第3話 立川和歌の生徒会活動
その21 初めての体験
「わーかーちゃんっ、あーそーぼ!」
「……ごめんね、わたし、べんきょうしなくちゃいけないの……」
「えー、またなのー? わかちゃんといっかいもあそんだことないよー」
「ごめんね……」
「もういいよ-、いこっ。しょうてんがいでおまつりやってるって!」
「うん、いこういこう! あ、わかちゃんばいばーい!」
……最初の頃はこうして遊びに誘ってくれる友達がいたけど、全てを断っている内に、次第に誘われることもなくなっていった。
幼稚園の頃も小学生の頃も中学生の頃も、私は友達と遊びにいくことが許されなかった。
休日に家から出るのも許可が必要で、許されたのは図書館や資料展など、勉強に関係のある場所だけだった。
買い物に行こうとしても、代わりに買ってくるから、と親に外出するなと止められる。
だから自分で着る服を買ったことなどないし、お金の管理もされているため買い食いだってしたことがなかった。
下校中に見る、女子高生がクレープなどを食べ歩きしている光景に、憧れたりもした。
「和歌はなににするの?」
「あ、え……普通の、で」
「普通のって言われても……チョコバナナ? イチゴクリーム?」
「なんでもいいけど……」
「じゃあテキトーに選んじゃうから待ってて」
人の波に流されないように歩道の端に寄って、壁に背中を預ける。
今日は休日の土曜日。
いつもなら家で勉強をしている一日だけど、私はホランに連れられて秋葉原へとやってきていた。
とにかく人が多くて、密集した熱気で酔いそうになる。
普段、出歩かない私にとっては過ごしにくい環境だった。
視線を上げて見える看板には、アニメのキャラクターが描かれていて、だけどどれも知らなかった。
凄く人気があるみたいだけど……、見る機会なんてなかったし。
家のテレビで見れるのは情報番組だけ。
ネットも検索制限がかけられているために流行を知ることもできなかった。
かろうじて知っているのはニュース番組などで特集されているアニメだ。
犯罪者がよく見ていたアニメ、と知った作品もあるので、印象が良くないものも多い。
なんというか……全然知らない世界だ。
勉強ばっかりして、なんでも知ってる気になっていたけど、私なんて全然……。
まだまだ無知だって痛感させられた。
「あ、いたいた。和歌、はい。チョコバナナにしたけどいいよね? というか二人でシェアしよう、そしたら両方の味を食べられるし」
ホランからクレープを受け取って、
「ありがとう。お金は、必ず返すから」
「いいわよぉ、だってこれ、元々和歌の親のお金だしぃ」
そう、絶対に友達と遊ぶための外出を許してくれない父親が、なぜ今日は許してくれたのかと言えば、ホランの力によるものだった。
私の外出許可を出し、そして遊ぶためのお金まで渡してくれた。
……ホランの力によって強制的に。
「違う違う。渡した方が和歌のためになるって思わせただけ。命令じゃなくて、誘導の力よ」
「そう、なんだ……」
ホランは正体を侵略者だと言った。
未だに信じられないけど、私自身、ホランの力で透明化していたし、体験してしまった以上は信じないわけにもいかなかった。
本当に、会長はずっと後ろにいる私には、まったく気づいていなかったのだから。
ち、違う違う、もう会長じゃないんだ。
会長じゃなくて……大垣くん。
「力を使ってずるしてた、偽物よ……!」
「あー! 二人で食べ合いっこしようっていま言ったばかりなのにぃ!」
「……え」
と、私は手元にあったクレープを、もう半分以上も食べてしまっていた。
苛立ちからやけ食いをしていたらしい。
それにも気づけなかったなんて……。
未だに頭の中に会長が居座っていることが、さらに腹が立つ。
「ごめん、ホラン。……また付き合うから……」
「いいけどぉ。じゃあこっちはあげないからね」
言って、ホランは一人でクレープを食べ切った。
私も残っていたクレープを食べて、
そう言えば、今日の目的を、私はまだホランから聞いていなかった。
「今日はどうしてここにきたの?」
「地球は宇宙で最も娯楽が盛んな星でね、中でもアニメが人気なのよ。アタシもせっかく侵略するためにきたわけだし、ちょっと嗜みたいなって、ねぇ」
「なんで私を……? 私が全然詳しくないって知ってるよね……?」
「知識を頼りにしてるわけじゃないからねぇ。どちらかと言えばまったく知らない方が都合が良いかな。だって、一緒に楽しみたいじゃん」
「……それなら、良かったけど……」
これ、まるで友達と遊びにきてるみたいだよね?
「違うと思ったの? それって酷くないかなぁ?」
「え」
「アタシと和歌は、もう友達じゃん」
「…………いいの?」
「ふっ、どういう意味よそれぇ」
勉強漬けでまともに友達と遊んだこともない、つまらない私でいいの? って意味だったけど、ホランは答えなかった。
「言葉なんているのぉ? こうして一緒にきて、手を繋いでいる時点で、答えているようなものでしょう?」
「……うん」
ホランに引っ張られ、人の流れに逆らって走って進む。
しちゃいけない迷惑行為だけど、なんだか楽しかった。
今日は、とても足が軽い。
たぶん、親にはめられた足枷を、ホランが取ってくれたからだろう。
ゲームセンターを出てしばらく経っても、心臓がまだ高鳴っていた。
何度、深呼吸をしても興奮が治まらない……。
「ニュースで知ってはいたけど、あんなにリアルだったなんて……やってみないと分からないものね、バーチャルリアリティ」
「さっきからバーチャルリアリティ、バーチャルリアリティって言ってるけど、VRでいいじゃん」
「? 間違ってはないでしょ?」
「もしかして、ソーシャルネットワーキングサービスって言うタイプ?」
「そうだけど……?」
「SNSでいいじゃん!」
ホランがどうしてそこまでムキになっているのか分からなかった。
「一応、アタシだってゲーセンに来るのは初めてなんだけどぉ。そんなアタシよりも新鮮に驚いて楽しんでるってのはどうなのよ、地球人」
「言われても。私だって初めてだし」
今日は初めてのことしかしていない気がする。
電車に乗るのはさすがに初めてじゃなかったけど。
そして、時間が過ぎるのは早く、もう日が落ち始めていた。
世間の高校生はこれからさらに遊びにいくらしいけど、私には門限がある。
「誘導しても、門限を伸ばすことはできなかったのよねぇ。アンタの父親、どれだけアンタのことを束縛したいのよ」
ホランの力は、意図的にある事柄を思い込ませる力らしい。
だけど時には誘導できない場合もあるのだと言った。
たとえばお父さんのように、思い込ませたい事柄よりも強い意志がある場合は、誘導できないらしい。
これが命令だったら強制的に上書きするらしいけど、だからここが誘導の限界。
ちょっとずつ、私もホランの力が分かってきた気がする。
「束縛じゃなくて、私のためを思ってくれてるから……」
「和歌の自由を奪って、和歌のため……? おかしな話ね」
「余所者には分からないよ」
「和歌はそれでいいの?」
私は即答した。
「いいもなにも……お父さんが機会を与えてくれてるんだから、期待に応えたい」
「和歌がいいならいいけどぉ。あ、そうだ。アタシの力って通信機器を通しても通用するのよねぇ。今から父親に電話して門限伸ばしてもらうこともできるけどぉ?」
スマートホンに似た宇宙人用の端末を私に向けてくる。
大垣くんがしていたように、私にもホランの力が使えるとは聞いていた。
命令の力を使えば、お父さんに頼んで門限を伸ばしてもらうことも可能だろう。
私の思い通りになるはず……だけど、それをしてしまえば大垣くんと同じだ。
そうやって楽をし出したら、麻薬のように止まらなくなる。
私は首を左右に振った。
「ううん、もう帰るよ。今日はありがとう、ホラン。楽しかった」
「和歌がそう言うなら、無理強いはしないよ。まあアタシも面白そうなアニメのブルーレイ買ったし、家に帰って見たかったから。アタシも早く帰りたい」
色々と買っていたみたいだし、地球を満喫しているようで、地球人としては嬉しかった。
だから侵略はしないでほしいけど……どうやら戦争をするわけじゃないみたい。
かと言って、私も侵略を良しとするわけではない。
大垣くんの方にも侵略者がいるみたいだけど、もう何年も経っているのに地球は侵略されていなかった。
だからホランだって……と、淡い期待を抱いてしまう。
ホランは時間通りに動くし、先に決めていた場所は意地でもいこうとする。
時間がないからってやめたりしないし、欲に目が眩んで長居することもない。
生徒会向きな性格なのかもしれない。
「和歌、一人で帰れるよね?」
「帰れるよ。さすがに私でもそれくらいできるから」
「じゃあここでお別れでいいわよね?」
「あ……」
門限がある、だから帰らなくちゃいけないのは分かっているし、もう決めていることだったけど、離れて行くホランを見て、名残惜しくなってしまった。
喉元まで出かかった息のような声だ。
ホランには気づかれていないはず……でも、
「…………使う?」
ホランが満面の笑みで誘ってくる。
端末を手の平に置いて、私の顔へほれほれと突き出してきた。
「使わない。使わないからしまいなさい!」
「我慢はお肌によくないよぉ? もう、惜しかったなぁ」
ホランが端末をしまう。
うっ、自然と目で追ってしまったが、幸い、ホランに視線までは気づかれなかったみたい。
「和歌、いつでも頼ってくれていいんだからね?」
別れ際にそんな言葉を残された。
そして、ホランは後悔なんてなさそうに、私の前から去って行ってしまった。
目で背中を追ったけど、人混みに紛れて見失ってしまう。
…………私も、帰ろう。
「いつでも頼ってくれていい……か。ううん、あの力には頼らないけど……」
今日は凄く楽しかったし、勉強になった。
私が知らないことを教えてくれる先生としてなら、頼ってもいいかもしれない。
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