◇蓼沼4◇ とりあえずは作戦成功、ってことで
「ちょっともう、
うわっ、ちょっと待ってトンちゃん。あなたどうして私が泣いてるってわかったの? 泣いてるっていっても号泣とかじゃないよ? 一粒二粒ぽろっと出ただけだよ? 視力良すぎじゃない? ていうかこれ感動の涙だしね?
「え? 蓼沼さん、泣いてるの? 何で?」
そりゃあそうだよ。そういう反応になるよどうしても! だっていま柘植君は一生懸命私のためにじわじわ来る感じのホラー映画を思い出してくれてるところだったしね? さっきまでは私、全然泣いてなかったしね?
「違うの柘植君。これは柘植君がどうこうしたわけじゃなくてね」
「まぁ、柘植を庇うの? 木綿ちゃんったら、なんって良い子なのかしら」
「いや、良い子とかじゃなくて。トンちゃん、聞いて?」
「ホーホホホ、命拾いしたわね、柘植。木綿ちゃんの聖母のような優しさに感謝なさい。さ、行きましょ、木綿ちゃん。ほーら、飴ちゃんあげるわ」
と、飴を口の中に押し込まれる。やや、これははちみつ梅の味。いや、味わってる場合じゃない。ええい、とっとと噛んで飲んでしまわないと!
「んご! もすす!」
「んもう、こんなに重いものたくさん持ってちゃ駄目よ。あたしに寄こしなさいな」
「もす! もすすす!」
か、硬い!! 何この飴!? めちゃくちゃ硬いんですけど!! もしかして本物の種とか入ってない?
「さ。行くわよ、木綿ちゃん。ホーホホホホ」
「も、もすぅ~」
ガシッと肩を掴まれ、半ば引きずられるようにして、私はその場を去った。どんどん小さくなっていく柘植君は、何だか狐につままれたような顔をしている。ごめん、柘植君、明日ちゃんと話すから。ていうかその前にトンちゃんにもちゃんと話さないと。あとこの飴めちゃくちゃ硬いんですけど! やっぱり種なんじゃない?!
「……トンちゃん、助けに来てくれてありがとう。でもね」
もはや私達の本部扱いとなっている家庭科室である。毎回毎回どうしてここには私達しかいないんだろう。先輩達、もう引退までわずかなんですから少しは活動しましょうよ。まぁ、いまは人がいない方がありがたいけれども。ちなみに飴は、もうめちゃくちゃ口の中で転がして転がして転がして小さくした。最後の最後までかなり硬い飴だったのだ。
「全然どうにかなってたの、アレ」
「えっ?! そうなの?!」
「私的には、かなりどうにかなってたの」
「だって傍から見たら、完全にテンパってたわよ?」
「うっ……! そうかもしれないけど! でも、柘植君とたくさんお話出来てたし、さっきはね? 柘植君が私のためにお勧めの映画をね?」
「エ――――――――?! やぁっだ! そんな良い展開だったなんて! だって木綿ちゃん泣いてたから、こりゃ一大事と思って。全力疾走しちゃったわよ。それにほら、木綿ちゃんのことだからハンカチ持ってないかもって思ったし」
「うう、持ってなかったけど……。おっかしいなぁ。今日使ったはずなのに。どこ行っちゃったんだろう。落としたのかな」
「そういや木綿ちゃん、五時間目終わった後、何か手洗い場で洗ってなかった? 椅子の背もたれに何か干してたような……」
「ああっ! そうだった!! 手洗い場に落としちゃってびしょびしょになったから洗って干してたんだった!」
あーもー、取りに戻らないといけないじゃん。私の馬鹿ー!
「でも、まぁ、とりあえず今回の作戦は成功、ってことで良いわね?」
「た、たぶん」
「柘植の視界にはばっちり入ったわね?」
「うん、それはちょっと手応えがある……と思いたい、かも」
「うっふ。さすがは恋愛軍師トンちゃんよねぇ。というわけで、次の作戦考えなくちゃだわ!」
トンちゃんは腰に手を当ててホホホと笑っている。何だかんだいっても作戦は成功したのだ。このままトンちゃんの言う通りにしていれば、きっと間違いない。
「とりあえず今日のところはお疲れサマってことで、帰りましょ」
「うん」
そういえば駅前に美味しいたい焼き屋さん出来たのよねー、と言って、トンちゃんが私の手をとる。
「せっかくのところ邪魔しちゃったみたいだから、たい焼き奢ったげる」
「やったぁ! 私、あんこのやつ!」
「はいはい、わかってるわよ」
そうして、トンちゃんと劇的に美味しいたい焼きを食べ、大満足で帰宅した私は、いつものように夕食を済ませ、それからゆっくりとお風呂に入ると、結局回収しそびれたハンカチのことや、それから宿題があったこともすっかり忘れてベッドへ潜り込んだ。
そこで思い出すのは、やっぱり柘植君のことだ。
廊下の角でぶつかるなんて、一体どんな策!? って思ったけど、さすがは恋愛軍師のトンちゃん。何ていうか、こう、いままでとは全然違った。手応えがあった。うん。
柘植君とあんなに長い間会話したのなんて初めてだと思う。
手芸、苦手なのかな。すごいねって言われちゃったし。むっふ、そんなことないよぉ、私だって型紙があっても全然その通りに作れないっていうか、ゆっくーりゆっくーりやって、それから、トンちゃんにアドバイスっていうか、口だけじゃなくて何なら手も出してもらったりして、それでやっと出来るっていうか、だし。でも、もし、柘植君がものすごく苦手なんだとしたら、私の方が上手だったりして。うふふ、参ったなぁ。
ホラー映画、柘植君、一生懸命考えてくれてたなぁ。
そうだ、ちょっと私も調べてみようかな?
そうだよ、何も知らない状態よりは、ちょっとでも知ってた方がきっともっと楽しくおしゃべり出来るはず。
「よぉし、そうと決まれば!」
がばりと布団をめくり、お父さんのタブレットを借りるため、私はいそいそと一階のリビングへと向かった。
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