その26 誘惑は不安定にこそ響く

 放課後、作業を終えたプリントの束を持って先生の元へ向かった。


「先生、アンケートの集計が終わりました」

「おお、約束通り間に合ったな。あの二人を上手く扱えるようになったのか?」


 休み時間と放課後を返上して、後輩の二人が手伝ってくれた。

 くれたが……、


 信頼関係はひびだらけだった。

 だけど、それを先生に報告することもないはずだ。


「はい。心配ないです、あの二人となら、これからも生徒会をやっていけると思います」


 ……私自身がそう思いたかった。

 それに、不安定な生徒会の内情を先生に知られたくない。

 私が会長になった途端に崩壊した、なんて知られたら、私の評価が下がってしまう。


「そうか……お前に任せて良かったよ」

「……はい」


「このアンケートの集計もかなり正確だ。毎回、いくつか数え間違いなどのミスが出るものだが、今回はちらっと見たが、特になさそうだ。優秀な生徒会だ」

「……私が最後にチェックしたので、ミスはないはずですよ」


 急いでいたので、作業を終えた後に確認する暇はなかった。

 終わってそのまま、息つく暇もなく先生の元へ向かったのだから。


 ……自然と口から出て、訂正するわけにもいかず、ここは話を合わせるしかない。


「そうか、立川の確認作業が的確だったというわけか」


 後輩のミスを訂正した上で見せにきたと思わせれば、私に会長は荷が重い、という不安をかき消せるのではないかと思った。

 先生には、私は優秀であると思わせなくてはならない。


 後輩二人の信頼を得られなくても、先生からの高い評価を貰えれば最悪、後輩の信頼はいらないと言える。

 ただ、それは最悪の場合だ。

 あった方が良いに決まっている。


「ご苦労だったな、立川」

「はい。それでは、失礼します」

「あ、少し待て立川」


 足を止めると、先生が私を手招きしていた。

 同時に、屈め、と手で促された。


 椅子に座っている先生と目を合わせるように屈むと、先生の口が私に耳元に近づいた。

 先生の吐息が、ふっ、と耳にかかった。


「一つ忠告しておく。生徒会長が嘘はよくないな」

「……え」


「詳しくは言わん。どのことを言っているのかもな。見当外れだと思えば、それでもいいさ。私は特になにもしないから、ただの忠告だ。まあ、とにかくお前が一番分かっているはずだ。二度目はないぞ?」


 足が、まるで石になったかのように動かなかった。

 ばれてる……、でも、なんで……?


 二人の手柄を私が横取りしたことを、どうやったら分かるって言うの……?

 いや、ここで動揺したら確信になってしまう。

 何食わぬ顔で職員室を出るしかない。


 でも。

 たとえ先生がカマをかけているのだとしても、そうさせる疑惑が私にかけられていることになる。

 もはや挽回するのは難しいくらい、私の印象は悪いんじゃ……?


 ダメだ、余計なことは考えないで、今は職員室をすぐに出よう。


「えと、そうですね、分かりました。では、失礼します」


 扉を閉め、廊下の壁に背中を預ける。

 ずるずると地面に座ってしまいそうになるのをなんとか踏ん張った。


 先生が私によくない印象を持っている。

 考えられるのは、猪上しかいない。


「……私のミスを、報告したの……?」


 猪上だって、この学園にきたからには卒業後のことは頭に入っているし、それを目的に生き残ろうとしているはずだ。

 高い場所を目指すなら生徒会長になることが確実。

 生徒会に入ったのもただの通過点だと以前に語っていたし、信憑性は高い。


 私を蹴落とすためにミスを報告するというのはあり得る。

 一年で生徒会長になった経歴があれば優遇される。

 それを狙ってだとしたら――。


「…………」


 私がここから挽回する道は、もうない……?

 ……そんなはずない。

 考えごとをしながら、靴を履き替え、私は帰路を歩く。


 周りなんて、全然見ていなかった。


「あ、和歌じゃん。……ん、その顔……困りごとでもあるのぉ?」


 真っ先に家に帰るはずのホランが見えて、幻かと目を擦ったが、確かにそこにいた。


「なんで……今日に限ってアニメを見てないのよ」

「和歌がこれを必要としてるんじゃないかって、びびびっときたの」


 髪の毛の一房を掴んで、アンテナのようにぴんと立たせた。

 片方の手には、不思議な力が扱える端末が握られている。


「これをすぐに見つけたってことは、考えにはあったってことだったりぃ?」

「……絶対に使わない」

「どうして?」


 使えば、大垣くんと同じだ。

 使ってしまえば、努力を否定することになる。


 私がこれまで犠牲にしたことの全てが、意味のなかったものに――。

 だから、絶対に使わない。


「ふぅん。ならいいけどぉ」


 意外にもあっさりと、ホランは端末を引っ込めた。


「でも、必要になったらすぐに言ってね」

「……そういう状況を作り出す、とか言わないわよね?」


「そんなことはしないわよ。でもさ、案外もう抜け出せないほど、深い穴にはまってるんじゃない?」

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