くず野郎と侵略者
渡貫とゐち
第1話 大垣良の生徒会活動
その1 副会長の献身的な言動
生徒数、約三〇〇〇人がバスケットのコート全面より少し大きいくらいの室内に収まるのは不可能だ。
そのため、朝礼は各自、教室にあるモニターを通しておこなわれている。
中学の時はうんざりしていた蒸し暑い体育館の中で聞く校長先生の長い話も、冷房が完備された教室内であれば、快適に聞き流すことができる。
基本、どうでもいいんだよな、校長の話って。
「会長、そろそろ出番ですけど、準備はできていますか?」
校長の長話の後、委員会のお知らせが終われば、次が生徒会からの連絡だ。
俺は副会長から渡された台本を受け取り、カメラの前に座る。
まるでニュースキャスターだ。
「全校生徒のみなさん、どうもおはよう。生徒会長の
渡された台本通りに話す。
この時期にはお決まりの内容だ。
中間テストが終わり、生徒数が激減しているので、くれぐれも成績を落とさないよう、不正をせずに正々堂々と勉学に励みましょう、といった忠告だ。
この学園のシステム上、仕方のないことではあるが、やはり退学者が多いのは生徒たちにとっては常に脅されているように感じるらしい。
まあ、それを踏まえて入ってきたのは当人たちなのだがな。
台本に書かれている最後の行を読み、俺は役目を終える。
カメラの電源が落ちるのを待ってから、気を抜いた。
すると、副会長の
「お疲れ様です、会長」
「ああ」
と、マグカップを受け取り、もう片方の手で端末を取り出した。
形状はスマホにしか見えないだろう、副会長も違和感を抱いた様子はない。
彼女がキャスターのついた椅子を転がし、俺の横に腰を下ろす。
「それにしても……よくブラックを飲めますね。私、角砂糖を入れないと飲めないですよ」
俺も。
と言いそうになったが、既にコーヒーを口に含んでいたので声は出なかった。
甘い。
……カフェオレみたいだ。
「(味覚も操作できるって、見栄張るくらいしか使いようなくねえか?)」
「……? なにか言いました? ……失敗、していましたか?」
「いいや、美味しいよ。さすがは立川副会長の淹れたコーヒーだ」
「褒めていただき光栄ですっ」
副会長が跳ねるような笑みを見せた。
立川和歌……学園でも成績二位の超優秀な生徒だ。
中間テストはなんと六教科六〇〇点満点中、五九二点の化け物だ。
頭の中に遊ぶという概念などないのではないか。
恐らく辞書と同等の単語は詰まっているだろうが。
化粧っ気がなく、まったく飾らないが、それでも美人だ。
しかし三度の飯よりも勉強を優先させる勉強バカなので、モテている様子を見たことがない。
見た目は、制服の上からでも分かるグラマラスな体型をしているのだが、真面目過ぎる性格が難と思う男子が多いようで、誰も手を出さない。
いつも隣で見ている俺でさえ、躊躇う。
多分、付き合ったらこっちの身がもたない。
こいつの生活リズムについていくのが厳しいだろう。
食事、睡眠、勉強、本当にこれしかしていないのだから。
「ところで、会長は中間テストの順位発表、見ましたか?」
「見ていないな。見る必要がない」
「さすがです。見る必要もなく自分が頂点だと自覚しているということですよね。満点一位、おめでとうございます」
一学年時、中間と期末、全て満点。
そして今年、二学年目、初回の中間テスト、満点一位。
これが生徒会長大垣良の力だ、と言えたら俺もひやひやしないものなのだがな。
「会長、聞いてもよろしいですか?」
薄い紫色のセミショートの髪が揺れる。
椅子に座ったまま、足を使って床を転がり、副会長がさらに隣へ近づいて来たからだ。
「なんだよ」
「どんな勉強法をしているのですか? ……私、帰ったら寝るまで、ずっと勉強しているのですが……時間の問題でなければ、効率なのかと思いまして」
睡眠時間を削って勉強しても身につかないこともある、と体験談を聞かせてくれた。
いや、正直、俺に聞かれてもな……勉強なんてしていない。
だから具体的な方法論を出すこともできないのだ。
「立川とやっていることは同じだよ、万遍なくやるしかないんだ」
「やっぱり、才能、でしょうか……」
いくら努力したところで結果は出なかった。
足りない部分は才能でしか埋められないとでも思っているのだろう。
副会長はマグカップを握ったまま、肩を落としているように見えた。
「まあ、そうだな。才能、それもあるだろうな」
向き不向き、そういう話だ。
「だが、勉強を好きな気持ち、それがあれば、才能の差も埋められるだろうさ」
「好きな、気持ち、ですか……」
「他の誰にもなくて、立川にある最大の武器だろう?」
勉強なんて誰もが嫌いだ、それが普通だろう。
勉強なんてしたくない、遊びたい、それが子供ってものだ。
俺だって嫌いだし、だからこそ楽をする道を選んだ。
だけど副会長は違う。
休み時間、放課後、家に帰ってから寝るまでずっと勉強をしているなんて、好きでなくちゃできない。
でないとどこかで必ず壊れ、潰れるはずだ。
昔からそんな生活だったみたいだし、嫌いだなんてことはないだろう。
俺の言葉はアドバイスとしてはふわふわし過ぎて結局、なんのアドバイスにもなっていないが、副会長は満足そうに微笑みを見せた。
「会長、ありがとうございます。スッキリしました。さすがは会長です、尊敬します」
「ああ……、しかし同級生なんだからタメ口でいいんだがな。別に尊敬しているから敬語でなくちゃいけないわけでもないんだが……」
「会長と副会長ですから、上下関係はきっちりしましょう」
上がまず示さないといけませんから、と言われてしまえば言い返せない。
今、この場には俺と副会長しかいないが、生徒会にはまだ二つの席がある。
会計と書記だ。
で、問題は会計に席を置く後輩の女生徒なのだが、俺と接する時がタメ口なのだ。
俺はいいんだが、この副会長が納得していないらしく、敬語を強制している。
それでも完全には直らない癖なので、副会長は俺とは常に敬語で話している。
まあ、副会長は最初から敬語だったが。
「あ、そろそろ一時間目が始まりますね。あまりゆったりもできませんでした」
「そうだな。けど、テストも終わって放課後には生徒会活動があるんだ、そこでならじゅうぶんにゆったりできるだろ」
「しませんよ? 生徒会活動ですから、仕事があることを忘れていませんか?」
「まったくもってその通りだな」
朝礼に使った物を片して、生徒会室を後にする。
「では会長、また放課後」
「ああ、また」
そして俺は、二年二五組へと足を進めた。
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