その44 エピローグ
ホランがいなくなってから次の日曜日。
俺は立川と待ち合わせをしていた。
待ち合わせスポットとして有名な銅像の前で、時間、五分前に着いたが、人が多過ぎてこれでは立川がきても分からないんじゃないかと不安になったが……杞憂だった。
時間通りにきた立川はとっても分かりやすかった。
普段は絶対に着ないだろう服を着ていたから目についたのもあるが、単純に、映えたからだ。
周囲の視線が立川に向いている。
白い服装で大胆に肩と胸元を出し、カジュアルでタイトなミニスカートを履いていた。
耳には小さいが、ピアスをつけ、足下のサンダルは少し高めのヒール。
……立川が、不良化してる!
「ご、ごめん、ちょっと遅れた……」
「ん? いや、時間通りだけどな」
立川が遅れそうになって息を切らして走ってくるなんて珍しい。
電車の遅延でもしたのだろうか。
「ちょっと、準備に手間取って……」
「普段着ない服を着てくるからだろうなあ」
さて、立川が行きたいと俺を誘ってきたカフェにでも向かうとするか。
「こっちでいいんだよな?」
「大垣くん」
肩を強く掴まれ、引き止められた。
表情は笑顔だが、腕の力と声でたぶん怒っているというのが分かった。
「この服、どう?」
「どうって……」
立川がまさかこんな服を着るとは想像もしなかった。
しかし、着てみると違和感がまったくないし、似合っていると言える。
それに、教えてもらった立川の家庭の事情を考えたら、こんな服を着れるようなったことに、俺も嬉しさが隠せなかった。
「良かったな。これで立川も女の子らしくできるじゃん」
「これまで女の子らしくなかったと?」
はぁ、と盛大な溜息を吐かれて訳が分からなかった。
「もう……いこう大垣くん。色々、相談したいことがあるから」
そう、今日、立川から誘われたのは生徒会について相談したいことがあるから、だった。
決してデートじゃないからっ、と強めに何十回と言われたから、俺も勘違いはしねえ。
オープンテラスへ案内され、パラソルの下で店員さんに注文をする。
こういう所は入ったことがないのできょろきょろと視線を回してしまう。
注文したドリンクもおすすめ商品として押し出されていたものをテキトーに選んだだけだ。
立川はさすがに慣れているだろうと思ったが、俺と同じくらい視線を回して、結局、俺と同じ商品を頼んでいた。
メニュー表を読み込んで吟味していたのにな。
ドリンクが到着し、一口含んだ後、口火を切ったのは立川だった。
「それで、相談なんだけど……」
猪上と太田、そして新たに加入した生徒会役員。
立川の命令が解けた二人は以前の反抗的な態度に戻ってしまい、そんな二人と新役員が毎日激突しているらしい。
生徒会が二分化してしまっている状況だ。
そんなチームでは仕事も回らず、完全に作業が滞ってしまい、俺に相談を持ちかけたみたいだが……相談する相手を間違ってる。
俺に聞いてどうする。
あの二人の信頼は、侵略者の力を使って取ったものなんだから。
「……それ、本気で言ってるの?」
「いや、だってそうだし」
はぁ……、と大きな溜息を吐かれた。
失礼な奴だな。
わざわざ休日に、呼び出されてここまできてやった相手になんて態度だ。
「ま、なんとかなるだろ。今の立川ならきっと二人も自然とついてくるさ。現に新役員は立川に信頼を置いているんだろ?」
「そう、だけどね……これはこれで厄介、というか……」
頭痛を抑えるように指をこめかみに当てていた。
悩む立川は、しかし楽しそうだ。
「そっちはどうなの? この前、部員数が達したから部の昇格をしてあげたでしょ?」
そう、俺たち登山同好会は部へと昇格した。
部費を受け取った浦島が嬉しそうに器具を買って、全て使い切ったのを咎めたのが新しい記憶だ。
新入部員は登山部には貴重な女子生徒だった。
ニヨとすぐに仲良くなったようで、部も以前より明るくなったし、生徒会が抱えるような厄介ごとは今のところなかった。
「こっちはこっちで順調に走り出してるよ」
「そう……」
立川は、そこでじっと、俺を見た。
窺うような視線だった。
しばらく閉じていた口が、ゆっくりと開いた。
「……戻ってくる気は、ない?」
「え」
「生徒会長に戻すのは無理だと思うけど、役員……いや、副会長なら、私の権限でどうにかねじ込めると思う。……やっぱり、私には会長が必要ですから……っ」
やっと、登山部として走り始めたばかりだ。
新たな仲間たちと新たな景色を見るために一丸となっている。
今、抜けてしまうのは迷惑がかかる――、
だが、俺はなんのために走り始めた?
一度、落ちたあの場所を、目指すためではなかったのか?
……立川からの、こんな誘いはもう二度とないかもしれない。
大幅にショートカットできるなら、それは望むところだ!
「マジで!? やるやる――俺も生徒会に入る!」
「……嘘だけど」
「はぁ!?」
思わず大声を出してしまい、周囲の視線を集めてしまった。
突き刺さる視線にさすがに俺も気まずくなり、おずおずと頭を縮める。
……ここ、女子ばっかりだしな。
……それにしてもこんな嘘……どういうつもりだ、こいつ……。
そんな元凶の立川は、冷たい目で俺を見下していた。
「ほんと、変わらないくず野郎ですね、大垣くんは」
立川は心の底から楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべていた。
くず野郎と侵略者 渡貫とゐち @josho
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