◇蓼沼2◇ それが小道具なんて嫌なんだけど!

「あたしの調査によると――」


 その翌日のお昼休みである。

 机を向かい同士にくっつけて仲良くお弁当を食べていたトンちゃんは、周りのクラスメイトに気づかれないように声を落としてそう話し始めた。


柘植つげ映画研究部映研に所属しているわよね」


 何か探偵みたいな口ぶりだったけど、内容はそこまでシークレットなやつじゃない。それくらいなら私だって知ってるよ。


「いま、そんなこと知ってるもん、って思ったでしょ」

「もすっ!?」


 トンちゃんは食べるのが早い。お弁当は私よりも大きいけど、それでもあっという間に食べてしまうのだ。私はやっといまデザートにさしかかったところである。お母さん、ちょっとこのリンゴ大きく切りすぎじゃない? 


「わかってるわよ。それくらい誰でも知ってるって。そうじゃないの。映研の活動内容よ」

「もす?」

「普通は、他の部活がどんな活動してるのかなんて詳しいところはわからないじゃない? 特に文化部は部室の中で活動するわけだし」

「もす」

「それでも、家庭科部なら、まぁ手芸とか? 料理してるんだろうなーって感じだろうし、将棋部は将棋さしてるんだろうな、って予想出来るわけよ」

「もす」

「それじゃ、映研も映画見てるだけなんだろうな、って思うじゃない?」

「もす!」

「ところがね、案外それだけじゃないみたいでね?」

「そうなの?!」

「あら、もう飲み込んじゃったのね、もう。もっともすもす聞きたかったわ、残念。もうリンゴないの?」


 そんなことを言われても、もうリンゴはないよ。諦めて、トンちゃん。あと、私そんなにもすもす言ってないと思うよ。


「まぁ良いけど。それがね。実際に映画を見るのは週の半分で、残りの半分はプレゼン大会らしいのよ」

「プレゼン大会?」

「そ。部室にスクリーンが一つしかないから、一日に見られる映画なんて、まぁ良いところ二本くらいらしいのよね? だから、次は誰のおすすめを見るか、っていうのをプレゼンで決めるみたい」

「へぇー」


 ということは、柘植君も皆の前で「僕のお勧めは――」とか、そういうことをしてるってことね。えぇ、何かちょっと意外かも。というか、私、柘植君がそんなに長くしゃべってるの聞いたことないような気がする。授業で当てられて答えるくらいしか。


「というわけで、映研の連中って、月曜と火曜でプレゼンの準備したりして、そんで水曜にプレゼン大会、で、木曜と金曜にその映画を見る、って感じらしいのよ」

「そうなんだ。知らなかったぁ。すごいね、トンちゃん。そんなことまで調べてくれたの?」

「あったり前でしょ。軍師なんだから、これくらいやるわよ」


 ふふん、と鼻を鳴らして、トンちゃんは得意気だ。本当に頼りになる親友、いや軍師様である。


「それで、どうやら柘植はここ最近ホラー作品を強く推してるみたいなのよね。それも、年代問わず」

「うえええ。私、ホラー苦手だなぁ。あの、『ワッ!』って脅かす系のやつとか」

「そんなベタに『ワッ!』って脅かすホラーなんて、あるのかしら」

「あるの! 何かこう……ドアの陰とかから出て来るの! ワッ! って」

「……言うの? ワッ! って? 誰が? お化けが?」

「言……わないかもしれないけど!」

「その程度なら怖くない気がするけど、まぁ良いわ。というわけで、これよ」


 何が『というわけ』なのかわからずに首を傾げていると、トンちゃんはまた右手をくるりんぱってして、いつもの飴を取り出した。えっ、本当にこれの何が『というわけ』なんだろう。


 とにかく舐めとけ、という意味だろうと思い、ありがとう、とそれを受け取る。個包装のビニールをぴりりと破って、うっすら桜色のその飴を口に放り込む。トンちゃんはそれをしっかり見届けて、「よし」と言うと、机の脇にかけていた鞄の中から茶封筒を取り出した。何だろう、結構厚みがあるけど。


 そしてトンちゃんは、茶封筒を私の目の前で立て、ちょっともったいぶったような手つきで中のものを引き出した。


「も!?」

「じゃじゃーん」


 そんなベタな効果音と共に顔を出したのは、全体像を見なくても確実にホラー映画とわかるDVDのパッケージだった。


 いや――――――――!!

 ホラ――――――――!!

 いや――――――――!!


「今回の小道具」

「もすす!! もすすす!!」

「大丈夫よ、これは柘植まだ見てないやつみたいだから」


 そういう問題じゃない!


 パッケージに書かれているタイトルは、ステラ・クイーンというホラー作家が書いた小説が原作の『Is This~?』。ホラーが苦手な人間でも名前と大まかなストーリーくらいは知っているという超有名作品だ。


 このステラ・クイーンさんというのは、女性名ではあるけれども、れっきとした男性である。何でも、上に3人兄がおり、どうしても女児が欲しかった母親がステラと名付けてしまったらしい。その母親は彼がハイスクールに通う前に亡くなってしまったのだが、「自分は彼女が死ぬまで、衣服はおろか持ち物に至るまで、男らしいものを身につけることを許されなかった」と述懐しており、自身の半生を元にした『ステラ』で彗星のごとくデビューしたのである。その後もほとんどの作品が数ヶ国語に翻訳されベストセラーとなっており、映像化されているものも多い。


 何でここまで詳しいかというと、家庭科部ウチの顧問の平塚先生がこのステラ・クイーンさんの大ファンだからである。文化祭前、ミシン待ちで手持無沙汰だった時に、熱っぽく語られてしまったのだ。右から左に抜けたとばかり思っていたその情報がまさか脳内にちゃんと残っていたなんて、ちょっと驚き。


 まぁ、その情報を抜きにしても、『Is This~?』はものすごく有名だから、見てはいないけど、何となくの内容は知っている。ありふれた田舎町に謎の少女が現れて日常が少しずつ狂い、崩壊していく様を描いたパニックホラーというやつだ。


 思わずまだ大きかった飴をガリガリと噛んで飲み込む。もう少し味わいたいところだったけど、問い質さねば。


「これをどうするの? 何に使うの?」

「簡単よ。これを持って、柘植にわざとぶつかるの」

「わざと? 危ないんじゃない?」

「加減すれば大丈夫よ。映研の部室に行く途中の曲がり角で待ち伏せして、そこで『いち、にいの、さん』ってわけ」

「そのための『いち、にいの、さん』だったのかぁ。でも、角で待ち伏せしてたらタイミングなんてわからないよ」

「それはあたしが合図するから。ハンズフリー通話にして、ね?」

「私、無線のイヤホン持ってない」

「あたしの貸してあげるわよ。ちゃんと除菌するから安心して」

「いや、そこは良いんだけど。でも、ええ――……? それで、このDVDをどうするの?」


 そのおどろおどろしいパッケージを指で、つい、と突く。

 顔の半分だけピエロのようなメイクを施された少女がじっとこちらを見つめている。確かこの子が主役兼黒幕みたいな感じだったと思う。いまから30年以上も前の作品にも関わらず、ハロウィンには、この子の仮装をする女の子が結構いたりする。作品の内容云々とかではなく、この子のキャラクターが良いのだとか。


 見るのは嫌だよ? とトンちゃんを睨みつけてみたけれど、ふふん、と笑って口の中に飴を押し込まれてしまった。まぁ、それで喜んで食べちゃう私も私だけど。あれ、これ味が違うやつだ。生八つ橋味?! えー? 新しい! お口の中にふわりとニッキの風味が美味しい。

 

「ぶつかった瞬間に落とすのよ! ま、木綿ちゃんなら、わざとじゃなくても落としてくれそうだけど」

「もす! もすす!」


 それどういう意味?

 握力が0ってこと?

 失礼な! 五くらいはあるよ!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る