◎閑話 相馬&手島◎ 柘植って案外良くない?

「さっきの体育さぁ」


 昼食を食べ終え、窓にもたれて、チョコ菓子を仲良くぽりぽりと齧っていた相馬なぎさが、隣の手島美優みゆにちらりと視線を送る。


「ん?」


 美優もまた、二人の間に置かれたチョコ菓子の箱から一本抜き取り、それを口に咥えてカリリと噛んだ。


柘植つげよ、柘植」

「ああ、うん。わかる」


 たったそれだけのやり取りではあったが、二人にはそれで十分だった。これだけの会話でも、しっかりと伝わっているのである。


 つまり、


「さっきの柘植、ちょっと恰好良かったよね」という。


 しかし、それだけで終わらないのがガールズトークというやつである。自分の言わんとすることが十分に伝わったことがわかると知るや、なぎさは瞳を爛々とさせて身体ごと美優と向き合った。


「ていうかさ、めっちゃ意外じゃなかった?」

「意外意外! ってか、運動出来るんだ、あれで! って」

「そうそう! あれであれは卑怯だよね!」

「わかる!」


 往々にして、興奮した女子の会話というのは、言葉が足りない。足りなくても当人同士ではしっかりと伝わっているのである。『女子』という生き物がそういう行間を読む能力に長けているのか、それとも、この二人が特別優れているのかは別として、何が卑怯なのかという点を補足すると、


 ちょっときれいな顔をした大人しい優等生キャラが運動も出来るなんて、出来すぎじゃない?


 である。


 そして、こういうのが恋が生まれるタイミングだったりもするのだ。

 意外な彼の一面を見てしまった、という。いわゆるギャップ萌えである。


「いや、正直さ、マジで見る目変わる、あれは」

「わかる!」


 騒がしい昼休みの教室内ではあったが、それでも二人はかなり声を落として会話をしている。けれども興奮は抑えられないようで、チョコ菓子を持った手をぶんぶんと振ったり、ポリポリポリポリとうさぎのように高速でそれを齧っては、ふすふすと鼻息を荒くしていた。


「でもさでもさ、それ以上に気になったのはさぁ――」


 チョコ菓子を食べ終えた美優が、水筒のお茶で喉を潤してから、ぽつりと言う。そして、その後の言葉も当然のように予想出来たのか、なぎさは「そうそう」と相槌を打った。


「柘植、あれ絶対沼っちのこと好きでしょ」

「それー!!」


 意外な面を見て恋に落ちる展開かと思いきや、それよりも、その渦中の男子が同じクラスの女子に好意を持っていることの方が彼女達にとってはよほど重要だったらしい。それほど柘植貴文という人間は『恋愛対象』というものから遠い位置に存在する人物だった。


「えー、これ、みんな気付いてないのかな」

「いやー、気付くんじゃない? 普通。あんな露骨にさぁ」

「ね。やたらと沼っちにちょっかい出してたしさぁ」

「うんうん! それにほら、レシーブの構えの時もさぁ」

「ねぇっ! こう、正面から両手でね、きゅって! ちょぉっともぉー!」

「でも蓼沼ちゃんの方はさ、全然じゃない?」

「うん、全然だった。いや、でもさ、あれはちょっと意識しちゃわない? 別に好きとかじゃなくても。男子があの距離でさ、こう、触ってくるわけじゃん?」

「触ってくる、って! ちょっと響きがエロい!」

「えー? それじゃあなんて言えば良いの? お触り? タッチ?」

「どっちも一緒だから! でもまぁそういうことなんだけどさー」


 くうう、と声を殺して、じぃっと柘植の方を見る。彼はやはりいつもと変わらぬ涼しい顔をして一人静かに本を読んでいた。


「案外積極的なのねぇ」

「ね。普段はクールなのに」

「この先蓼沼ちゃんが柘植に落ちることなんてあると思う?」

「どぉ~かなぁ~? 沼っちって、あんまりそういうのなさそうだし」

「確かに。男子も女子もみーんな仲良し~って感じだもんね」

「そうそう。……って、あれ、行ったよ、沼っち」

「あっ、ほんとだ! 何かものすごい勢いで行ったね。何、これもしかして、蓼沼ちゃんもの?」

「まっさかぁ、ないでしょ。沼っちはさぁ、もっとこう……ふわっとした天使みたいな可愛い系の男子じゃない? えっとほら、三組の藤田とかさぁ」

「あー、わかるわかる。二人で向かい合って仲良くパンケーキとか食べてほしい! ふわっふわの! クリームがこんもりしてるやつ!」

「わかるー!!」


 と、なぎさと美優は身を寄せ合ってきゃあきゃあと盛り上がっている。

 

 それを彼女らにバレないよう、こっそりと盗み見ていた富田林とんだばやし千秋は――、


「あの二人も上手いこと動いてくれたわね」


 とほくそ笑んだ。

 あの二人が先刻の体育で柘植を見直すことはあれども、惚れることはまずないだろう、なんてことはお見通しだったのである。


 肩に垂らした長い髪を機嫌よく撫でてから、蓼沼木綿ゆうのランチトートを彼女の机に運んで、千秋は、鼻歌混じりにトイレへと向かった。

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