その4 書記と会計の凸凹な口喧嘩
学年によってランキングは別になる。
当たり前だが。
だからこいつが一位である可能性もあるのだ。
「十位でしたよ。役員だからって、別に一位二位を独占しなくちゃならないわけでもないっすよね?」
「必要はないな。かと言って最下位でも困るが」
「いや、退学コースですよそれ」
順位付けをする以上、必ずいる下位グループ。
つまり退学者は必ず一定数出るのだ。
しかし生徒数が減らないのは、会計が言った通りに他校からスカウトしているからだ。
抜けた分を埋めるように足している。
国内最大の巨大学園の座は未だ譲っていない。
「いいっすよね、スカウト。人によれば授業免除だったりしますから。生徒数三〇〇〇ですけど、通信制を含めれば一〇〇〇〇は越えてるらしいですね。あたしも通信が良かったなー」
「通信はほとんどが一芸の実力者よ。唯一の武器が、仕方のない理由でも一度ぶれてしまえばあっさりと切られてしまう。それでも良ければ申請してみればいいわ」
「冗談っすよ、友達多いですから、学園には通いたいですし。それに切磋琢磨している感じがあたしには似合っているかなって、思うんですよ」
「血気盛んだなみんな」
「あり? 会長は違うんすか?」
この学園では、相手を蹴落として進むのが当たり前だ。
ここで生活することを望むということは、勝つことが好きな生徒が集まっている。
まあ、俺だって例外じゃねえしな。
「負けるのは、嫌いだ」
「じゃあ、同族っすね」
「でも、会長は追われることはあっても追うことはないんですよね。……闘志は少し冷めてしまっているのではないですか?」
副会長の指摘は、確かにある。
負ける気がしないという意味でも、絶対に勝つ、という闘志はないだろう。
だが、やり遂げたい目的があるのだから手を抜くことはしない。
「安心しろ、立川。俺が見ているのは卒業後だ」
「さ、さすが会長……っ」
「なんすかこの惚気」
すると、またもやノックもせずに扉が開かれた。
「すいません、遅れました。友達の喧嘩を仲裁してまして」
「気にするな、
長身の男子生徒が自分の席に座る。
同じ一年でも、男女の差はあれどかなり身長差がある凸凹コンビだな、この二人。
そして、なぜか仲が悪い。
本当に嫌っているわけではなくて、こいつにだけは負けたくないという闘争心からくるものだろう。
危機感を抱くほどではないが、多少の支障は出る。
だが、負けん気が強いために競い合わせると仕事があっという間に終わるんだよな。
難しいところだ。
「今日は議論だな。購買の新しいメニューについて、リニューアルを考えていると先生から聞かされた。定番を残して新商品をいくつか入れるのか、それとも全てを入れ替えてみるか、もしくは一点、珍しいものを混ぜてみるか。色々案はあるだろうが、はずしてはならないのは、生徒のモチベーションを上げる商品群だ。せっかくリニューアルしても売り上げが落ちてしまえば本末転倒だからな。一応、変化をさせないと飽きがくるだろう、という先生の意見と、購買店からの売り上げ不振を助けてくれ、という依頼ってわけだ」
副会長がホワイトボードを用意した。
新メニュー、と見出しをつける。
さて、まあ、とりあえず後輩二人に好きに喋らせてみるか。
一年生を経験した身で言えば、購買なんてなにが出ようがどうでもいいと思ってしまう。
もの珍しいのは入学して最初だけだ。
慣れない学園生活で購買が変化して一喜一憂するのは一年くらいだろう。
なら、一年に考えさせた方が面白いアイディアが出そうだ。
俺と副会長はたぶん、安定を選んでしまって、つまらないだろう。
副会長は弁当を持っているしな。
「ケーキとか、いいっすよね」
コストが凄そうだが、それをいま言うべきではないか。
今はとりあえず肯定しておき、問題点を後で指摘する。
停滞すると議論が進まないので、能動的に前へ促してやらないと。
「おれはがっつり食いたいな。ボリュームのある、ハンバーガーとかどうですかね」
男子と女子、そりゃ好みも分かれるわけで、方向性の違う案が出る。
それが狙いでもあるのだが、対立もしやすくなる。
女子はボリュームのあるメニューを求めていないし、甘ったるいケーキを好む男子も多くはない気がする。
比較的、食べやすいケーキとなればコストはそれなりにかかるだろうしな。
ボリュームメニューに関しては、意外と現実的かもしれない。
単価が安いのをテキトーに詰めておけば男子は喜ぶのだから。
出た案を副会長がホワイトボードにメモする。
「カフェとかテラスとか、上品で良くないですか? エリート学園ならそれくらいの生徒へのサービスをしてくれてもいい気がしますけど」
「おれはドリンクバーと、もっと食堂の席を増やしてほしいですね。上級生に占有されて一年は教室か、解放されてる屋上でしか食えなくて困ってるんですよ」
と、そろそろ脱線してきたな。
購買のメニューを考える議論なのだが、どう快適に学園生活を送れるかに焦点がずれてしまっている。
そういう意見も大事だが、今は必要のないものだ。
ただ、こいつらは根本的に勘違いをしている。
「カフェは無理だな。テラスと食堂の席に関しては……どうだろう、数席増えるくらいだろうな。三年生の占有は、一〇〇席くらい増えないと大して変わらないと思う」
「なんでっすかー! エリート学園なんすよねー!?」
「確かにそうだが、遊びにきているわけじゃねえって、分かってるか?」
「勉強しにきてるっすけど、快適に過ごせることが生徒の士気に関わってきますよ?」
夏は冷房をつけないとまともに集中できない、みたいなことを言いたいのだろう。
俺もそう思うけどな。
生徒がいくら言っても先生たちはそんな意見を一蹴するだろう。
「この程度で下がる士気なら、そんな生徒は退学してもらって構わない、ですね」
「太田書記は分かってるみたいだな」
「なッ――この裏切り者!」
「快適に学園生活を送りたいならお嬢様学校にでもいけよ。妥協して、楽をするんだな」
凸凹コンビが睨み合う。
だが、太田書記が先に視線をはずした。
「おれ、会長の席、狙ってますから。いや、もちろん会長が卒業した後ですけど」
その時までこの学園で生き残ってみせる、そう言いたそうだ。
太田書記に関して、不安などないが。
生徒会入りしている時点で並以上の成績であることの証明ができている。
「はぁ? あんたが会長なんてできるわけないでしょ。今の会長の後にあんたが会長って荷が重過ぎるわ。次期会長はあたしだから」
「お前こそあり得ねえぞ。そもそも女に男を従えられるわけがないだろ」
「それは男女差別よね? 旧式な思考だなんて尚更向いてないわあんた」
「弱肉強食の世界に入り込んで快適さを求めてる甘ちゃんに、人の上に立てるとは思えねえけど?」
……おっと、さすがに殺伐とし過ぎているな。
止めるならここしかなさそうだ。
「さて、二人とも。購買のメニュー、決まったか?」
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