その14 二ヨと一緒の学園生活
学園近くの公園に待たせていたニヨが、俺に気づいて表情を明るくさせ、次にハッとして頬を膨らませ、不機嫌さを演出する。
俺が戻ってきたのに、座っていたブランコを漕ぎ始めた。
「おーそーいー」
「これ探してたからな。元々、早く戻れるとは言わなかったはずだけど」
「そーだけどー。わたしのこと、忘れちゃったのかと思ったよ……」
「学校に行きたいって言ったのはそっちなのに。そのために頑張って制服を持ってきたのに。そんなこと言われるなら渡すのやめようかな……」
「わぁあっ! ごめんね良ちゃん! 良ちゃん頑張ってくれてお姉ちゃん嬉しい!」
ブランコから飛んでニヨが抱きついてくる。
冷たくできないくせに冷たくしようとしやがって。
何度やっても『押してダメなら引いてみる』が絶対にできねえのに、学習しないなあ。
「ん。これ着て今日は体験入学ってことで学園に入るからな。さすがに俺と同じ学年は無理だけど……だから一年になる。なら、あいつと一緒だな」
「ホランが……」
「どのクラスの教室に入るのか、全部の教室を順々に回るのかは分からないけど。一応、俺の義理の妹ってことで手続きするからそのつもりで」
「ええっ!? 良ちゃんって年上よりも年下の方が好きなの!?」
「その見た目でお姉ちゃんはない。地球の常識を考えて、その方がいいんだよ」
だが、ニヨはぶつぶつと呟いており、俺の言葉など聞いていなかった。
嫌な予感がした。
「じゃあ、良ちゃんのこと、お兄ちゃんっ、って呼ぶの?」
……一瞬、呼吸が止まるかと思った。
見た目のせいで、似合い過ぎるセリフだ……!
でも、実際はお姉ちゃんなんだよなあ。
「………………好きにすればいい」
呼び名が良ちゃんはおかしい……もんな。
妹と紹介したんだからお兄ちゃんと呼ばれるのは当然な気がする。
「あははっ、じゃあ今日だけ、良ちゃんはお兄ちゃんね!」
「…………おう」
お兄ちゃぁん、と猫撫で声で俺の腕に抱きつくニヨに緊張したが、いやでもこれ、普段のお姉ちゃんをしてるニヨと大差ないような……。
というか、冷静に考えたらこれが学園にくるんだよな。
授業参観とは違うが、俺にとってはそんな感じだった。
……あぁ、急に胃が痛くなってきた。
「良ちゃん、ぶかぶかだよお……」
制服に着替えたニヨが肩口をつまんで愚痴った。
それ、副会長のだしなあ。
それに、ニヨの体型は高校生よりも小さい。
「大きいとは言っても手が袖から出ないわけじゃないし、大丈夫だろ。成長期を見越して大きめの制服を買う生徒は多いし、誰も大して気にしないよ」
「なんでかバストのあたりが大きめに作られてる気がする……」
「気のせいだ」
「これさ、わたしが胸、大きくなるのを見越して着てるって思われないかな?」
それはさすがに考え過ぎだ。
「ねえ良ちゃん……わたしが着る用って分かってたのになんで巨乳用の制服を持ってくるのかな……? わたしに巨乳になれってメッセージ?」
「違う。その制服を持ってきたのは偶然だって。そう都合良くニヨに合った制服を持ってこれるわけないしな」
副会長ほど巨乳の制服を持ってくる方が何倍も難しいが。
ニヨを不機嫌にさせない制服は、多分、俺が持ってきたこれ以外だろう。
不幸にも俺はそれを引き当ててしまったわけだ。
探したのが俺じゃなければ普通の制服を持ってこれただろうけど、俺だからこそ副会長の制服を持ってきてしまったとも言える。
だからまあ、俺だからこそ、普通の制服を手に入れるのは難しかった。
そんな説明で納得してくれるか……?
「良ちゃんは巨乳の方が好き……」
「機嫌を直そうと頑張ったのに聞いてねえ」
あと別に巨乳が好きなわけじゃねえし。
言っても聞いていないだろうし、話題を変えよう。
そろそろ部活の朝練にくる生徒も増えてくる時間帯だ。
「学園に入ったら別行動だから上手くやってくれよ」
「それなんだけど……そもそも良ちゃんはわたしが学園にきた目的分かってる?」
ん?
それは、結城の侵略を邪魔するため……なんだろ?
「うん。ホランの近くにいられるのは好都合だし、互いに持ってる力は通用しないからわたしがどうこうされる危険性はないよ。でも他の生徒を使ってわたしの動きを止められちゃったらどうしようもない。その間に良ちゃんのところにちょっかいを出すと思うし」
監視はできるけどさすがに操られた生徒を相手することはできない、と。
だったらニヨだって同じように力を使えばいいんじゃないか?
「……良ちゃん」
「え、なんで呆れてるの?」
「わたしと良ちゃんは別行動。わたしが端末を持ってホランのあの手この手を躱したとする。その間、良ちゃんが自力で学園生活を送れるならなんの心配もないけど」
「…………あ」
そっか。
ニヨが端末を持っちまうと俺は当然、その間は力が使えない。
生徒会長として、ニヨの力を借りずに自分の実力で周りを誤魔化さなくてはならない。
「む、無理だぁ……」
「お姉ちゃんとしてはそこでちょっとは頑張ってくれると嬉しいんだけど……」
「無理無理。どれだけニヨの力に頼ってると思ってるの。今更それがなくなったら俺、なんにもできねえよ」
「自信満々に言うことじゃないよ!」
はぁ、とニヨが大きな溜息を吐く。
「最初だけ。たった数十分くらいなら力がなくても我慢できる?」
「……どうするつもりなの?」
「ちょっと力を使って、やってみたいことがあって。大丈夫、すぐに端末は良ちゃんに返すから」
……すぐに返してくれるなら、いいけど。
だけど、端末を手放すことに物凄い不安を抱く。
なんだか落ち着かない。
ポケットに入っていた端末の重さがなくなっただけで、足が宙に浮かんでいるように感じた。
しかもなんだか体が震えてきた。
これが禁断症状ってやつか。
「良ちゃんって、二五組だったよね?」
頷く。
するとニヨが、ふふっ、と笑った。
「ちゃんと教室にいてね」
力が使えないとなると不安過ぎるので、仮病を使って保健室にいようかとも思ったが、ニヨに教室にいてねと言われてしまえば席をはずしたくはない。
幸い、生徒会長としての力を頼られる場面はなかったので、今のところ切羽詰まった状況にはなっていなかった。
予鈴がなり、朝のホームルームの時間になったが、一〇分が経っても担任の先生がこない。
担任の巳浦先生は時間はきっちりと守るタイプだと思ったんだが……。
すると、高いヒールで床を叩くような、先生の足音が聞こえてきた。
分かりやすい……。
その音は扉の前で一旦やみ、少しの間を空けて先生が顔を出す。
「遅れてすまないな。情報の伝達不足で手間がかかってしまった」
巳浦先生がそう言いながら教室へ入り――その後ろ。
「お兄ちゃーん」
小さく手を振っているニヨがいた。
彼女の視線を追ってクラスの生徒の目が俺に向けられる。
妹がいるとは言っていないから、どういうことだって訴えてる目だな。
「今ので分かったと思うが、大垣の妹だ。今日は体験入学にきたらしい。この子の希望で兄と同じクラスで授業を受けたいと言ったのでな、特別に許可を出した」
その特別はニヨによって命令されたってことなんだろうなあ。
「大垣、お前の隣に椅子を持っていく。そこで手取り足取り教えてやれ。未来の後輩なんだ、丁重に扱い、絶対に逃がすな」
「……分かりました」
まあ、確かにこれなら、結城から俺を守り、タイミングが限定されるが邪魔もでき、俺の面目も保たれるわけだ。
けど、多分もういっこくらい、ニヨの思惑がある気がする。
用意された隣の椅子にニヨが座った。
自然、クラス全員の視線が俺たちに集まる。
「大垣ニヨです、今日はお兄ちゃん共々よろしくお願いしますねっ」
にこっと快活な笑みを見せた。
そんな外用の笑みを向けてから、俺を見上げる。
「よろしくね、お兄ちゃん!」
と、俺の片腕にぎゅっと抱きついてくる。
見られてる見られてる!
みんなこっち見てるからいつもみたいに密着すんな!
そう目で訴えても、ニヨはさらに抱きついてくる。
無理やり押しつけてくる。
さすがに密着すれば分かってしまう。
副会長と比べなくても小さいが、それでもあるんだから。
「今日は優しいね」
ニヨが俺だけに聞こえるような声で。
「いつもはもっと冷たいのに」
いつもみたいにって、こんなところでそんな扱いをしたら俺は一気に全員の敵になる。
…………それが狙いか。
ここなら、いくらニヨに甘えられても、俺は邪険にできない。
「くっ…………」
「力を渡してあげたんだから、これくらいは許してよね」
そして、ニヨが不敵に笑った。
大丈夫だろうか……、本来の目的、忘れてないよね?
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