◆柘植5◆ SF推理小説の登場人物と比べるな
「親友、っていうからてっきり女子だとばかり思ってたわ。まさかオネエ系のムキムキ野郎だとは。っつーか存在すんのかよ、男女間の友情なんて」
「それ、完全にブーメランだからな。小暮だって、女子だけど俺の親友じゃん」
そう指摘すると、自分のことを完全に棚に上げていたらしく「そうだった」と膝を打った。
「いやーでもさ、そこまで毎日べったりなんだろ? だったらもう付き合ってんじゃねぇの? その子もそいつのこと頼りにしてるみたいだし」
「まぁ、頼りにしてるな」
こないだの体育だって、蓼沼さんはギリギリまで富田林と同じチームになりますように、と祈っていたのだ。あまりの必死さにさすがの森先生も分けるのを躊躇うレベルだった。
その熱心なお祈りの最中、早々に同じチームだと(そして富田林とは別チームだと)わかった俺は何度か蓼沼さんに「俺がいるから大丈夫だよ」と声をかけたのだが、全く聞こえていないようだったし。
「だから道のりは険しいって言ったんだ。勝てるわけがない」
「ううん……まぁ、何か、確かにそうみたいだな。でもほら、まだチャンスはあるぞ」
「何だよ、チャンスって」
「よく考えてみろって、さっきのブーメランだよ」
「さっきのブーメランって何だ」
小暮は、ずずい、と身を乗り出し、口角を目いっぱい上げて自身を指差した。
「オレ、貴文とは超親友だし、中学の頃だって結構べったりだったけど」
「そうだっけ? そんなにべったりだったか?」
「たぶんな。少なくとも、オレは女子と連れションなんて行かなかった」
「小暮、お前一応女子なんだし『連れション』とか言うのやめろよ」
「良いんだって、そこは。とにかくオレは女子と連れション行く代わりに、お前といっつも映画の話してたじゃんか」
「あれを連れションの代わりとか言うなよ」
「そう怒るなよ貴文。まず聞けって。そんな感じでべったりだった超親友のオレだが、幸いなことに、お前のことはまーったくタイプじゃない」
「さっきも聞いたな」
「だろ。何度も言いたくなるほどお前のことは異性としてタイプじゃない。恋愛対象に一度たりともなったことがないんだ。はっきり言うけど魅力0」
「魅力0、っていうのはさすがに傷つくが、奇遇だな。俺も同じだ」
だからさ、と言って、小暮はあっけらかんと笑った。
「その子だって同じかもしれねぇじゃん。親友としては大好きでべったりかもしれないけど、異性としては見てないかもしれねぇじゃんか。だって、貴文に対して何か思わせぶりなんだろ?」
「まぁ……それは」
俺の思い過ごしでなければ、だけど。
「とりあえず、聞いてみたら?」
「何を? 誰に?」
「まずはその番犬の方だな。あれ、番犬じゃなくて、用心棒だっけ? とにかくそっちの方に。お前、そいつのことどう思ってんだよ、ていうか付き合ってんの、って」
「そんなの聞けるわけないだろ」
「何でだよ。確かめないと逆に危ねぇじゃん」
「何で」
「だって、付き合ってるんだとしたら、彼氏がいんのにお前に思わせぶりな態度取ってんのも問題あるし、付き合ってねぇなら、別に貴文が動いたって良いわけじゃん?」
「そりゃあ良いんだろうけど。下手に突いたら藪蛇かもしれないじゃないか」
「藪蛇って?」
「俺が言ったことで、富田林が彼女のことを意識するかもしれないだろ、ってこと」
「ああ、なーる」
「なーる、じゃねぇよ」
小暮はけらけらと笑って再びコントローラーを握った。そしてまたのろのろと操作しながら、テレビ画面をまっすぐに見つめ「でもさ」と言う。
「もしマジでその子のことが気になるんだったら、その親友とやらには牽制しといた方が良いと思うぜ、オレは」
「何だよ、牽制って」
「もしそいつがその子のこと一方的に好きだったとしたら、そいつは貴文のライバルになるわけだし。勝てるわけがないとか言って、土俵にすら上がらねぇなんてクソだせぇじゃん。奪い取ってこそ男なんじゃねぇの」
「……なぁ小暮、お前ほんともう少し言葉遣い気をつけたら?」
「良いんだって、一生直んねぇから」
「直す努力をしろよ」
「うるせぇ」
それからは、小暮はそのRPGをちまちまとやり続け、俺は、それを無言で眺めたり、ベッドの脇に積まれている小説を読んだりして過ごした。本来の性別を忘れるくらいにボーイッシュな親友の愛読書は、実はベタな恋愛小説で――などということもなく、近未来のスペースコロニーを舞台にしたSF推理小説である。毎回犯人が特殊能力を持った異星人で、そんなのありかよ! という突っ込み待ちのようなトリックがテンプレートのようになっているコメディのシリーズだ。
そこに登場する探偵役の青年は、ひいじいちゃんの代に地球から移住してきたという設定の地球人であり、例えば手足が合計六本あるとか、全身が強アルカリ性の粘液に覆われているとか、プラスマイナス百度まで耐えられるとか、そういった能力は一切ない。多少推理力が高めだというだけの一般人だ。一応主人公であるため、『主人公補正』ってやつなのだろうか、他の異星人達から案外モテたりする。けれども、相手によっては雌雄というものがなかったり、決まった形がないガス状生物だったりするために、ちっとも羨ましくは見えないのだが。
その青年が、必ず毎回吐く台詞がある。
「どんな相手でも、話してみないことにはわからないじゃないか」
中には発声器官が存在しないためにそもそも『話すこと』が困難なタイプの異星人もいるわけだが、彼はどうにかしてコミュニケーションをとり、捜査をしたり、犯人を追い詰めたりするのである。
そう、どんな相手でも、話してみないとわからないのだ。
蓼沼さんがどういうつもりで思わせぶりな態度をとっているのか、ということもそうだし、彼女が富田林に対してどんな感情を抱いているのかもそうだ。この間、その『どういうつもりで』については聞こうとしたのだが、俺が勝手にそう思っているだけで、もしかしたら蓼沼さんという人は誰に対してもそうなのかもしれないと思い直し、止めてしまったのである。だけど、ウチのクラスに限って言えば、やはり俺だけのようにも見えるし。
それからもちろん、富田林が蓼沼さんをどう思っているのかについても気になるところではある。クラスメイトは富田林があのキャラなものだから、恋愛対象も男なんじゃないかと噂しているが、果たしてどうだろう。確かに普段のあいつの言動は女みたい……というか、たぶんクラスの女子よりも女らしいが、あれを見てしまったからなぁ。
あえて女友達のようなポジションに身を置いて、蓼沼さんに悪い虫がつかないように守っている、というのも当然考えられる。
……その場合、悪い虫は俺ということになるのだろうか。
もう一度、本をぱらりとめくる。
灼熱の惑星出身であるゲル状の異星人が、実はマイナス五十度でかなり粒子の細かいパウダー状になれるという特異体質を生かして密室を作り上げた、というトリックを例の地球人の探偵が見破ったページだ。
「私の秘密を知られてしまった以上、生かしちゃあおけないなぁ」
その身体のどこに発声器官があるのか謎だが、とにかくそのゲル状かつパウダー状の犯人はそう言って、探偵に襲い掛かるのだ。そのゲルの身体で顔を覆われてしまい、あわや窒息死、というところで彼の有能な助手であるスーパーアンドロイドが乾湿両用バキュームを用いて犯人を吸引し、一件落着、というエンドである。
俺は富田林の秘密(本当にそこまでの秘密なのかはわからないが)を知ってしまったけれども、幸い、彼に襲い掛かられることはなかった。直前までめちゃくちゃ善人で無害そうだったゲル状異星人は探偵を殺そうとしたのに、普段から何かやらかしそうな一癖も二癖もある富田林は、ただ俺に口止めと礼をして去っていったのだ。
そう考えれば、まぁ、話せばわかるやつ……なのかもしれない。
いや、創作物と比べてどうする。
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