その3 会計の不躾な挨拶
「なッ!?」
一人を抜き、続けて俺に迫って来る二人を抜く。
三人の専門職を抜けば後は素人の二人だけだ。
一人はゴールキーパーだが、かなり前に出ているため、ゴールががら空きだった。
パスを出すか?
前に行けと言った手前、出さないのは悪い気がするが。
けど、オフサイドっぽい。
仕方ないので放物線を描くようにボールをぽーんと蹴り上げる。
ボールはキーパーの頭上を越え、小さなバウンドを繰り返しながら転がっていく。
そして勢いは頼りなかったが、きちんとネットにまで届いた。
これで同点。
残り時間も三分ある。
あと一点決めて勝つには余裕があり過ぎる。
「うぉい! やるなあ大垣!」
「さすが生徒会長だぜ!」
「やめろお前ら。あと、お前の位置がオフサイドっぽかったけど、もしかして今日はなしなのか?」
「全員が知ってるわけじゃないと思うし、セーフじゃないか?」
なんだ、なら素直にパスを出しておけば良かったな。
「ん?」
と、俺の前に立つのは、さっき勝負を仕掛けてきたサッカー部。
「クソッ、そんな才能がありながら、なんで生徒会なんかに……ッ」
「才能があるからって目指さなくちゃいけないわけじゃないだろ」
たぶん、サッカー部員でもない奴に負けたというのがこいつのプライドに傷をつけたのだろう。
サッカー部員であればまだ言い訳ができた。
凄い
だけど負けたのは普段、運動をまともにしない文化系の俺だ。
一応、強豪校でもあるこの学園で、しかもサッカー部員が得意分野で負けるというのは、精神的にきついはずだ。
全てを理解しながらも俺が手を抜かなかったのは、こいつを痛い目に遭わせたいわけではなくて、この学園では全ての評価が絶対だからだ。
たとえ体育の時間のミニゲーム、ワンプレーだろうが、気は抜けない。
卒業後の進路が、こんな些細なことで決まるのだから。
「心が折れたならやめればいい。逃げてマイナス評価を受けるのはお前だ」
「クソッ」
「また練習すればいいだろ。そうすれば、きっと届く」
「お前に、勝てるのかよ……?」
「ああ、勝てるさ。なにせ俺はサッカーの練習なんて一つもしてねえんだぜ? 立ち止まってる奴を追い抜けないのは、同じく立ち止まってる奴だけだ」
そして、相手チームのボールから始まり……、
数分後、試合終了の笛が鳴り響く。
一対二。
次の試合も、その次の試合も勝ち、俺のチームは最も多く勝ち星を上げた。
「今日、上から見ましたよ、会長のサッカーの試合」
「授業をちゃんと受けろ」
放課後、生徒会室に行くと副会長が勉強をしていた。
生徒会の仕事は基本的に全員が集まってから始めるので、それまでは各自で好きなことをしている。
「授業が中断してしまったので、短い時間だけですよ」
「立川はサッカーに興味があるのか?」
「いえ、まったく」
だろうな。
勉強しか頭にないこいつが、サッカーを見てはしゃぐとは思えない。
「偶然、目を落としたら会長が華麗に相手を抜くところが見えたので、そのまま目で追ってしまったんです。中々のキレと名采配でした。勉強だけでなく運動もできるなんて、趣味で運動でもしているのですか?」
「いいや……、まあ、筋トレくらいか」
嘘だ、していない。
けど、運動能力が高く見られている根拠は作っておいた方がいい。
「軽いものだがな。バランス感覚を鍛えることが多いな。分かりやすく筋肉がつくわけではないぞ」
「へえ……私も少し運動不足気味でして、軽く運動を始めようかなと思っているんです」
「いいじゃないか、健康的で。今の立川は出不精なんじゃないか?」
「家にこもって勉強ですからね、息が詰まりそうな時が何度もあります。そういう時はバランスボールに乗ってぽんぽん跳ねたりしていますけど……やっぱり走ったりした方がストレスも発散できますよね」
「跳ねたり、か……」
バランスボールはうちにもある。
欲しいと言った張本人が一度使って飽きて放置されているのがあり、俺もたまに乗ったりしてみるが、意外と難しいんだよな。
で、俺が使っていると寄ってきて、横取りされるため、全然使わせてくれないのだ。
「会長? 跳ねた方がいいですか?」
「あぁ、跳ねた方がいいな」
副会長なら、すごく揺れそうな気がする。
「……あ。会長、この小刻みな足音……」
「珍しいな、今日はいつもより早いじゃないか」
副会長が勉強道具をしまっていると、生徒会室の扉が開かれた。
ノックはない。
まあいいんだけど、だって役員だし。
ただ、開ける時の音がうるさい。
「どーも、会長さん、と、副会長――はまた勉強してる、相変わらずストイックなところが気持ち悪いっすね」
言葉を選ばず、小柄な女生徒が顔を出した。
「っす、じゃなくて、ですね、よ」
「はいはい、です」
「はいは一回でいいのよ……まったく」
「はーい」
「伸ばすのも禁止!」
肩をすくめ、会計である後輩が自分の席に座る。
そして、すぐにぐてーっと机に体を突っ伏した。
「
「でもでもー、いま充電がやばいんすよね。だから節約っていうか。携帯型充電器忘れちゃって……あ、会長持ってます?」
「猪上会計! 会長への言葉遣いをきちんとしなさい!」
「あるぞ、充電器」
「会長!?」
副会長が声を上げたが、別に俺は気にしていないのだ。
それに、困っていれば助けになりたいと思う。
これでも同じ生徒会の仲間だ。
充電器くらい、貸して困るわけでもないし。
「どもです会長! ……あ、でも、あー。端子が違いますね。会長のスマホ、結構古いんじゃないですか?」
「そうなのか? 確かにだいぶ変えてはいないけどな……」
新しくすると技術進歩についていけない同居人がいるため、変えていなかったのだが、いつの間にか端子が変わってしまうほどの年月が経っていたのか。
普通、こういうのって統一するんじゃないのか?
「形状を変えて効率良く充電できるなら変えますよね、普通は。この学園だって使えない生徒は退学にして、使える生徒を他から引っ張ってきているじゃないですか」
「言い方。確かにその通りだが」
使えない生徒とは言ったが、あくまでもこの学園では、の話だ。
超がつくエリート学園ではついていけずとも、ランクを下げた別の学校ではトップを取れる生徒だって普通にいる。
退学になった生徒は、大体がそれで妥協するのだ。
もちろん、妥協をすれば目指す場所も妥協せざるを得ない。
この学園に入る者は、全員が卒業後を見ている。
超エリート学園を卒業した人材。
その肩書きは、海外の大企業でも通用するのだから。
だから猪上だって、それなりの力を持っている生徒だ。
「そう言えば、猪上は中間テスト何位だったんだ?」
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