第7話 突っ込みどころが満載です



「嬉しいです。こうして気遣っていただけるだけで十分、サリーナは幸せです。なのにエスコートの申し出をお受けしたお礼にって、こんなに高価なドレスやアクセサリーまで買って貰っちゃって、本当によかったんですか……?」


「君、凄く欲しがっていただろう?」


「だって、一目見て可愛いって思っちゃったんだもの! いいなって思ったら、欲しくなっちゃうでしょ? 女の子は可愛いものが大好きなんですっ。でも……」


「でも……なんだい?」


 言い淀むサリーナに、王子が優しく尋ねる。


「わたし、あんなにお高いなんて知らなくって。びっくりしちゃいました。ランシェルさまったら、サリーナがどうしようか迷っている間に、さっさと買っちゃうんだもの」


「ああ、そんなことを気にしていたのかい? ドレス一式プレゼントするくらい、何でもないよ」


「駄目ですよぉ。私なんかにそんなにお金を使っちゃっては。勿体ないです!」


「ははっ、支配階級はお金を使うことも仕事だからね。そうしないと経済が回らないだろう?」


「う~ん、そういうものなんです? わたし、難しいことはよく分からなくって……すみません。あっ、でもランシェルさまが教えてくれたら、頑張って覚えますけど!」


 そう言ってキラキラと眼を輝かせ、期待するように王子を見つめる。




「分かった分かった。じゃあ今度、会う時にでもね」


「わあぁ、いいんですか? 嬉しいっ、ランシェルさま。絶対ですよぉ。約束ですからね?」


 そして、思惑通り次に会う予定を引き出してみせた。見事な手口である。


 王子から了承の返事を貰って、嬉しそうに頬を染めている姿も可憐で、その裏で更なる欲望を叶えて貰うため、策を労しているとはとても思えない……。




「あ、でも……困りました。今度お会いするときって、どんなドレスを着ていけばいいんでしょう。サリーナ分からないです……」


 頬に手を当て、心底困ったという風に途方にくれた顔をしてため息をつく。


「だってほら、貴族ってマナーとかお約束ごととか、いっぱい難しい決まりごとがあるじゃないですか。わたし、そういうのに疎くって。ランシェル様に恥をかかせたくないのに……どうしましょう?」


 潤んだ瞳で上目遣いに王子を見つめ、不安そうに尋ねる。


「ああ、なんだそんなこと。心配しなくてもいいよ。君の着るドレスはこちらできちんと用意しておこう」


「そんな、ランシェル様……このドレスもいただいちゃったばっかりなのに、もう一着だなんてっ。悪いです!」


 慌てたようにそう言って、遠慮してみせた。それを聞いたランシェル王子は、眩しそうに目を細める。


「ハハハッ。普通の貴族令嬢達と違ってサリーナは、謙虚だね。ドレス一枚で、そんなに申し訳なさそうにするなんて。そんなところも愛しいよ」


「もう、ランシェルさまったら。そんなの褒めすぎですってばっ。庶民感覚が抜けないだけですよぉ」




 などと言うふざけた会話が聞こえてきた。


 今宵の豪華な夜会服一式は全て、王子からのプレゼントで確定のようである。


 そして更にもう一着をプレゼントする予定が今、できたようだ。




「あらあら……もはや、どこから突っ込めばいいのやら分かりませんわね、ダフネ様?」


「ええ。突っ込みどころが満載過ぎて頭が痛いですわ。はぁ……あのさん、どうあってもに仕立てあげたいようですわよ、ルイーザ様」


「腹立たしいこと。淑女の礼儀等をお教えしたくらいで悪女扱いされては堪りませんわよっ」


 ルイーザが握りしめた扇が、ミシミシと嫌な音を立てる。


「それにわたくし、あのクレイブ様から強すぎて男がいらないとまで言われましたわよ。とんだ戦闘民族扱いしてくださいましたけれど、ご自分だって脳筋のくせによくおっしゃいますこと! 辺境の地を治める領主の娘として強くなければ魔物を蹴散らせませんわよっ。貴方好みの、思わず守ってあげたくような可愛い女じゃなくて悪かったですわね!」


「ル、ルイーザ様、落ち着いてくださいませっ」


 怒り心頭のルイーザを、慌ててアンジェリーナが宥める。


「……なんなんですの、あの殿下は」


「シルヴィアーナ様?」


「あの女嫌いの殿下が、三文芝居のようなセリフを吐かれるなんて……わたくしの中のあの方と隔離しすぎていて気持ち悪いですわ。ゾワゾワが止まりません……」


 とても見てはいられないと、顔を反らす。


「確かに。殿下は容姿端麗で洗練されたお振る舞いをしておられましたが、女性の扱いに関しては今一つでしたものね……。辟易していらっしゃったと言いますか」


「そうですわね。シルヴィアーナ様とのご婚約が決まった時期が遅かったですから、その間に貴族令嬢達の猛アピールを受け続けられてうんざりなさっておいででしたから。女性と接する時はいつも、口数が少なく表情筋も死んでおられましたものね」


 ドン引きする気持ちは分かると言うように、ダフネ達は頷きあった。




「その殿下を落とすとはたいしたものです。さすがに、令嬢と呼ばれるだけはありますこと」


「あれほど手慣れていらっしゃるのに殿方に慣れていないだなんて、おっしゃっていてよ。殿下達も素直にそれを受け入れておられますし。白々しい」


「厚顔無恥も甚だしいですわ。若くて見目の良い令息達に片っ端から声をかけていらっしゃったのに」


「本当にね。今も殿下にベッタリと引っ付いておいて、どの口が言うのでしょう」


 ダフネの言葉を受けて、ルイーザも吐き捨てるようにそう言うと、不快げに眉をひそめる。


「……あそこまであからさまだというのに疑問に思わないものでしょうか」


「さぁ、殿方の考えることはわかりませんわ。いいえ、疑問に思わない……ということがもう、術中に嵌まっておられるのでしょう」


 困ったものだと、四人は揃ってため息をつく。


「ええ。あの方が庶民感覚が抜けないとか何とか、寝ぼけたことをおっしゃっても不自然さに気づいていないようですものね?」


「お高い夜会服とバカ高いピンクダイヤモンドの装身具をおねだりされていることにも、気づいておられないご様子……あんな稚拙な言葉にコロコロ転がされるなんて情けないですわ」


「その上、流れるように自然にもう一着、ドレスをおねだりされていますし」


 恐ろしいくらいの手際の良さだった。


「凄腕ですわねぇ。詐欺師としても立派にやっていけそうですこと……」


「あら、諜報員としての素質もありますわよ。ただしその場合、接触する相手の性別は男性に限定されますから二流ですけれど。同性からの反発を招くやり方しか出来ないようでは、使いどころも限られてしまいますから」


「成る程。男性特化型なら優秀な諜報が可能そうだということですのね」


「ええ……但しそれが全て、彼女の実力だったら……と言う注釈はつきますけれども、ね」


 意味深な一言は、その後の出来事を示唆していた言える。


 華やいだ夜会の空気はこれから、王子達の出方次第で打ち破られることになるのだから……。





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