第14話 言葉が届かないのならば……



「……そのお言葉、そのまま殿下達とボートン子爵令嬢にお返ししますわ」


「なに!?」


「……わたくし達の方こそ、今現在、彼女に対するありもしない罪で名誉を傷つけられ、その事で婚約の解消まで求められておりますのよ。傷ついていないとでも思ってらっしゃるの?」


「彼女は泣いているんだぞっ」


 そんなもの、嘘泣きに決まっているではないか。


「だからなんですの?」


「何だと!?」


「わたくしたちがボートン子爵令嬢のように感情のまま涙を見せないからと言って、彼女より傷ついていない……とでも言うおつもりかしら?」


「論点をすり替えるなっ。サリーナ嬢の涙を無視するのか!?」



 シルヴィアーナの訴えが気に障ったのか、クレイブが一歩前に出てくると、大きな身体を怒気に震わせて怒鳴ってくる。


「サリーナの方が余程っ……って、ちょっ、ルイーザ嬢!?」



 ――ここにきてついに、事態が動いた。……静かに怒りを溜めていたルイーザによって。



 何を言っても結局、サリーナを庇う発言しかしない彼らに苛立ち、武器……は当然、この場には無いので、手に持っていた扇を使って物理的に制裁する決心をしたらしい……。


「あら」


「まぁ」


「これは……」


 シルヴィアーナとダフネ、アンジェリカの声が重なる。



(((堪忍袋の緒が切れてしまわれたのですね……ルイーザ様)))



 これは止められないな、と言うように三人の令嬢は互いに目線を交わす。




 人一倍、正義感が強いルイーザのこと。


 家同士で結ばれた婚約の契約は、例え当事者であっても当主の許可なく解除出来ないほど拘束力が高い。


 にもかかわらず、筋も通さず一方的に破棄宣言をすると言う暴挙に出た彼らを相手に、むしろよくここまで我慢したものである。



(本来ならば、わたくしがお止めしなければいけないのですけれども、ね……)



 まあ後でフォローすればいいか、とシルヴィアーナは思った。


 彼女も同じ気持ちだったので、止める気を失くしていたのである。それは勿論、ダフネやアンジェリカも同様であった。


 クレイブは守られる立場にある深窓の姫君ではなく、立派な体格を誇る一人前の騎士なのだ。


 このところ鍛錬を怠り体は鈍っているようだが、別に武器を使う訳でもないし、扇の投擲のひとつやふたつぐらい受けても大丈夫だろう。



 アッサリとクレイブを見捨てると、友の暴走を生暖かい目で見守ることにしたのだった。




「待て待て待て……待ってっ。ってお願いっ、聞いて!?」


 じりじりと後ろに下がりながら、ルイーザに向かって必死に止まってくれとアピールするものの……。


「ふんっ。聞く耳持ちませんっ」


 鼻であしらわれ、一蹴された。


 そして……。


「お覚悟なさいませ、クレイブ様……」


 そう言うと、今度こそ本気で逃げ出そうとするクレイグに向かって手に持った扇を、大きく振りかぶった。


「ルイーザ嬢!? な、何を?」


「ま、まさかそれを投げるのか!?」


「バカな真似は止めるんだっ。そんな事をしてなんになる!?」


「きゃぁっ、ルイーザさまったら怖~い!」


 二人のやり取りを唖然と見守っていたランシェル王子たちが、ルイーザの本気をみて慌てたように声を上げる。


 ひとりだけ、本気で怖いと思っているのかと問い詰めたくなるような、キャピキャピした女の声も混ざっていたが……。



 ――しかし今さら慌てても、もう遅い。



「天誅、ですわ――!!」


 彼女の手からは、ビュンっと風を切る音と共に勢いよく扇が放たれたのだから!


「わ、わ、わっ。わ、わわわ……っ!?」


「え、嘘でしょ!? て言うか本気だったの!?」


「クレイブ、避けろっ」



 スコーン――ッと小気味の良い音を立てて、逃げきれなかったクレイブの額に扇がクリーンヒットしたっ。



「ふぎゃう!?」


 直撃を受けて、バタリっと倒れるクレイブ。



(((ナイスショットですわっ、ルイーザ様!!!)))



 いけないと分かっていても、みっともなくひっくり返った男を見て思わず笑みがこぼれてしまいそうになる。


 それを必死にこらえながらも、鬱憤が溜まっていたシルヴィアーナ達は胸のすく思いがしたのだった。




「きゃあぁぁぁっ、クレイブさまぁ!!!」


 扇が当たる瞬間を間近で見たサリーナが、甲高い悲鳴を上げる。


 さすがにびっくりして涙も引っ込んだようだ……まあ元々、嘘泣きだったのだからどうということはないが。


「クレイブっ、随分と良い音がしたが……だ、大丈夫か!? しっかりしろ!」


 ひっくり返った彼に、リアンが慌てて声を掛ける。


「なっ、なっ、ななな、な!?」


 ……ランシェル王子はとっさに言葉が出ないようだ……な、な、ななっ、しか言えていない。


 ルイーザのような完璧な淑女が、まさかそんな暴挙に出るとは思わなかったようで、目の前で起こった出来事が信じられないみたいだ。目を見開いたまま、固まっている。



(はぁ。予想外の出来事が起こるとパニックになる癖は直っていないようですわね、殿下……王族としては失格ですわよ)



 これまでは婚約者であるシルヴィアーナが隣にいて、彼が再起動するまでの間をさりげなくサポートしていたからこそ、目立たずに済んでいた悪癖である。


 彫像のように動かない、見た目だけは完璧な美貌の王子様を見つめて冷静に分析しながら、いつまでたっても成長しない彼に、ため息を吐きそうになるのを色々な思いごと飲み込んだのだった。





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