その34 見渡せば八方塞がり

 ニヨに協力を求めたのは昼休みになってからだ。

 教室へ向かうと、クラスメイトと学食へいくと言うので、俺たちも着いて行った。


 ニヨの友達は警戒心がないようで、俺たちにも心を開いてくれたが、既に部活動に入っているため勧誘は失敗。

 ニヨにも事情を話し、協力を取り付けた。


 ここからが本番だ。

 授業合間の短い休み時間では成果は上がらず、相手にされない時間を過ごした。

 やっぱり元生徒会長って事実が悪い評判となって、まともに話を聞いてくれない。


 しかしニヨがいれば、多少はその評判も緩和されてくれるはず……はずだ。


「入ってくれそうな子……いるかなー? 女の子に登山はきつそうだけど……」

「誰だろうときついと思うよ。だからまあ、そこは慣れかな。でも達成感と綺麗な景色は体験したニヨちゃんなら分かると思うけど、大変な思いをしてまで目指すは価値はある」


 浦島の意見にニヨも納得した。

 ただ、それを言葉で説明するとなると難しい。


 景色はいくらでも写真で見せることができるけど、やっぱり実際に見るのとは違う。

 見た景色を写真で撮って見てみたら、感動は半減以上だ。

 その時の感動は登り切った達成感とセットだから、体験してもらうしか魅力を伝える術はない。


「難しいけど、それしか方法がないなら頑張って言うしかないよね!」


 昼飯を食べ終え、早速行動を開始するが、ニヨがいても中々上手くいかない。

 話を聞いてくれる体勢にはなるものの、登山と聞いて興味を失う者が多かった。

 やっぱりきついってイメージがあるのだろうか。


 まあ、女子が進んでやりたいと思うレジャーではないかもしれない。


「前にも言ったけど、目的があって入学してる奴が大半だろうからね。もしも登山に興味がある奴なら、最初から登山同好会を探して入会してるはずだろうし……」


 学園の特性上、目的がなくふわふわしている生徒が限りなく少ない。

 見つけ出すのは至難の技だ。


「通信制まで含めれば一人くらいはいそうなものだけど、連絡を取るのが難しいし、事情があって通信制を選んでいるのにいきなり登山ってのも、酷な話だろうしね」


 初日でいきなり手詰まりだった。

 地道に探せば見つかる可能性も、ゼロではないだろうが、かなり時間がかかる。

 そもそも、部に昇格させる必要があるのか?


「同好会でも活動できてるならそれでいいんじゃねえの?」

「部になれば部費が貰えるし、金があれば活動範囲も広がる。自腹は結構きついんだよ。バイトをしたら勉強できないし、つまり成績に影響して、順位が低ければ退学」


「あー、そっか。……順位、か。嫌なことを思い出した……」

「それに、僕が入学した時から登山同好会だった。先輩が一人で、ね」


 金山先輩。

 唯一の三年生。

 喋らないけど、一番、登山に熱量がある人だ。


「あの人が卒業する前に、部に昇格させたいんだ」

「まあ、気持ちは分かるが……」


 俺も先輩にはこの短い期間にお世話になった。

 恩返しをしたい気持ちはある。


 部に昇格させるのが恩返しになるなら、もちろん。

 だが、現実的に考えて難しい。


 推測ではなく、こうして実行して分かったことだ。

 説得力は自分がよく分かっている。


 思わずニヨを見てしまった。

 俺の期待の目を、ニヨは困った顔で見返した。


 ……思い出してすぐに目を逸らす。

 力を使えば、簡単に新人を一人、獲得できて部に昇格できるが、操作した一人の生徒の人生を狂わすことになる。

 俺はそれを、ニヨに押しつけようとしていた。


 まだ俺は、あの力に頼ろうとしてんのか……!


「――勧誘は続けよう。続けていれば、興味を持ってくれる奴が現れるかもしれないし」

「そうだな、今はそれに期待するしかない、か……」


「良ちゃん、ごめんね」

「なんでニヨが謝るんだよ」


 役に立てなかったことで自分を責めてるなら勘違いだ。

 ニヨがいなければ、一年生とまともに会話をすることだって難しかった。

 ニヨは役に立ってる。

 感謝こそすれ、責めたりなんかしない。


「昼休みもそろそろ終わるな……まあ、気長に見て――」


 すると、俺たち三人の近くの席に、どかんと座る生徒がいた。

 ……一年、だ。


 見覚えがある。

 だが、こいつは俺のことを、知っているわけがない、のに……。

 俺の名を――かつての肩書きを今でも使っている。


「会長、困っていたら、俺が協力します」

「太田……お前」

「おれがあんたからの恩を、忘れるわけがないでしょうに」



 俺たちの事情を聞いて協力をしたいと申し出た太田を見送り、昼休みが終わる。

 自分の教室へ戻りながら、気になっていたことをニヨへ確かめた。


「……太田に力を使って、俺を忘れろって上書きしたはずなんだけど……なんであいつは覚えてたんだ?」


 使ったのが『ただ』の誘導なら、俺のことを覚えていても不思議ではないが……、

 思い出さないようにと考えて命令と遜色ない『誘導』を使ったのだ。

 タイミング良くその効果が出たのは偶然だったが……、だから今の太田が覚えていたらおかしい。


「うーん、確かにおかしいけど……でも、簡単な話だと思うよ?」


 太田には何度も使った経験があるため、耐性ができたとか……?

 それとも強いと思っていた忠誠心は実はそうでもなくて、命令ほどの効果は出なかった?


「ううん。耐性は多分できない。何度受けても、何度も上書きされちゃうと思うよ。あの人も良ちゃんのことをきちんと忘れたはずだよ」

「でも、あいつは……」


「思い出したんだと思う。普通はあり得ないよ? でも、どんな力を使っても上手くいかない場合があったりするし。それは強い意志が障害になっていたりするから。誘導だって、命令だって、強い意志のさらに上、強い決意があれば、上書きも通用しない場合があったりするの」

「決意……あいつ、俺への恩返しに決意までしてるのかよ……っ」


 呆れた。

 俺、そんなに大層なことをした覚えはないんだけどな。


「良ちゃんがそう思っていても、向こうは救われた、って思ってるんだよ」

「そう、なのかな……?」

「そうだよ。良ちゃんの良いところを見てくれる人はちゃんといる。わたし以外にもね」


 浦島や、金山先輩……ニヨ以外にも、生徒会長でない俺を、認めてくれた人がいた。

 ニヨがいなくても、もう一人じゃねえんだな。


 ただ、ニヨの顔が少し曇っていて……それが少し気になった。

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