その22 完璧な生徒会

「ただいま、お父さん、お母さん」

「おかえり和歌。すぐに夕食ができる、座って待っていなさい」


 門限に間に合った私を迎えたお父さんの機嫌は悪くなかった。

 テレビもつけず、会社から持ち帰った資料に目を通している。


 しばらく会話はなかったけど、この家にとっては珍しくもない。

 お母さんが夕食の準備をしていて、その音だけが響いていた。


 テーブルにはお箸だけが並んでいた。

 私はお父さんの前、椅子に座って背筋を伸ばす。


「どうぞ、お父さん」

「ああ」


 夕食がテーブルに並べられていく。

 私も手伝い、豪華な食卓が彩られた。


「それじゃあ食べましょうか」


 お母さんの音頭で、いただきます、と箸を持つ。

 食器の音が鳴らないように注意しながら、料理を口に運ぶ。


「お母さん、美味しいよ」

「そう? ありがと」

「和歌。今日はどうだった?」


 お父さんが箸を置いた。

 ……私も食べるのをやめ、お父さんの質問に答える。


「……家にいるだけだと分からないことばかりで、勉強になりました」

「そうか……お前には家に閉じ込めてばかりで俗世間というものを教えていなかったからな。そういうのは学園で自然と知るものと思っていたが……難しかったか」


 昔から娯楽や流行に疎かったため、同じ学年でも話が合わないことがたくさんあった。

 次第に話すこともないので近づかなくなり、向こうも私と喋ろうとはしてこなくなった。


 友達なんていらないと思っていたけど、勉強以外は友達を通してでないと分からないことが多い。

 それを今日、ホランを通じて知ることができた。


「お父さん、また今日みたいに外へ……」

「いや、世間のことなら俺が教える。テレビも少しなら、報道番組以外も見る機会を設けてみよう。お前には余計な遊びを覚えてほしくはないからな」


「余計な遊び……」

「お前はたくさん勉強をして大企業に入り、立派な大人になってほしいんだ。収入が安定し、将来有望な優秀な男と結婚をして、幸せになった後で遊ぶことくらい、いくらでもできるだろう。それまでの我慢だ」


 とても長い道のりだと思った。

 だけど、お父さんの言うことだから間違っていない。


「……はい」

「お前が幸せになってくれると、俺たち二人は嬉しいんだ」

「そうよ、今は大変かもしれないけど、きっと報われる日がくるから……」


 お父さんとお母さんは私が小さい頃からずっと、サポートしてくれていた。

 私のために。


 ……ここで、私が泣き言を言うわけにはいかなかった。

 普通に女子高生として過ごしたいなんて、以ての外だ。


「はい……頑張ります」


 私は笑顔でそう答えた。



 休み明けの登校日。

 いつものように生徒会室で勉強し、他の役員の二人を待ったが、ホームルーム前の予鈴が鳴っても生徒会室に現れなかった。


 連絡したわけじゃないから、仕方ない。

 それから、教室へ向かう途中、遅刻ぎりぎりに登校してきたホランを見つけた。


 ふらふらと左右に揺れて、危なっかしい歩き方だった。


「ホラン……? 大丈夫?」


 振り返ったホランの目の下には、深く彫り込まれたような隈ができていた。


「和歌……なによぉ、こんな朝早くから」

「遅刻寸前よ、生徒会に入りたいなら時間に余裕を持ってきなさいよ。……それで、どうしたの? 頬もこけてるし……体調悪い?」

「え、体調は全然……あ、ちょっとごめん」


 すると、ホランの目尻に涙が溜まり出し、すーっ、と頬を伝って流れ落ちた。


「ちょ、ちょっと! 本当にどうしたの!?」

「違くてぇ、感動、しちゃって……」


「感動って……」

「徹夜でアニメ見てて、まさかあんな展開になるなんて……」


「…………」

「ねえ、和歌」


 ホランが指で自分の涙を拭った。


「続き見たいから、早退していい?」

「ダメに決まってるでしょ」


 ちぇー、とふて腐れながらも自分の教室に向かってくれた。

 本来の目的を忘れてるんじゃ……でも、その方がいいのかもしれないけど。


「立川、そこでなにしてる。生徒会長が遅刻だと他に示しがつかないぞ」

「あ、はい。え、先生……生徒会長って――」

「今日から正式にお前が生徒会長だ……いいな? 自覚を持てよ」


 私が、生徒会長……。


「全校生徒へはプリントで知らせてある。不満を言う奴もいなかったしな。それで、一応、役職は繰り上がる形式を取っているが、副会長を誰にするのかは立川が決めていい。猪上も太田も能力的にそう差はないからな。それで残った席なんだが……」

「その件なら、もう決めてあります」


 生徒会顧問でもある巳浦先生が感心して頷く。


「ほお、なら後は全て任せる。頼んだぞ、新生徒会長」

「……任せてください!」


 大垣くんがいなくなったことで、生徒の長であり、成績一位の私は、この学園でトップになった。

 このまま卒業までに生徒会長として学園に貢献すれば、私の進路の幅が広がる。


 大企業への就職も夢じゃない。

 これで、お父さんとお母さんを、満足させることができるはず。


 だからこそ、私が生徒会長になって、初めての仕事は――、


「あの二人に大垣くんは甘かったけど、これ以上、不祥事を起こされるのは困る」


 だから私が作る。

 私が思う、生徒会を。

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