第4話 大垣良の挑戦

その31 ひたすら登り続ける

 直射日光に晒されて、頬を伝って顎から地面へ滴る汗があった。

 足が上がらず、僅かな段差に躓き、バランスを崩した。

 水筒やお弁当が入ったリュックを背負っているせいで、もう片方の足で踏ん張ったが耐え切れなかった。


「ぐえ」

 と顔面から地面に倒れ、土が口の中に入り、すぐにぺっと吐き出した。


 ……なんでこんなことしてんだよ。

 今日は土曜日。

 せっかくの休日だっつうのに……。


「――大丈夫!? 良ちゃん!」


 俺に比べて水筒を肩にかけているだけの、軽装のニヨが階段を下りて来る。


「やっぱり、わたしがリュック背負うよ?」

「……いいよ、俺が持つ」

「でも大変そうだよ……さっきから何度も転んでるし」

「運動不足なだけだから。慣れるまでは時間がかかるんだ」


 まさかこんなことをするとは思っていなかった。

 技術的な面は、力を使えば再現ができるが、持久力となると完全に俺の本来の力となる。

 短い間ならともかく、長時間の肉体的労働に、俺の体は耐えられるように作られてはいない。


 まだ目的地へ向かっている途中だが、階段を椅子代わりにして座る。

 休憩を挟まなくちゃ、絶対に完走なんてできるわけがねえよ。


「情けないなあ、大垣くん。僕がその荷物、持ってやろうか?」


 階段の遙か上から偉そうに言ってくる。

 俺が睨むとすぐにびびる癖に……だからあいつは遠くからでしか俺に強気で喋ることができない。


「あー、頼むわ。持ってくれるなら近づいてこなくちゃ渡せないぞ」

「あ、それもそうだな」


 先輩と数度、言葉を交わし、あいつが階段を下りて来る。

 背負っていたリュックを肩からはずし、近づいて来た同好会会長に手渡した。


「なあ、浦島うらしま、もう少しペースを落とせないか? 足も痛くなってきたし、しんどいしめんどいから帰るぞ?」

「それはペースを落としたところで解決するメンタルかね……?」


 言いながら、浦島が手を伸ばす。


「お嬢も頑張ってるんだから、お前も頑張れ」

「あのさ……ニヨをお嬢って言うのやめろ」


 伸ばされた手を掴んで、ぐっと強めに握り返したが、蚊が止まったような顔をされた。


「なに……?」

「鍛え方が違うのだよ、元生徒会長。頭が良い大垣くんとは違って僕は体だけは体育会系だからね。それに強靱な足腰は当然だが、腕の力も必要となるのが、我ら同好会だ」


 俺が浦島にやったように、今度は浦島が俺の手をぐっと強く握った。


「い……ッ!?」


 激痛に思わず膝が崩れそうになったが、なんとか踏み止まって、一旦、頭を後ろへ。

 そのまま思い切り前へ突き出し、額を浦島の額へ当てた。

 ごちんっ! と視界の先で星が散るような幻覚を見て、二人して背中から倒れる。


 ――いっ、めちゃくちゃ痛ぇッ!?


 額を両手で押さえ、涙目になりながらも今回は俺の勝ちだろう。


「はっ、確かに頭は俺の方が強かったみたいだな、落ちこぼれ登山同好会が!」

「頭って、確かに頭だけど僕が言ったのはそういうことではなく――いやでも、ずるしてたんだから元々の学力は低いし……あながち間違いでもない……?」


「二人とも、さっきからなにしてるの……?」


 俺たちの間に入って、ニヨが呆れた表情を浮かべていた。


「良ちゃん、なんでそう突っかかるかな。しんどいめんどい疲れたって言うくせに、喧嘩は進んでやるんだね」

「だってこいつが偉そうに上から物を言うから腹が立つんだよ!」


「け、経験者なんだからちょっとくらい偉そうにさせてくれてもいいじゃないか! というかついこの間まで会長として大きな椅子でふんぞり返って、副会長と役員の後輩を脇に置いて両手に花! とかやってたんだろどうせ! 自分が偉そうにしていたくせにいざ他人に偉そうにされたらムカつくとか、お前はわがままか!」


「な、なっ――なんだと!?」


 予想外の反撃に戸惑って稚拙な言葉しか出なかった。

 俺にこんなにも攻撃的な言葉を投げてくる奴なんて今までいなかった。

 会長だから、成績優秀で一位という肩書きがあったからみんな萎縮していたのかもしれないが……。

 それがなくなった途端、人が変わったように攻撃してくる。

 浦島は極端だとしても、これから誰もがこんな風になるのだと思うと、うんざりする。


「喧嘩はダメだよ!」

「しかしお嬢……」

「大丈夫、良ちゃんはなんだかんだ言いながら逃げたりしないよ。ね? 良ちゃん」

「……そうやって追い込んでも、逃げる時は逃げるぞ。もう力、使えないし」


 いや、使えないわけではない。

 端末は手元にあるから、これまで通りに力を使うことは可能だ。

 だが、抵抗があった。

 力を使ってこうなったのに、また力を使ってもいいものなのかと。


 別に、痛い目を見たから反省したってわけじゃない。

 心の準備が必要になっただけだ。


「ふーん。じゃあわたし、浦島くんと先輩と頂上まで行って一緒にお弁当食べるけど、いーんだ?」

「おま……っ、卑怯だぞ……っ!」


 ニヨが浦島に惹かれることはないと思うが……浦島の方はニヨと近くなったらなにをするか分からない。

 怖じ気づきそうだが、理性を失う可能性もある。

 ニヨから目を離すのは危険過ぎる。


「分かったよ、登る、登ればいいんだろ」

「じゃあ僕の指示に従ってもらうよ、大垣」

「なんで呼び捨てだコラ」

「良ちゃん……いい加減認めなさい」


 くっ、登山に関しては、そりゃ浦島の方が詳しいだろうが……。


「浦島なら海だろ。なんで山なんだよ」

「そういうの言われ続けてきたからもうお腹いっぱいだ。……正直、マジで先に進もう。先輩が上でずっと待ってる」


 階段の先を見ると、小太りの三年生……金山かねやま先輩が笑顔で俺たちを見下ろしている。

 勝手な想像で、その笑顔が凄く恐く感じた。

 なにも言わないのが尚更だ。


「あの人、怒ったら超恐いので」

「見た目からは想像できねえけど……確かに怒らせたらやばそうだ」


 登り始めた先輩に続き、俺たちも休憩を終えて足を動かす。

 同好会の体験活動。

 真夏日と言える炎天下の中、俺たちは山にきていた。

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