その24 頼りになるのは自分だけ

「……分かったわ。今日はもう、いい」


 今の猪上を私が説得するのは難しい。

 日を改めるしかなさそうだ。


 明日になれば生徒会にいくと言っているのだから、猪上を信じてみよう。


「あ、待って。最後に……今日はホラン……結城穂蘭は、体調悪そうだったけど、大丈夫だった?」

「あぁ、ホラミなら途中で保健室にいきましたよ。まだ戻ってきてないすけど……」


 やっぱり、あんな状態じゃ最後まで体力が持つわけもないか。


「……早くいってあげたらどうです? お気に入りなんでしょう?」

「お気に入りって……贔屓するつもりはないわ」


「責めてるつもりはないすよ。生徒会長は気に入った生徒を生徒会に推薦する権利がありますから。そうして私と太田は生徒会に招かれました。会長は、居場所をくれたんです」


 大垣くんが選んだ生徒。

 クセはあるけど、この学園に通っているため、さすがに優秀な二人だ。


「会長はずるをしていたっすけど……、それで最初はカッとなって、許せなくて……まあ色々と言ってしまいましたけど、それであたしたちが会長から貰った恩を忘れるほど、人の心を失ったつもりはないすよ。まあ、かと言って擁護もしませんけど。とにかく、会長以外の人間の下につきたいとは思いません」


「それって……」

「あたしはあんたを認めてない。認めたくもないですし。同じ境遇の後輩に泣きつくような心の弱い人なんかに」


 会長という拠り所を失ったのは、私だけではなかった。

 猪上は、私の痛い部分を容赦なく突き刺してくる。


「会長の下にいる時は仲間意識がありましたけど、あたしの上に立つなら話は別です。それでも、生徒会役員として任された仕事はきちんとするつもりなのでご安心を。ただ、良心であんたに協力することはないと思ってください。それはたぶん、太田も同じじゃないっすか? 表向き味方はしても、内心まであんたに染まることはないっすよ。だからホラミを大事にした方がいいっすよ? たった一人の、あんたの味方ですからね」


 猪上を置いて先に進んでいたクラスメイトが猪上を呼んだ。


「長話になっちゃいましたね。ホラミによろしくっす。では」


 小走りで駆けて、クラスメイトの元へ向かう猪上。

 生徒会長になっても、私を慕ってくれている役員は今のところ一人もいなかった。


 ホランはまた別で、友達であって、私に従うタイプじゃない。

 会長のはずなのに、全然、上手く生徒会を操作できなかった。


 無意識に、私はスマホを制服から取り出していた。

 三つある連絡先の一つに指が向かっていて、タッチする寸前で気づいて手を止める。


 電源を落とし、スマホをしまった。


「絶対に、頼らない……ッ!」


 裏切り者を、私はまだ許していない。



「失礼します」


 保健室に入ると先生はおらず、ベッドに横になって眠っているホランを見つけた。

 背中からばたんと倒れたような体勢だ。

 掛け布団はベッドから落ち、制服も脱ぎ散らかされており、シャツの胸元も大きく開いている。

 かなりだらしない格好だ。


「幸せそうな寝顔……」


 こっちは生徒会長になって大変な思いをしてるって言うのに……。

 大きく開いた胸元のボタンを止め、床に落ちた掛け布団をかけ直してあげる。


 生徒会室へ引っ張っていく気でいたが、こんな姿を見てしまえば強引に連れていくことはできなかった。

 寝不足みたいだったし、ここはおとなしく寝かせてあげよう。


 腰かけていたベッドから立ち上がった時、ぱちっ、とホランの目が開いた。

 もしかして、軋んだベッドの音で起こしちゃった……?


「ふわぁー。よく寝たぁ。これで家に帰って集中して見れるわぁ」

「…………」


 背中を伸ばして大きくあくびをしたホランの目の下にある隈は、綺麗に消えていた。

 表情も朝とは違って活き活きとしている。


「あれ、和歌じゃん。どうしてここにいるの?」

「心配で様子を見にきたのよ。それで、いつからここで寝てたの?」

「午前中から、かなぁ。おかげで頭も良く回ってるわぁ」

「そう。つまり午前中から授業を丸々サボったわけよね?」


「サボったって……、アタシが授業を受けてなんになるのよ。テストやらはどうせ力を使ってパスするわけだし。学園には在籍しておきたいから生徒としては通うけどぉ、授業中は睡眠にあてるって決めたのよ。時間の節約よぉ、効率良いでしょう?」


 時間の節約と言うけど、どうせアニメを見る時間を捻出したいだけだろう。

 ホランの瞳の中に、さっきからずっと欲望が映ってる。


「……生徒会役員に、ホランを推薦しようと思うの」

「やっとね。まずはこの学園の生徒、それを治める生徒会には入っておきたいわよねぇ。力を使わず和歌の推薦となれば、周りからの信頼も保証されるし、侵略の基盤としては良い固め方よね」


「そうね。ただ授業をサボってるホランが生徒会入りするのは難しいわよ?」


 そこで、意気揚々としていたホランの顔が曇った。


「ちょっと、なんでよ! 色々教えてあげたじゃない! 父親の外出許可だって取ってあげたのに!」

「私の力だけだと無理なこともあるのよ。生徒会役員として相応しい振る舞いをしていなかったら、なんで推薦されたの? って疑惑が生まれるでしょ? 本当の体調不良ならまだしも、こんなサボりが毎日と繰り返されれば、ホランを生徒会役員にするのは難しいってこと」


「じゃあどうするのよぉ……。大多数に力を使うのは時間がかかるしぃ、非効率だしぃ、面倒だしぃ……」

「普通に授業を受けなさいよ」


「じゃあアタシはいつ寝るの!?」

「家で寝なさい。夜更かししてアニメを見るのをやめなさい」


 ホランががっくりと肩を落とす。

 さっきまでの活気が嘘のようになくなり、どんよりとした暗いオーラが彼女の周囲を包んでいた。


「アタシの生きがいを奪うの……?」

「侵略じゃないの……?」


 しないならしないで私は助かるんだけど……。

 アニメにハマりながらも侵略をきちんと進めようとしてるし、忘れてるわけじゃないのは分かった。


「少し見なかったからって消えてなくなったりしないから。休みの日にまとめて見ればいいじゃないの。普段は侵略を進めて、休みの日にアニメをご褒美に見る……その方が数倍アニメが楽しめると思うけど?」


 私、なにを言ってるんだろう……これじゃあホランの地球侵略が進んでしまう。

 侵略が済んだら、ホランは帰ってしまうのかな……?

 それとも、地球に住み着いてくれるのかな……?


 離れるのは嫌だなって、思った。


「和歌はなんにも分かってない」

「え?」


「見たいって欲望を抑えつける意味が分からない。わざと抑圧したら数倍、楽しめる? 見たい時に見た方が、数十倍も楽しいに決まってるでしょ!」

「…………」


「侵略? いいよいいよそんなの後回しでもさぁ」

「いくわよ生徒会室に」


「なにすんのよ、これから帰って見たい作品が……」

「ホランがダメになる前に矯正してあげるわ」


 大切な友達を、仕事が嫌で家に引きこもったニートみたいにはしたくない。


 地球人を侵略者の力でダメにし、

 侵略者を地球の娯楽でダメにする。


 私が知る優秀だった二人の以前の姿は、もう見る影もなかった。

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