その42 侵略者の根城
そもそも、自分の退学を材料にして、なぜ俺を助けるような取引を申し出たのか。
こいつは俺に、なんの恩もねえはずだ。
特別、仲が良いわけでもねえ。
たまに廊下で会って少し話すくらいだし、生徒会長だった当時は、学園について話すことも多かったが、一般生徒となった今の俺なんて、こいつにとってなんの価値もねえはずなんだが……。
「お前を手放すのは惜しいだろ」
「俺、別にお前のモノじゃねえけどな」
「クックッ、分かってる。ただ、侵略者とその力、そんなイレギュラーを知るお前という観察対象を、退学にさせるのは勿体ないって話だ」
「なんだ、やっぱり興味あるんじゃねえか。ニヨと侵略者の力を話した時、使おうとは思わないって言ってたくせによ」
「使おうとは思わないってだけだ。あれを一度でも使えば、心のどこかであれに頼る隙間ができちまうからな。ただ、興味はある。こんな面白い素材をみすみす他の学園に渡してたまるかよ」
……なるほど。
自分の手で色々試したくはないが、あの力を巡って右往左往する俺たちの姿を観察して楽しみたい、と。
有塚らしい、悪趣味だ。
「……素直になればいいのに」
「それは自分に言ってるのか? 立川和歌」
なぜか有塚と立川が睨み合って火花を散らしているが、元々敵対していた二人だ。
取引自体が無くなったからと言って、すぐに仲良くするのは難しいのだろう。
「そういう理由なら、警戒する必要もねえか。……有塚、助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして、だ」
こうして、俺たちの退学を懸けた取引は無事、全員が学園に残留するという結果で一段落を迎えた。
だが、根本的な解決はまだされていない。
最後の一押しをするため――扉が開かれ、入ってきた人物がいた。
「……ニヨ」
「良ちゃん、お疲れ様」
いつもならすぐに抱きついてくるのだが、今日のニヨは雰囲気が違う。
話しかけるのも躊躇うような、刺々しい雰囲気だった。
「あなたに用があったの」
「俺様か?」
有塚はニヨが侵略者だと知っている。
――が、まったく物怖じしない態度だった。
「確か、不動産会社もやっていたよね?」
「ああ、よく知ってるな。それは完全に俺様の管轄だ。父親は最小限しか関わってない」
「そう。管理してるマンションに空き部屋がいくつかあると思うけど、その中の一つ、不法占拠されてるけど……知ってた?」
「いや……」
有塚の表情が曇った。
ニヨの言葉が嘘であれば見抜くはずだが、有塚が指摘をしないってことは、嘘ではない。
不法占拠。
していながらも周囲にそうだと気づかせていない。
定期的に管理人が徘徊してはチェックをしているはずだし、ばれるのも時間の問題だが、こうして問題が後になって浮上しているのは、よほど隠し方が上手いか……それとも。
抗えない力が働いているのか。
「確認しにいくか。お前も、ついてきてくれるか?」
「もちろん」
「に、ニヨ! 俺たちも、いいか……?」
ニヨが突き止めたのなら、不法占拠者は限られている。
立川も、その正体に気づいたはずだ。
隣でそわそわと行きたそうにしていた。
「いいよ、良ちゃん。……わたしも、やられっぱなしは悔しいもん」
辿り着いたのは一人暮らし用のマンションだ。
オートロックが完備されている八階建てである。
有塚が手配してくれた車から下りて、ガラスの自動扉の中へ全員で入った。
「リムジンなんて初めて乗っちゃった……」
「俺も。……車体が長くて曲がり切れるのかひやひやしたぞ」
「アホな会話してないでいくぞ」
オートロックを解除し、有塚と共に館内へ。
不法占拠者は最上階の八階にいる。
エレベーターに乗って、あっという間に八階へ。
クラシック曲がかかっていて、マンションというよりホテルみたいだった。
「八階は空き部屋が一つしかない。……最奥の、あそこだ」
有塚が鍵を用意し、扉の前へ。
「……? あれ、ニヨ?」
いつの間にか、姿が見えなくなっていた。
さっきまで一緒にいたはずだから、はぐれるわけもないんだけど……。
しかも一本道だ。
一体、どこに……。
「大垣くん……?」
「おい、いくぞ」
ニヨを探し始めるよりも前に、有塚が扉に鍵を差し込んだ。
解錠の音が響き、ドアノブを捻って手前に引くと、扉がゆっくりと開いた。
空き部屋のはずだが、中は、やはり――物が置かれていた。
中身はかなり偏っており、ほとんどがアニメグッズやDVDだった。
……これ、もう誰の部屋か分からねえな。
典型的なアニメオタクの部屋って感じだった。
部屋全体は暗いが、奥の部屋にテレビの明かりが見えている。
人が動く気配はなかった。
俺たちが入ったことにまだ気づいていないのかもしれない。
「……クソが、勝手に住み込みやがって」
玄関の明かりのスイッチを押し、有塚が部屋へ入って行く。
それに着いて行くと――、
しかし、テレビがつけっぱなしの部屋には、誰もいなかった。
「……俺様たちが近づいてることに気づかれて、逃げられたか?」
有塚が部屋の明かりをつけた瞬間だ。
目の前に、真っ赤な髪を持つ少女が逆さまになって現れた。
「ばぁ!」
逆立ったように、長い髪の毛が真下へ向いている。
足の裏を天井につけていたが、指の力だけで今の体勢を維持しているのだろうか。
「っ、しまった……!」
「有塚、――うぉ!?」
有塚が俺の胸を突き飛ばし、立川と共に部屋の外へと追い出した。
「なにしやがんだ!?」
「せっかく突き止めたのに三人ともやられたらどうなる! こいつも侵略者だろう、記憶が消されたり上書きされたら俺たちにはどうしようもねえだろ!」
侵略者の力をよく知っている俺と立川は、有塚の言い分に納得する。
利用していたからこそ力の脅威を知っている。
記憶を改竄されてしまえば、後で真実を言われても絶対に信じない。
侵略者ホランがここに隠れているという事実はやがて消え、隠れ家も変えられてしまえばイタチごっこの始まりだ。
たとえニヨが覚えていても、俺たちが覚えていなければホランには勝てない。
イタチごっこになる前に仕留めなければ、化かされ続けるだけだ。
「どうする……っ、とりあえず逃げるしかねえ、よな……」
「大垣くん、あれ……」
立川が指を差した。
そこには、気を失い、倒れた有塚の姿があった。
「嘘、だろ……?」
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