◇蓼沼11◇ 狙われるのってやっぱり私なのね?
「そ、そんなぁ……!!」
「ホーッホッホッホ!
体育の授業である。
そう、男女合同バレーボール、だ。
今朝の柘植君とのやり取りでお花畑状態だった頭が、サァっと冷える。
男女混合で球技をすることは、一年生の時から何度かある。チームの決め方はもう単純に出席番号の一番から機械的に、何人、と割り振るだけだ。今回はバレーボールなので、男女それぞれ三人ずつ。
で、分けていったところ……、
「まさかトンちゃんが敵チームになるなんてええええ」
去年はこういうチーム分けの際は必ずトンちゃんと同じだったのに、クラス替えによってメンバーが変わり、ズレてしまったのである。
ただ一つ嬉しい誤算だったのは――、
「蓼沼さん、何か無責任なこと言っちゃってごめん」
柘植君が同じチームだったということだ。
「無責任なこと? 何かあったっけ」
「いや、同じタ行だから同じチームになるんじゃない? なんて言っちゃったから」
「そ、そんなの全然良いんだよ。とにかく、頑張ろうね。私、何とか足手まといにならないように頑張るから」
そうだ。
私がしっかりしないといけないのだ。
何せ、このチーム、私以外は皆体育の成績が良いのである。
相馬ちゃんと手島さんはバドミントン部だし、鈴木君は野球部で、高橋君はバレー部。そして、柘植君は映研なのに、運動も出来ちゃうのである。まぁ文化部イコール運動が出来ない、というのはただの偏見なんだけど、私がその『イコール運動が出来ない』人間だったりするわけで。
「男女共にバレー部のスパイクは禁止。それから、バレー部と男子は原則アンダーサーブとする。審判はバレー部が行うこと」
森先生のその言葉に、バレー部員達はお決まりのようにブーイングをする。だけどもちろんハンデは必要だと思う。こうやって機械的に分けられたチームであればなおさらだ。ちなみに、これが男女混合バスケだったりすると、バスケ部はシュート禁止が言い渡されたりする。
「しかし、相手チームに
他のチームの試合を見ながら、バレー部の高橋君がぽつりと言う。彼もまた、去年まではトンちゃんと一緒のチームだったので、今回も期待していたらしい。
「アイツ、どういうわけか家庭科部なんて入ってるけど、身体能力が図抜けてるからな。ていうか、何でアイツ家庭科部なんだよ」
離れたところにいるトンちゃんを横目で睨み、高橋君は悔しそうに、ぺちん、と膝を叩いた。そこへ相馬ちゃんと手島さんがそうそう、と乗っかる。
「それ、あたしも思った! ていうかあたしら、バド部入ってよ、ってずーっと勧誘してるんだけど、絶対嫌って断られちゃうんだよねえ」
「ね!」
「ああ、それはあれだね、トンちゃん、汗かくの嫌だっていっつも言ってるから」
と、本人の代わりに答えると、「やっぱりそれか」とほぼ全員が口をそろえてため息をつく。
トンちゃんが色んな運動部から勧誘されているのは知っている。けれども、「あたし、あせもが出来やすいから、汗かくのとかパス。体育だけで十分」といって全部断っているのだ。
だけど、私は知っている。
トンちゃんは、別に汗をかくのが嫌いなんじゃない。
だって体型維持のため、とか言って、ウォーキングとか、軽い筋トレとかそういうのしてるし。
ただ、なんていうか……こう、熱血! みたいなのが嫌らしい。皆で団結して勝利に向かって青春! みたいなのが。あと、屋外の部活については、日に焼けるのも嫌って言ってた。
「そういうのってあたしの性分に合わないのよね。出る杭は打たれちゃうし。だったら
なんて言ってたっけ。
だけど、断る時はあせもが出来やすい体質のせい、ってことにしているから、私も説明する時はそう言うようにしているのだ。
「とりあえず、このメンバーからして、富田林に狙われるのは間違いなく蓼沼だな」
野球部の鈴木君がきっぱりと言う。
「まさかトンちゃんに限ってそんな」
あはは、と笑い飛ばそうとすると、いいや、と首を振ったのは柘植君だ。
「向こうのメンバーには球技が得意なのが、富田林とバスケ部の
なんかもう不甲斐なさすぎる。
飛んできたボールをまともに拾える自信もないし、打ち返すのだってたぶん無理。何ならサーブが入るかも怪しい。
「でも、狙うのが蓼沼さんだってあらかじめわかっているなら、皆でカバーすれば良いだけのことだよ」
「ううう……ごめんね、皆。私一人のために」
「大丈夫だよ、蓼沼ちゃん。あたし結構バレー得意だし」
「私も私も。沼っちのことは私達が守ぉーるっ!」
と、相馬ちゃんと手島さんが両サイドから私の肩を抱く。ああ、なんて素敵なチームメイトなのでしょう。皆の優しさに涙が出そう。
「とりあえず、俺がリベロになって全部拾うから」
と、鈴木君が小さく挙手をする。
「良いのか、鈴木。ボールに慣れてる俺の方が良くないか?」
「いや、高橋は全体を見てほしいし。そもそもお前セッターだろ? 俺、トス上げる方が無理なんだよなぁ」
「てことは、あたし達が返すってこと? スパイクなんて入るかなぁ」
相馬ちゃんが自信なさげに手島さんと目を合わせる。女子の身長では、経験者でもない限りスパイクは難しい。
「無理に打とうとしなくても良いよ。トスくれたら、俺が打つ」
柘植君がそう言うと、二人はちょっと意外そうな顔をした。出来るの? と目が語っている。それを読み取ったらしい高橋君が、「いやいや、お前らな、柘植って案外やるんだぞ」と返す。そういや球技をしているところは見たことがないけど、柘植君は足は結構速いのだ。足が速いからといって球技が得意とは限らないけど、運動がまるでダメな私は、『足が速い=運動が出来る=じゃあ球技も出来る』と考えてしまうのである。
何だか、私以外の人はそれぞれに役割があるというのに、私だけ蚊帳の外みたい。かといって、それじゃあ私に何が出来るのかというと、何も出来ないんだけど。ただひたすら、皆に助けてもらうのみなんて、うう、情けなし。
「あの、私はどうしたら良いのかな。ボール、触らない方が良い感じ……だよね?」
恐る恐る手を上げて発言すると、それはまずい、と鈴木君がそれに反応した。
「もし試合で一度もボールに触ってないって先生にバレると面倒だぞ。俺らがいじめてると思われるかもだし、そこまでじゃなくても、蓼沼の成績に響くかもしれないし。蓼沼さ、ぶっちゃけ、体育は筆記頼みだろ? 実技でこれ以上減点されんの厳しいんじゃないのか?」
「うぐっ……確かに」
「だから、蓼沼にはなるべくふわっとパスするから、それを受けろ。無理に繋げようとしなくて良いぞ。相手チームに返しちゃっても良いし。それでもし、とんでもないところに飛んでったら、俺らが死ぬ気で拾う」
「任せろ」
「わかった」
いままでの合同授業でこんな綿密に作戦を立てたことがあっただろうか。
恐らく皆そう思ったに違いない。周囲をうかがってみれば、こんなに肩を寄せ合って真面目に作戦会議をしてるのなんて私達のチームだけだ。あとのチームは皆どうせ体育の授業だし、とのんきに構えている。女子は男子に丸投げ、とでもいわんばかりにおしゃべりに興じているし、男子は男子でひたすら向かい合ってゆるくパスをしているだけだ。
ただ、トンちゃんだけは、新田君と何やら相談している。時折、私の方をちらりと見ては、二人で悪い笑みを浮かべて。ああ、きっと私を狙って打つとか、そういう話をしているはずだ。うう、怖いよぉ。
じっと見つめていると、それに気付いたトンちゃんが、ばちりと視線を合わせてニヤリと笑った。アレはきっと、「うふふ、けちょんけちょんにしてやるわね」とか思っている顔に違いない。味方だと心強いけど、敵に回るとこれほど恐ろしい人もいないのだ。
「とにかく、蓼沼さんはサーブが飛んできたら避けて。鈴木が突っ込んでくると思うから」
「わ、わかった。鈴木君の邪魔にならないようにするよ」
「ふわっとしたやつが自分の方に飛んできたら、レシーブだよ」
「レシーブね、了解!」
構えは知ってる。両手の拳骨をぴったりくっつけるやつだ。
これでしょ、と構えてみせると、メンバーがほぼ同時に「あぁ……」と残念そうな声を上げた。
「蓼沼ちゃん……」
「沼っち……」
「蓼沼、あのなぁ」
「まじかよお前」
「え? 違った? こうじゃないの?」
「いや、こうじゃないわけじゃないけど……」
高橋君と鈴木君が頭を抱えて、これほどか、と唸った。
え? 何? 違った!?
あのね、沼っち、と手島さんがお手本を見せるより早く、私の正面にいた柘植君が、す、とこちらに両手を伸ばしてきた。
「蓼沼さん、肘そんなに曲げたらこの中をボールが通るだけだよ」
と私の両肘に触れて、ぐっと内側に寄せてくれる。
「あぁ、そっか! そうだよね! これじゃバスケのゴールだよね! ありがとう、柘植君」
「どういたしまして」
やっと正しいレシーブの構えが出来たことに喜んでいると、相馬ちゃんと手島さんが何やら瞳を輝かせて「ちょっとー!」と抱きついてきた。
え? 何!?
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