◇蓼沼12◇ そんな柘植君いままで見たことない
「やっぱり来たかっ! 避けろ、蓼沼っ!」
「は、はいぃっ!」
予想通り、トンちゃんチームの新田君が打ったサーブはまっすぐに私の方へ飛んできた。すごい、こういうのって狙えるものなんだ! などと感心している場合ではない。
私の使命は、まず、避けること。とにかく鈴木君の邪魔をしてはならない。
そして、新田君のサーブはやっぱり鈴木君でも拾うのが精一杯らしく、ボールはその勢いのままネットの方へと飛んで行った。
ああ、このままだと向こうのチャンスだ。そのまま打たれてしまうかもしれない。
そうは思うものの、だからといって私に何が出来るわけでもない。前にいた相馬ちゃんがちらりと私を見た。いや、私を見たところでどうにもならないよ?
と。
高橋君が飛んだ。
うわぁ、さすがはバレー部。あんなに高く飛べるんだ、とちょっと見とれてしまう。高く飛んだ高橋君の指が、弾丸のようなそのボールに到達すると、さっきまでの勢いが嘘みたいに緩んだ。そして、ネットを越えそうだったボールが、そのギリギリのところで高く上がる。
「柘植!」
高橋君の声で、今度は柘植君が飛んだ。
もちろん高橋君ほどの高さはなかったけれど、それでも、彼の手はボールをしっかりととらえ、それは、かなりの速さと重さを持って後衛の夏井さんと橋場君の間をすり抜け、落ちた。
「よっしゃ、まず一点」
そう言って、高橋君が柘植君とハイタッチをする。すごい、何かすごくバレーしてる感。いや、バレーはしてるんだけど、間違いなくしてるんだけど、テレビの中のやつじゃなくて、その場にいる、っていうのがもう、ちょっと感激。えっ、私、この場にいても良いのかな?
「柘植君、すごいね。やったね」
そう声をかけると、柘植君は「ありがとう」とちょっとはにかんだように言って、右手を構えた。高橋君とハイタッチをしたから、私もその流れに乗ったのだと思ったのだろう。それでは遠慮なく、と、ぱちん、と手を合わせる。何かこういうのもすごくチームメイトっぽい。
「あんまりすごくはないよ。たまたま運よくあそこに落ちただけ、っていうか」
そう謙遜する柘植君の頬がちょっと高揚している。こめかみの辺りから汗が一滴垂れてきたのを手の甲で拭っている姿がとても新鮮だ。
私の知っている柘植君は汗なんかかかない。
いつも涼しい顔をして、ムキになるとか、本気を出すとか、そういうのとは無縁みたいな顔をしている。だから、その、ちょっと息が上がった感じとか、いつもより体温が高そうな肌の色であるとか、汗を拭う仕草なんかにドキドキしてしまう。
「柘植、次も頼むな」
「毎回決まるとは限らないけど、まぁ、なるべく」
鈴木君の言葉をさらりとかわす。相手コートのトンちゃんを見てみれば、かなり悔しそうな顔をして腕を組んでいた。トンちゃん、眉間にしわ! 良いの?! あ、ああ、ギリギリってめちゃくちゃ歯ぎしりしてる! そんなに悔しいの?! そんなに悔しいんだね、トンちゃん?!
さて、こっちに点が入ったので、次は私達のチームのサーブだ。打つのは、手島さん。女子らしい、ふんわりとしたサーブが、ふんわりと相手コートに飛んでいく。ああ、何か平和な雰囲気。このままのほほんな感じで試合が進めば良いのに――……
なんて事には当然なるわけもなく。
「
トンちゃんのご指名で夏井さんが動いた。あれくらいの球なら受けられるらしい。とはいっても、ボールはちょっと明後日の方へと飛んで行ってしまったけど。落とさなかっただけ良し、というところだろう。
「ごっ、ごめん!」
そう言って、夏井さんが後方によろけたのを橋場君が支える。
「
「おうっ!」
新田君は、トンちゃんに呼ばれる前から自分の役割をしっかり把握していたらしい。あっという間にボールに追いついて、それをトンちゃんの方へ上げた。かなり高い――だけど。
トンちゃんなら、きっと打ってくる。
こ、これ私の方に飛んでくる? よね?! えええ、どうしよう。どうしたら良い?! さ、下がれば良いのかな? ええと、さっき教えてもらった構えは――
「蓼沼さん、ネットギリギリまで前に出て、両手を上げて。飛ばなくて良いから」
「えぇ!? わ、わかった」
言われた通りに前に出、手を上げる。これは知ってる。あれだ。ブロックってやつだ。でも、どう考えてもブロックとして機能するとは思えない。本当に飛ばなくて良いんだろうか。いや、私の場合、飛んだところであんまり効果ないんだろうけど。
「ホーホホホ! 食らいなさい、あたしの全力アタ――――」
「ひええええ! と、トンちゃああん、やめてよぉぉぉぉ!!」
ずおおお、と迫るトンちゃんの気迫に、ついそんな声を上げてしまう。そんなことを言ったところで、いまのトンちゃんは敵チームなのだ。いつものように「仕方ないわねぇ、木綿ちゃんは」なんて優しい声をかけてくれたりしないのだ。どんな時でも私の味方でいてくれたトンちゃんが……ううう……。
「――ぐぅっ。卑怯よ、柘植ぇ!!」
「ふぇ?」
てっきり弾丸のように飛んでくるとばかり思っていたトンちゃんの全力アタックは、予想外に力の抜けたふにゃふにゃとしたものだった。コートの真ん中あたりに飛んできたそれを相馬ちゃんが受けて、高橋君がまた高く上げて――、
「下がって、また柘植が打ってくるわよ! 橋場! 男を見せなさい!」
「お、俺ぇっ!?」
が、予想に反して柘植君は打たなかった。
打たなかった、っていうのかな。何か、ふわっとパスするように、というのか、ネットの向こうへそっと置くような返球だった。
けれど、また打ち込んでくるとばかり思っていたトンちゃんチームの面々はそれにまんまとひっかかり、完全に出遅れたようだ。それを何とかトンちゃんが拾ったけれど、ネットに引っかかってしまい、自コートへと落ちてしまう。
「畜生っ、柘植めぇぇぇ!!」
だんだん、とトンちゃんが悔しそうに地団太を踏む。名指しされた柘植君は、そんなものどこ吹く風と涼しい顔だ。
「柘植、やるじゃん」
本日二度目のハイタッチを高橋君とかわした柘植君が、「蓼沼さん、助かった」とその右手をそのままこちらに向けて来た。それを、ぱちん、と鳴らす。
「私、立ってただけだから、何もしてないよ」
「いや、富田林の勢いが削がれた。狙い通り」
「ね、狙い通り?!」
「うっそ、沼っち、あれ狙ってやってたの?!」
「すごい、小悪魔じゃん、蓼沼ちゃん!」
「違うよ?! 私、狙ってなんかないよ!?」
そう必死に否定していると、何やら背中にピリピリと視線を感じる。恐る恐る振り向くと、トンちゃんが鬼の形相でこちらを見ていた。
「ひいい! トンちゃん、怖い! わ、私別にそんなつもりじゃ……!」
「良いのよ、木綿ちゃん……。あたし、アンタにはぜーんぜん、ぜーんぜん、これっぽっちも怒っちゃあいないわ」
「嘘だぁぁぁ」
「憎たらしいのは柘植よ。あんの狐野郎。よくもあたしの木綿ちゃんを使ってくれたわねぇ……っ!」
「トンちゃん! 抑えて! 抑えて! どうどう!!」
「許すまじ……! その澄ました公家顔をぼっこぼこのぐっちゃぐちゃにしてやるわ!」
「トンちゃぁん! これ体育だからね!? ていうか、顔を狙うとか絶対にダメなやつだからね?!」
「わざとだってバレなきゃ良いのよ! ホーッホッホッホ! 事故よ事故! 手元が狂っちゃったんなら仕方ないわよねぇ~っ!! 完全犯罪、やったろうじゃないのぉっ!」
「トンちゃん、全部しゃべっちゃってるし! 森先生こっち見てるよ?! ガン見だよ?!」
……結局、トンちゃんは先生に呼び出され、コートの外で正座をさせられることになった。そして、トンちゃんの代わりに別のチームから一人補充して、試合は続行。その後は終始穏やかな雰囲気となり、私達のチームの勝利で終わったのだった。
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