第15話 物理で分からせましょう



「ル、ルイーザ嬢、貴女は一体、何をしてるんだ!?」


 床に膝をつき、助け起こそうとして初めて意識が飛んでるのに気がついたリアンが、非難するように睨み付けてくる。


「クレイブは白目を剥いているぞ……」


「そうよそうよっ。なんて乱暴な人なの!?」


 信じられないと言うように叫ぶサリーナ。


「あぁ、お可哀想なクレイブさま。なんにも悪いことしてないのに、ルイーザ様の鬱憤の捌け口にされてしまって……リアン様、おねがいです。どうかサリーナに彼を診させてくださいっ」


 自分もリアンの隣に膝をつくと、ギュっと両手を組んで祈るように訴える。


「もしかしてわたしのなら、お気の毒なクレイブ様を救えるかもしれません!」


「ん? 君の能力って……はっ!? そうか、か!!」


 サリーナの懇願を聞いて、その手があったかと気づいたらしい。


「アレは優しい君に相応しい能力でしたね。むしろこちらからお願いしなくては……じゃあ彼を頼めるかな?」


「はいっ、お任せください!」


 リアンに頼まれたサリーナは嬉しそうに頷くと、クレイブの方へ向き直った。


 扇が直撃してたんこぶが出来ている額に手をかざすと、集中力を高めて魔力を溜めていく。


 弱々しい白い光が徐々に手のひらから溢れ、ホワンっと患部を包み込んで……。


「……んぅ……っ?」


「クレイブっ、気がついたか!?」


 リアン達が見守る中、クレイブが目を覚ました。




「リアン、サリーナ嬢? 俺は……」


「あぁっ、よかったですうぅ……クレイブさまが目を覚まされてぇ」


「君は扇の直撃をうけて暫く気を失っていたんだ。サリーナ嬢が治癒魔法を使ってくれたんだよ、ね?」


「はいっ、クレイブさまのためですからっ。一生懸命頑張りました!」


 サリーナがニコニコしながら答える。


「ああ……サリーナが……そう、か」


「……? はいっ、とっても心配したんですよ? サリーナに、クレイブ様を救える特別な才能があってよかったですぅ」


 いつもと違ってテンションの低いクレイブをいぶかしみながらも、自己アピールは欠かさないサリーナ。


「う、うん。ありがと、な」


「いえいえっ、治癒師として当然のことをしたまでですよぉ」


 リアンとサリーナは大袈裟に喜んでいるが、それに対するクレイブの返答はどこか、歯切れが悪い。


 大好きなサリーナに助けられたというのに、今までのような手放しの賛辞を送っていないのも変だ。


 リアンは気づいていないが、目敏いサリーナはいつもと違う彼の様子に違和感を感じていた。それがなにであるのかまでは分からなかったが。



 ――勿論、それには理由があった……。



 クレイブは曲がりなりにも武人なので、自分が手加減されていた事に気づいたのだ。


 サリーナに唆されて一方的に婚約破棄宣言をした婚約者に怒り、物理的な制裁を加えることにしたルイーザだが、理性まで失っていたわけではない。


 優れた投擲の腕を生かし急所へ確実に当てにいき、一時的に意識を刈り取るだけになるよう、冷静に威力を調整していたのである。


 この、計算され尽くした投擲により扇が直撃した箇所からの出血もなく、ぷくっとした大きめのたんこぶが出来たくらいですんだのだ。


 態々、もったいぶって治癒魔法など施さなくてもすぐに意識を取り戻していたはず。


 実践経験もある本人にも、その事はよく分かっていたのだろう。


 彼は本来、強さこそ正義というか、強い者を無条件で認め無意識のうちに心酔してしまう、単純な男なのだから。


 いくらサリーナに誑かされている状況にあるとはいえ、いつの間にか自分より遥かに強くなっていたルイーザに手心を加えられてたと知ると、さすがに恥じた様子で俯いてしまった。




 しかし、それを分かっていない素人のこの女はと言うと……。


「なんてひどい人なの? 自分の思い通りにならないからって力で訴えようとするなんてっ。人としてあり得ないっ、最低ですぅ! お二人は幼馴染みでしたよねぇ? それなのに今までクレイブさまと信頼関係が築けなかったのって、粗野なあなたの態度が原因なんじゃないですかぁ?」


 隠しきれない愉悦を瞳に宿しながら、したり顔で説教くさい台詞まで吐いてくる。



(お前にだけは言われたくない!!)



 と、ルイーザは思った。



 確かにクレイブとは幼馴染で、互いに家族のような穏やかな愛情しか持てなかったのは事実だ。とはいえ貴族同士の婚約関係ではそれが普通だし、サリーナが引っ掻き回すまでの二人は特に問題もなく、上手くいっていたのである。


 長年築き上げてきた信頼関係を壊した張本人だというのに、何を偽善者ぶっているのか。あまりの言いぐさに、沸々とした怒りが沸き起こってくる。


「わたしが稀有な治癒魔法持ちでなかったら、どうするつもりだったんですかぁ?  クレイブさま、もしかしたら死んじゃってたかもしれないんですよぉ。彼を殺す気なんですかぁ!?」


 ここぞとばかりに声高に非難してくるが、そんな事はあり得ない。


 ルイーザが手心を加えたのは勿論のこと、外国にまで名声が響き渡り、『癒しの聖女様』と呼ばれることもあるほどの治癒師で、欠損治療以外なら治してしまうシルヴィアーナが問題無しとみて一切、動かなかったほどの軽傷なのだから。




 自慢げに自らのセールスポイントをアピールしているが、本物の稀少な治療魔法の使い手であるシルヴィアーナがいる前でよくもそんな主張ができたものだ。


 確かに治癒魔法の素質がある者は少ない。しかし稀少だと言われているのは、欠損以外なら全て治してしまうほどの腕を持った治癒師に限ってのこと。軽傷者しか治せないサリーナ程度の力の持ち主は、珍しい存在ではないのだ。


 元々、庶民の生まれだった彼女は、まともに魔法教育を受けられない環境にいた上、二年前に貴族の一員になって学べる機会が出来たのに修行をサボっていたせいで、大して治癒の腕も上がっていない。


 治療魔法の習得には長年の地味な修行が必要で、素質だけでなんとかなるほど甘くないのだ。せっかくのギフトも、鍛えなければ宝の持ち腐れ状態なのである。



 そして、修行をサボっていた時間で彼女が何をしていたかは言うまでもないだろう……。


 今現在、ルイーザ達に対して行っているようなこと……つまり、男漁りをするのに忙しかったのである。




「ルイーザ様、いくら身分が高くても悪いことをした時には謝らないといけないんですよ? 今回のこと、ちゃんとクレイブ様に謝ってくださいっ」


 おまけに見当違いの主張でルイーザを責め立て、身分もわきまえずに上から目線で謝罪しろと要求してくる。


 ランシェル王子達を味方に付け、完全に調子に乗っているようで、自分の有利さを疑いもしない。


 マウンティングを取り勝ったつもりでいるのだろうが……少しは疑問に思わなかったのだろうか?


 一介の下級貴族の娘でしかないサリーナが、今宵まで無礼な振る舞いを見逃されていたのは何故なのか……を?





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