかげで注目されるなら願ったり叶ったりだ」


 そんな本音をダダ漏れにしてくれるこの場所が、心地良かった。


「頑張ったね、良ちゃん。わたしは、良ちゃんに着いていくよ?」


 寄り添ってくれたニヨの後押しもあり、俺は入会届に名前を記した。

 俺とニヨ、二人分の用紙の記入が終わったと同時、素早く浦島が用紙を奪い取り、先輩へ渡した。

 先輩は用紙二枚を厳重にリュックの中にしまい、颯爽と山を下り始める。


「えっ、なんだあの素早さ。頂上まで登ってきて、まだ下りる体力があるのか!?」

「お前とは鍛え方が違うしな。先輩はあんな見た目だけど、かなり鍛えてるぞ?」

「そうなのか……って、そうじゃなくて、あんな急いで帰ることないだろ!」


「用紙はもう預かった。これでもう心変わりをしても逃げられないぞ……!」

「おい」


 感動が台無しだ。

 というか、そもそも逃げねえし。


 やってみるって決めたんだ。

 そう簡単に投げ出したりはしねえよ。


「新人は頼もしいな。じゃ、僕らも下りるか」

「は? 下りるのは乗り物があったりするんじゃないのか?」

「ないよ? 周りを見てみろ、なにもないだろ。ここ、そんな高い山じゃないし、自力で下りなくちゃ帰れないぞ?」


 死ぬ思いをしてまで登り切った山を、今度は下りる……?

 心が折れる音がした。


「っ、絶対嫌だ! お姉ちゃん、なんとかしてよ!」


 ニヨはいつも通りの優しい笑みのまま、


「だーめっ。だって、甘やかさないって決めたから」



 同好会から部活動へ昇格するには最低でも五人が必要になる。

 俺、ニヨ、浦島、金山先輩……つまりあと一人が必要になってくる。


 休み明けの月曜日。

 登山同好会の目標はもう一人、犠牲者を探し出すことだった。


「犠牲者言うなよ」

「なら、生け贄か」

「お前、この同好会のこと嫌い過ぎじゃねえか!?」


 休み時間、周囲から風当たりの強い俺の席へ来て会話を始めたのは当然、浦島だ。

 こいつもクラスに友達は俺しかいないようで、俺と一緒にいることで広まる悪評を気にもしていないようだった。


「努力すんのは嫌いだからな。そりゃ頑張るって決めたけど、つらいめんどいしんどいのが嫌なのは変わらないし」

「そこ乗り越えないと欲しいものは手に入らないぞ」

「分かってるよ、だから頑張って嫌なもんと向き合うんだろ?」

「じゃあ嫌なものと向き合ってもらおうか、僕と一緒に」


 浦島が立ち上がり、俺を手招く。


「なにすんだ?」

「当然、勧誘だ。脅せば下級生の一人くらいゲットできるだろ」

「いや、お前それやって一人も相手にしてくれなくて失敗したんじゃないのか?」

「今度はお前がいるだろ」


 肩を組まれ、廊下へ連れて行かれた。


「まったくの無名の僕より元生徒会長のお前が誘った方が受けがいい」

「知ってるか? 俺、不正して生徒会長をクビにされたんだがな……?」


「下級生は案外、興味ないんだよ。理由だって詳しく知っているのはごく一部。探していけば会長をクビになった理由も知らず、元会長だっていう立場の信頼感だけで話を聞いてくれる下級生がいるはずだ。それを当てる。大量の数の弾を撃ってな」


 それは、気が遠くなるような話だ。


「とりあえず休み時間を使って小さなグループから責めていくつもりだ。向こうも一人だと警戒されるからな。そうだ、下級生ならニヨちゃんにも協力してもらおう。それに、あの子のためにも女子はもう一人くらい欲しい」


 男子よりも女子に狙いを絞って勧誘、か。

 ……なんかナンパみたいになってきたな。

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