その41 努力の結果
国語、七九。
数学、七六。
理科、六九。
社会、八六。
英語、六一。
全教科どころか、満点は一つもなかった。
最高で八六点。
九〇点台にも届いていない。
「……ま、そりゃあそうだよなあ」
たかが一週間。
必死に勉強したとは言え、今までなにもしてこなかった俺だ。
付け焼き刃で全教科満点を取るなんて夢のまた夢だった。
結果は伴わなかった。
だけど、意味がなかったとは思えない。
目的こそ達成できなかったが、目標値が高過ぎたと言える。
ゆっくりと目標を調整しながら進めていけば、俺も、人並み程度には点数を取れるようになるだろう。
希望が見えた。
俺は、別の学校でもじゅうぶんやっていける。
「大垣、くん……」
「悪いな、立川。俺、退学になっちまった」
「ううん。大垣くんは、頑張ったよ……それに、私だって、退学だし――」
「ああ、それな。ごめん、嘘なんだ。とっくのとうに、立川の退学の件に関しては決着がついてる」
「……え?」
「立川に勉強を教わりたくて、嘘をついてた。……騙してて悪いな」
「え、え!? どういうこと!? 先生っ!?」
立川に話を振られた巳浦が、溜息交じりに説明をした。
「大垣と有塚、二人の間で取引があった。その結果、立川の退学がなくなった、それだけの話だ」
「それだけって……、一体どうやって!」
「有塚の要求を受け入れただけだ。ニヨと、あの力のことをあいつに教えた」
一週間前、有塚を訪ねた時にかけた保険とは、これのことだ。
俺が満点を取れないために立川を退学にしてしまうのは嫌だった。
だから前もって立川の退学だけは取り消してもらっていたのだ。
そうなると、じゃあ俺はなんのためにテストを受けたのか、という話だが、自分のためだった。
俺はどこまで通用するのか、見極めたかったのが目的だ。
自分の退学をベットしたのは緊迫感を出すためだったが、別の学校でやり直すのもいいかと思って軽い気持ちで受け入れた。
結果、目標に届かず退学になってしまったが、今はとても清々しい気分だ。
退学は別に終わりなんかじゃない。
新しい、始まりとも言えるのだから。
「だから落ち込んではいねえぞ、立川。笑顔で見送ってくれよ」
「……っ、どうして――」
立川が俺の胸に、自分の額をとんっ、と押しつけてきた。
「そう、勝手なことをするのよ……ッ」
「騙してたのは悪かったよ……。でも、退学を阻止したんだからいいじゃねえか」
「そういう問題じゃないッ!」
……立川の怒りは、そこじゃない?
じゃあ、なんで怒ってるんだよ。
首を傾げると、今度は拳を作って俺の体を叩いてきた。
弱い力だからまったく痛くはないが……彼女の言葉に、胸が痛くなった。
「一緒に、いたかったのに……っ!」
たった一週間、だけど、濃密な一週間だった。
気づけば隣に立川がいた。
そこにいるのが当たり前だった。
二人で一つの問題に四苦八苦し、考えては間違えて、間違えてはやり方を変えて、正解を導き出した。
元生徒会長と、元副会長でいた時の関係よりも、今はもっと近い。
一緒の学園に通えたら楽しいだろうな、と俺も思った。
だが、退学する覚悟はもう決めていた。
今更、揺らぐ決意ではない。
「立川、この一週間、ありがとうな」
「……やめて。そんな、最後みたいな――」
「ごめんな、会長の時に、お前を裏切っちまって」
「やめてって、言ってる、のに……」
顔を俺の胸に押しつけたまま、立川は顔を上げなかった。
だから、その頭を優しく撫でてやった。
「会いたくなったらいつでも会えるだろ。そう悲観することでもないさ。俺は別の学校で、お前はこの学園で、それぞれやり直すだけの話だ」
「だ、だとしても……」
「俺は別の学校でも生徒会長を目指すぞ。なれたらお前に、一番に報告にいってやる。だから待っていてくれよ。退学せずに、生徒会長の席に座ったままな」
「…………うん」
「茶番は終わったか?」
すると、後ろから巳浦が声をかけてきた。
茶番って。
教師が生徒に言うセリフじゃないだろ……。
「茶番だよ。まあ、なにも知らないお前らからすれば、真剣なのだろうがな」
巳浦の手には、もう一式、問題用紙と答案用紙があった。
そう言えば、なんだか多いなあとは思っていたが、わざわざ指摘するほどではないと気にしなかった。
だが、今になって気になった。
巳浦の言う、茶番が関係しているのであれば……、
「それ、なんですか」
「別の生徒の答案用紙だ。それでだ。重苦しい空気の中、早く言いたくてうずうずしていたから言ってもいいか?」
「……なんですか」
「お前、退学しないぞ?」
『え!?』
巳浦の衝撃発言に驚いた立川が体を跳ね上げさせ、彼女の頭突きが俺の顎に直撃した。
痛みに悶えながらも、なんとか質問を返す。
「ど、どういう……?」
「お前が立川へやったことと、似たような嫌がらせだな」
人の決意や覚悟を弄ぶようなやり方だ、と巳浦が言った。
その表現に心当たりが、いないわけではない。
というか、あいつしか思い当たらなかった。
外はすっかりと夜になっていた。
ひとけのない校舎を歩き、新聞部の部室へ向かう。
部屋に部員はおらず、残っていたのは有塚一人だけだった。
椅子に座って部員たちが作った記事のチェックでもしてるのだろうか。
有塚は珍しく、メガネをかけていた。
「有塚……」
「少し待て、きりのいいところまで作業を進めたい」
時間に追われているわけではないため、一緒に来た立川と共に腰を下ろして待つ。
数分して、作業を終えた有塚がメガネを取って、いつもの澄ました顔を見せた。
「退学は免れたようでなによりだ」
「お前、勝手に取引なんかしやがって。もし、俺とお前の点数を組み合わせて満点にいかなかったら、お前も一緒に退学だったんだぞ?」
有塚が巳浦とおこなった取引は、俺と同時間にテストを受け、各教科の点数を二で割った点数分を俺の点数に加算する、というものだった。
加算した結果、俺の点数が満点に届かなければ、俺も有塚も退学になる。
こいつが、自分が退学になる可能性がある取引をするとは思えないが……。
「退学になる可能性は僅かしかないと思ったから了承しただけの話だ。それに、俺様にとっちゃあ、この学園に通っているのは自分に箔をつけるためでしかない。中退したところで俺様の力は会社に認められている。学園にしがみつく強い理由もないからな」
まあ、こいつの場合は就職先には困らない。
というか、既に社会人として働いているようなもんだからな。
仕事の合間に学園に通っていると言ってもいいかもしれない。
「俺様にとっては、退学なんてのは脅しにならねえさ」
……有塚が自分の退学を許容した理由は分かった。
だが、
「なんで、俺を助けた?」
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