その13 副会長はどこまでも努力家
「お……、おはよう、立川。早いんだな……」
「え、はい……会長こそ」
一応、疑って壁の時計を見る。
やはり今は五時だ。
俺の勘違いではなかった。
五時でも早いのに、副会長の勉強の進み具合は一〇分では足りない。
一時間前……、四時には生徒会室につき、勉強道具を広げている必要がある。
こいつ、いつも誰よりも早くきてるなとは思っていたが……、
「いつもこんな時間からいるのか……?」
「はい……特別に先生に許可をもらって、朝早くから勉強しているんです」
「そ、そうか……」
そこで会話が止まり、妙な間が生まれてしまった。
なんだか気まずくて、一歩も動けなかった。
副会長の方も視線は問題文に向かっているが、ペンは止まっている。
時計の秒針の音がやけに大きく聞こえてきた。
いや、驚いてしまったけど、副会長の勉強への取り組み方を知っていれば分かることでもある。
想像よりもだいぶ時間が早いとは言え、深夜まで残ることはできないのだから、じゃあ朝早くから勉強をしようと思うのは、特別、おかしなことじゃない。
ただ、そうなると不思議に思ったことがある。
「家でやればいいんじゃないか?」
勉強なんてどこでもできるのだからわざわざ生徒会室でやらなくてもいいような気がする。
その辺は、集中できる場所だから、なのかもしれないが。
「家だとその、ちょっとやりづらいんですよね……」
あー、確かにたくさんの勉強道具を広げられる机の方がいいよな。
生徒会室にある机は広いし、会議用の長机であればもっと広々と使える。
「なるほどな。邪魔して悪かったな。ちょっと生徒会室に用事があっただけで長居をする気はない。すぐに退くよ」
「いえ、別に気を遣っていただかなくても……」
……って、待て。
誰もいないだろうと思って俺は生徒会室に来たんだよな。
けど、実際には副会長が部屋にいる。
俺、今から副会長の前で女子の制服を探すの?
しかも、あればいいなと思っていた猪上の制服を漁るの?
必死に勉強してる副会長の隣で?
「会長? どうしたんですか、立ったままで」
「ああ……いや、ちょっと探しものを、な」
「忘れものですか? 一緒に探しますよ」
「大丈夫だ、手伝わせるわけにはいかない。……いや」
端末で力の残数を確認する。
命令は二つの内一つを結城に使ってしまっている。
できれば一つは取っておきたい。
となれば誘導を使うことになる。
命令より強制力はなく記憶も残ってしまうが、俺の振る舞いの不自然さを無くすことができる。
合理的に女子の制服が得られるのなら、誘導の方が都合が良いだろう。
これこれこういう理由で制服を持っていった、という証人がいた方が、後々の説明に役立ってくれるはずだ。
しかもそれを言うのが副会長となれば、信頼度が他とは違う。
「やっぱり手伝ってくれるか? 先生から任されていたのを忘れていたんだが……もしかしたら先生本人も忘れてるかもしれん。が、任された以上はやっておきたい」
いつもなら言われてすぐに実行している俺が忘れていたことについて、突っ込まれてしまうと返す言葉がなくて危なかったが、副会長は頷き、なにも聞かずに手伝ってくれるようだ。
「なにを探しているのですか?」
「女子のスペアの制服らしいんだが……体験入学をする子に着せるらしい。普通は中学の制服だったりするんだが、持っていない子もいるだろうからな」
「そうですね」
副会長が違和感なく受け入れた。
普通だったらこうは納得しないだろう。
誘導は命令ほど強制力はないが、それでもまったくないわけではないのだ。
中学の制服がなければ別に私服でもいいんだけど。
こいつはそれを知ってるはずだが、まあ言わないよな。
俺になぜか絶大な信頼をおいている副会長は、もしかしたら誘導や命令がなくともなんでも言うことを聞くかもしれない。
それでも誘導を使ったのは念のためだ。
単に女子の制服を探していて嫌悪感を示されるのが嫌だって本音もあるが。
「……うーん、ないな」
猪上もさすがに男女入れる生徒会室に着替えを置いておくはずもないか。
体育着ならまだしも、制服を置くのは珍しい、か。
目的は猪上の制服だったが、別の場所にないか探してみる。
……ないか。
仕方ねえ。
誘導の効果が切れたら最悪、命令を使って先生に聞いてみるしかねえか。
「会長。良ければ、ですけど、私の替えの制服があります、けど……?」
「え」
「必要なんですよね? 体験の子がくるからスペアの制服が必要、と。だから急いでいるのかと思っていたのですけど……見当違いでしたらすみません」
「……合ってる、な」
代用できる可能性がある中で、自分の制服を勧めてくるとは。
確かに誘導させる終着点には、制服が手に入るようにするつもりであったが、俺がする前に自分から制服を差し出してくるなんて。
俺にその発想はなかった。
副会長のツテで別の場所から手に入れば儲けものくらいにしか思っていなかった。
副会長のスペア、か。
ありがたいんだけど、ニヨには大きい気が……。
自然と副会長の首から下へ視線が落ちる。
同学年でも一位二位を争うエロい体をしてるんだよな、こいつ……。
「会長?」
幸い、俺の視線の先には綺麗に畳まれた制服があるので、副会長にはそれを見ていたとしか思われない。
それ以前にこいつはそんな視線などものともしないだろうがな。
勉強漬けのせいで自分がどれだけエロい体をしているのか、それを見る男子がいるなんてことを思いもしていないだろう。
意識したらどうなるんだろうという興味がある反面、分かっていなくてありがたいという気持ちもある。
目の保養をし放題ってわけだしな。
猪上がいるから同じ生徒会とは言え、あまり大っぴらには見れないが。
「いいのか? 他人の手に渡る可能性があるんだぞ?」
「構いません。制服のスペアって、あまり着る機会ないですからね」
気を遣って大事に着ているからこそ出る発言だったが、確かにそうだな。
「そういうことなら、ありがたく受け取る。多分すぐに返せると思う」
「はい。でも、返すのはいつでも大丈夫ですので」
目的は果たせた。
これ以上、勉強の邪魔をするわけにはいかない。
「会長、今日はたまたま、こんなに早いんですか……?」
「まあな。いつもは寝ている時間だ」
「そう、ですか……。私、いつもこの時間にはいますから……」
「うん? ああ、許可を貰っているなら俺が言うことはない。勉強をしたいと言うんだ、誰もダメとは言わないさ。ただあんまり根を詰め過ぎるなよ? いや、立川にとってはもう勉強は呼吸みたいなものか」
副会長はなにかを言いかけて、口を閉ざした。
再び口を開いたが、多分、言いかけた言葉とは違うものだ。
「無理せず頑張ります」
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