その35 天上へ誘う赤いランプ
数日が経って、太田も探してくれているようだが部員獲得は未だ叶わず。
俺たちも探してはいるが、並行して、俺とニヨもいつまでも初心者のままでいるわけにもいかないので、同好会の活動をしていた。
活動と言っても今から登山をするわけにもいかないので、経験者二人の退屈な座学を受けて数時間――、
今は日も落ちかけ、全員揃って学園を出るところだった。
下駄箱で靴を履き替え、先輩とニヨを校門で待つ。
それぞれの校舎が離れているため、少しの時間差ができてしまうのだ。
二人を待つ間、当然、同じタイミングである浦島と雑談を交わす。
「明日は休みだし、どっか登るか?」
「飯でも食いにいくか? みたいなノリで言われても……いいけどよ」
「初心者にきつい所なんか選ばないって。今は成功の体験を積ませるべきだからな。簡単な場所で煽てて、調子に乗らせておくんだ」
「それを当事者に言うのかよ」
そんな会話をしていると、ニヨと先輩が見えてきた。
「先輩、明日どっか登りますけど、一緒にきます?」
金山先輩が俺とニヨを見て、こくんと頷いた。
相変わらず喋らない人だ。
……自分のクラスでもそうなのだろうかと気になった。
「えっ、明日も山に行くの?」
「そのつもり。なんか予定でもあった?」
「ないよ! じゃあ良ちゃん、リベンジだね!」
「リベンジって……なんのだよ」
「今度は倒れずに登ろうよ! 水分補給もしっかりしてさ。この前は体調があまり良くないまま登り切っちゃったじゃない? 万全の状態で山頂からの景色を見たら、また違うと思うんだよね!」
確かに、あの時は感動したものの、見終わってから吐き気がまだ残っていた。
下りる時の方が登るよりもしんどかった思い出だ。
景色を見ている時は吐き気さえも吹き飛ばす感動だったからな……まあ、終わってからまたしんどい思いをするのも嫌だし、万全の状態で見たい気持ちもある。
でも、またあの道中を経験するのか……。
それはそれで嫌だな……けど。
努力が報われた時の達成感と、あの景色を見た時の感動を、もう一度味わいたい。
ああ、そっか。
これが魅了されたってことなのかも。
しんどいって分かっているのに、やめられない。
苦しいって知っているのに、行かないとは言えない。
はっ。
俺、完全にはまってるじゃん。
「じゃあな、良。あとで連絡する」
「ああ――」
先輩、浦島と別れて、俺とニヨ、二人だけになる。
「明日、楽しみだね」
ニヨが腕を組んできてから手を握り、さらに指を絡めてきた。
いつもとは違うスキンシップに、少し戸惑った。
「楽しみ、だけど……なんでそんなに密着してくんの……?」
「えー、いつも通りだけどー?」
そんなわけがない。
ニヨの頬だって少し赤い気がするし……夕日のせいか?
だとしても、やっぱりいつもと違うことは確かだった。
今日もニヨの表情に気になる点がいくつかあったし、それが関係するのかもしれない。
悩みごと……?
でも、ニヨが?
「今、失礼なこと考えてたでしょ」
悩みがあれば俺で発散してくるはず……、
あ、だからいつもとは違うスキンシップをしてきたのか……。
じゃあ悩みごと、あるんじゃん。
しかし、これで発散して解決するなら、変に掘り返さない方がいいかもしれない。
聞いたところで、俺にできることは限られてるし。
「考えてねえよ」
と、赤信号で足を止める。
連続して車が通っており、その間隔も狭かった。
赤信号の時間も長いし……急いでいる時には捕まりたくない場所だ。
「きゃっ」
「うお、っと、どうした?」
「……カバンが、……ベルトが切れちゃって」
ニヨが肩にかけていたカバンが地面に落ち、中途半端にチャックが閉まり切っていなかったため、中身がこぼれてしまっていた。
赤信号で止まった周りの人にごめんなさい、と謝りながら、ニヨが荷物を集める。
俺も手伝おうと身を屈めた瞬間だった。
ニヨとの手が、離れていた。
俺を支えているのは、自分の二本の足だけだった。
屈んだ時、無防備の体を真横から、どんっ、と押されてしまえば、俺は踏ん張れない。
――
すると、人が駆け寄って来た。
なにか喋っている。
答えようとしても声が出なかった。
さらに人が集まって来た。
スマホを使って電話をしている人がいる。
俺に、呼びかけてくる人がいる。
でも、なんて言ってんだ。
声を出してくれなきゃ分からない。
口パクじゃ分からねえって。
視界がぼやける。
人の顔が男なのか女なのか、子供なのか爺さんなのかも分からない。
ピントが中々、合ってくれなかった。
そんな中でも、ニヨだけは分かった。
いや、変わらずぼやけてはいるけど、ニヨが俺の手を握ってくれていることだけは、確かに分かった。
なんて言っているのかも、想像がつく。
……そんなに、酷い状態なのか、俺。
泣くなよ。
泣かないでよ、お姉ちゃん。
……俺は、きっと、大丈――。
「良ちゃん! 死なないで、良ちゃんッッ!!」
微かに見えた赤い光は、夕日か、赤信号か、救急車のランプか、区別がつかなかった。
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