跋 頼れる恋愛軍師様は大事な親友!

「うまくいったと思ったら、あんなところで早速イチャつき始めるんですもの。もうこれは窓ガラスを割って帰るしかないのかと思ったわ」


 なんてことを言って、トンちゃんは私達の前を歩いている。


「イチャついてなんかいなかっただろ」


 それに柘植つげ君が不満気な声を漏らす。


「そうだよ、何もしてないよ」


 その隣で、私もそれに乗っかる。


「はぁ? あんっっっっな息もかかるような距離で愛おし気に頬を挟んどいて? あれあたしが止めに入らなかったらちゅーくらいしてたでしょうよ」

「するか、あんなところで!」

「そ、そうだよ! それにトンちゃんが止めに来る前にやめたもん!」


 人聞きの悪いことを言わないでほしい。

 実際、柘植君は、トンちゃんが「ちょっとアンタ達!」と叫ぶ前には、ちゃんと手を離していたのだから。


「ま、ここから先、アンタ達がどんなペースで進もうが勝手だけどねぇ」


 くるりとこちらを向き、それでも止まらずに後ろ歩きしながら、トンちゃんは言った。


「この子に非がないことで泣かせたりしたら、絶対に許さないわよ、柘植」

「そんなこと、お前に言われなくたって」


 その言葉を聞いて安心したのか、トンちゃんは再び前を向いて歩き出した。


「頼むわよ、柘植。あたしの大事な親友なんだから」

「わかってる」

「ていうかね、この子に非があったって、完全にアンタが悪くなくたって、あたしは絶対にこの子の肩を持つんだからね」

「ちょ、ちょっとトンちゃん? 私が悪い時は良いんだよ?」

木綿もめんちゃんはちょっとお黙りなさい」

「は、はい」


 トンちゃんはやっぱりこっちを見ずに言った。


「良いこと? 木綿ちゃんはずっとあたしの――あたしだけのお姫様だったんだから。それをアンタに任せようってんだから、こっちも並々ならぬ覚悟がいるのよ」

「……だろうな」


 ふるふるとトンちゃんの肩が震えている。


「トンちゃん、もしかして泣いてるの?」

「……もう、一人娘が嫁ぐくらいの心境よ、あたし」

「そこまで?!」


 慌ててトンちゃんの前に出ると、やはり彼は泣いていた。拭ったりしたら仕草で泣いているとわかってしまうからだろうか、涙も鼻水も垂れるがままになっている。慌ててスカートのポケットに手を突っ込み、ハンカチとティッシュを探すけど、こういう時に持っていないことでお馴染みの私である。


 ああ、どうしよう、と思っていると、柘植君が、手をめいっぱい伸ばしている。その手の中にあるのはポケットティッシュだ。トンちゃんの泣き顔を見ないようにしているのだろうその配慮が嬉しい。それを受け取って、トンちゃんに渡す。すると彼は、「ありがと」と言って、鼻をずびびとかんだ。


「柘植に酷いことされたらすぐにあたしのところに来るのよ、木綿ちゃん」

「柘植君はそんなことしないよ」


 即座に否定すると、視界の隅の方で柘植君が何度も頷いているのが見えた。


「ていうかさ、俺、そこまで蓼沼さんをべったり束縛するつもり、ないんだけど」


 ぽつりと漏らしたその言葉に、「なぁんですってぇ!?」と反応したのはトンちゃんだ。


「だから別にこれまで通り一緒にいたら良いだろ」

「はぁ? 何言ってんのよ! 恋人よ? カップルよ?! ところかまわずラブラブしてなさいよ!」

「いや、俺はたまに一緒に帰ったり、休みの日に二人でどっか行ったりとか、そういうのが出来れば……って思ってたっていうか。学校ではいままで通り富田林といるもんだと」

「わ、私も! そんな四六時中一緒にいるとかじゃなくて、その、休み時間とかはたくさんおしゃべりとかしたいなって思ってたけど、でも、だからってトンちゃんを置いてけぼりにするつもりなんてなかったよ?」

「ていうかさ、ところかまわずラブラブって、お前、それ何の影響? 映画? ドラマ?」

「あっ、わかった! それも『ラブベタ』でしょ!」


 ズバリ指摘すると、トンちゃんは「あったりまえでしょ!」となぜか得意気だ。


「良い? 最新巻ではね? いよいよ想いの通じた二人がね? 授業中は教科書で隠しながらキスしたり、休み時間には人気のない教室に入って抱き合ったり、それから――」

「ちょっとストップ。もう良い、わかった。止まれ」

「トンちゃん! だから、それは漫画でしょ!?」

「富田林、お前は大事な『お姫様』を、ところかまわずそんなことするようなやつにしたいのか?」

「失礼ね! この場合、仕掛けるのはアンタの方からよ!」

「だとしたら、お前はそんなヤツに『お姫様』を託して良いのかよ」


 柘植君が呆れたような声でそう返すと、トンちゃんも冷静になったのか「それもそうね」と顎を擦り始めた。


「だからね、これからもトンちゃんは私のそばにいてよ」

「まぁ。木綿ちゃんがそう言うなら仕方ないわね。んもう、この子ったら、あたしがいないとダメなんだからぁ。かぁ~わいいっ」


 ぎゅっと肩を抱かれ、良い子良い子、と頭を撫でられる。その手を柘植君が、ぐ、と掴んだ。


「だからってあんまりべたべた触んな」


 ちょっと怒ったような顔でトンちゃんを睨みつける。が、そんなことで怯むトンちゃんではない。ハッ、と鼻で笑ってにやりと意地悪な笑みを浮かべた。


「ぬるい付き合いしてたらいつでも俺がかっさらってやるからな」

「ま、またトンちゃん男の子みたいに!」

「あらぁ? 知らなかった? あたし一応『男の子』なのよねぇ~? ホーッホッホッホ」

「そんなのとっくに知ってる」

「油断しないことね、狐野郎」

「俺が狐なら、お前は狸だ」


 あら~、狸なんて可愛くて良いじゃなぁい、なんて軽口をたたいて、トンちゃんは笑った。良かった、もう泣いてない。


 ぽつぽつと点在する街灯の下、カップル成立直後なんて本当はもっと甘酸っぱい雰囲気が漂っているはずだったのに、私達の周りは全然そんなこともない。だけれども、私としてはこれくらいがありがたい。大好きな柘植君が隣で笑ってくれて、そしてすぐ近くに大親友のトンちゃんがやっぱり楽しそうに笑っている。この瞬間が最高に贅沢な時間だと思う。


「ああ、そうだ。私本屋さんに寄って帰りたいんだけど、良いかな」

「あら、木綿ちゃんったら、何買うの? 料理の本なら買わなくてもあたしいっぱい持ってるわよ?」

「うっ、料理の本も気になるけど……今日は小説。ほら、柘植君が読んでた」

「あぁ、あれ、結局買うことにしたんだ」

「やっぱり気になっちゃって」


 へへ、と笑う。だってやっぱり好きな人が読んでるものは気になっちゃうというか。


「それなら、駅前のハマナス書房に行こう。知り合いが……親友がいるから。紹介する」

「親友? 紹介してくれるの?」

「……うん」


 視線を逸らして小さく頷く柘植君の口から「彼女って」と聞こえ、心臓がどきりと跳ねる。ああそうか、私、彼女なんだ。


「へぇ~、ほぉ~、ふぅ~ん」


 止せば良いのに、トンちゃんはニヤニヤしながら柘植君の周りをぐるぐると回って揶揄っている。


「もう、トンちゃん止めなよ。ほら、行こ! 遅くなっちゃうから!」


 それぞれ真逆の表情で睨み合っている二人の手を同時に掴んで無理やり引っ張ると、ニヤニヤしていたトンちゃんも、眉を吊り上げていた柘植君も、どっちも、仕方ないなぁ、みたいな顔になった。この二人は案外似ているのかもしれない、なんて、その顔を見て思ったりする。


「はー、あたし、明日にでも髪切ってこようかしら」

「ええっ、もったいない! 切っちゃうの?」

「この髪はね、切るために伸ばしてるんだから良いのよん」


 歌うみたいにそう言って、ひとつに束ねた髪を掴む。もちろんトンちゃんが何のために伸ばしているかは知っているけど、それでもやっぱりちょっともったいなく思えてしまう。それくらいその髪はトンちゃんに似合っているのだ。


「どうせまた伸ばすんだろ」


 柘植君がそう言えば、トンちゃんは彼にではなく、私に向かってにこりと笑った。


「もちろんよ。ただ、短いうちはそうね、うんと男らしく振る舞ってやろうかしら」

「えぇ? 何で?」

「何でって……。そりゃあカップル成立で終わっちゃあ面白くないのよ。ここから第二章ってわけ。サブタイトルはそうね。『恋のライバル出現!』ってところかしらねぇ?」


 ホッホッホ、と今度は明らかに柘植君に向けてそう笑うと、彼は「やっぱりお前」と胸の辺りで拳を握りしめている。


「絶対に、負けないからな」

「せいぜい頑張りなさい、十二年の壁は厚いわよぉ?」


 私をちょうど真ん中に挟んだ状態で、二人は火花を散らさんばかりに睨み合っている。


「ちょ、ちょっと二人とも仲よくしよう? ね? あっ、そうだ! たい焼き! たい焼き食べて帰ろう! ね? 本屋さん寄って、たい焼き! 私あんこ! はい、あんこの人~?」


 二人の間でハイハイと元気よく手を上げ、声を張り上げると、彼らは一様にきょとんとした顔になって、そして、柘植君の方がゆっくりと挙手した。


「俺も、あんこ」


 それに続いたのはトンちゃんだ。


「あたし、クリーム」

「はい、決まり! さぁ、行こう! さぁさぁ!!」


 無理やり二人の背中を押して歩き出す。一歩目は重かったけど、それはすぐにふっと軽くなり、危うくバランスを崩しそうになる。


 と。


「あっぶないわねぇ、木綿ちゃんは」


 くるりとこちらを向き、肩を支えてくれたのはトンちゃんだ。


「まずはあたしの勝ちね」


 トンちゃんが宣戦布告とばかりに片頬を緩めると、柘植君はぐっと下唇を噛んでから私の手を取った。


「蓼沼さん、行こう」


 そう言ってそのまま数歩進んでから、私にちらりと視線を寄こす。その真剣な眼差しに胸がきゅうと締め付けられる。


「次は俺が支える」


 その言葉に私の心臓はひと際騒がしく高鳴った。返事の代わりに繋いだ手をぎゅっと握ると、同じ強さで握り返してくれる。


 六月はもう目前だ。トンちゃんのいう『第二章』が本当にスタートするのかはわからないけど、梅雨のあるこの季節、いつもは憂鬱になる時期なのに、繋いだ手の強さと温かさに何だかわくわくしてしまうのだった。


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公家顔君と木綿ちゃん ~頼れる親友は専属恋愛軍師様!?~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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