第16話 ルイーザの反撃



(貴女はやり過ぎたのですわ。蹴落とそうとするからには、それ相当のお覚悟があるとみてよろしいのでしょうね……?)


 どこの世界に、毒の花が咲き誇るのを許容する国があるというのだ。


 王子達にまで毒牙にかけた女を、野放しにするはずがない。目をつけられないと思っていたのなら、この国の上層部を舐めているとしか思えない。



「これはわたくしとクレイブ様の問題ですわ。他人が口を挟まないでくださいませ」


「そんな……他人だなんて、ひどい……クレイブさまはサリーナにとって、なのにっ」


 ひどい、ひどいわとクネクネと体を揺らし、心外なことを言われたと涙を浮かべて抗議してくる。彼の腕にぎゅっと抱きつき、自分とクレイブの間には特別な関係があると強調しながら……。




「わたくしは婚約者としての役割を、忠実に果たしているだけでしてよ。暴走を止めるのも大事なお役目ですもの」


「え、嘘ぉ? 違うでしょぉ!? この場合、暴走しているのはあなたの方じゃない!」


「……わたくしはクレイブ様とお話ししているのです。貴女に発言を許可した覚えはありませんわ。お黙りくださいませ……と、申し上げましたが聞こえませんでしたか?」


「きゃ、ルイーザさま、怖ぁ~い……」


 わざとらしく怖がって、益々クレイブの腕に引っ付くサリーナ。


 一々余計な口を挟み、体を使って挑発してくる女にはイライラさせられるが、これ以上構っていられない。


 ルイーザは視線も向けず、彼との会話に集中しようとする。




「さて、クレイブ様。か弱い女の投げた扇ひとつ避けられない程、腕が鈍ってしまわれたこと……今、どんなお気持ちかしら?」


「ルイーザ嬢……」


「ええぇぇぇぇぇ!? どこがか弱いって!? だってわたし、クレイブ様に聞いたわっ。ルイーザさまって、片手で魔物を捻り潰すような野蛮な人なんでしょう? さっきだって……ひぃぃぃっ」


 キャンキャンとうるさい女だ。


 鬱陶しくて、それこそ魔物相手に使う威圧スキルをサリーナに向けて解放すると、これには本能的にヤバいと察したらしく、悲鳴をあげて押し黙った。


「ふんっ。重ね重ね失礼な方ですこと。いい加減にしてくださらないかしら?」


 せっかく今は見逃してやろうとしたのに……。


 ルイーザの優しさを踏みにじる彼女に、今度は感情を押さえきれなかった。


 プルプル震えている女に冷たくいい放つ。


「それにわたくし、何度も申し上げておりますが、あなたに名前で呼ぶ許可など一度も出していなくってよ、ボートン子爵令嬢。一体、いつになったら理解していただけるかしら?」


「ひぃっ」


「貴族令嬢として余りに教養のない、恥を知りなさいなっ」


「ル、ルイーザ嬢、待ってくれっ。彼女は生粋の貴族令嬢である君達とは違うんだ。生まれたときから庶民として育てられて、まだ子爵家に引き取られて間がない。そんなにキツく言うのは可哀想だろう……」


 クレイブがブツブツと言い訳めいたことを言って、プルプル震えながら己の腕にくっついているサリーナを庇う。


 そんな情けない男をキッと睨みつけるルイーザ。


「少なくとも彼女が引き取られてから二年は経っておりますわよっ。二年あっても五歳の子供でも知っている簡単な礼儀一つ、まだ覚えられないと言うんですの!?」



 ルイーザが指摘する簡単な礼儀と言うのは、身分の低い者から高い者に対する基本的なマナーのこと。


 自分よりも高位の貴族には許しもなく声をかけてはいけないとか、ファーストネームで呼ぶことは公式の場では不敬になるので例え本人の許可があっても身内や親しい者以外は控えるとか。

 他にも身分が高い貴族同士の会話中は、話を振られない限り口を挟まず勝手に発言してはいけない、高位の貴族の会話を遮ってはいけないというものなど。


 サリーナはこのルールを悉く無視しているのだ。


 彼女はいつも、勝手に自分からルイーザ達に声をかけ、許可なく彼女たちのファーストネームを呼びつけ、それぞれの婚約者との会話も遮って、平然と割り込んでくる。



「あっ。い、いや、それは……」


「しっかりなさいませ、クレイブ様。ボートン子爵令嬢は全てを理解した上で、無礼にもわざと礼儀を無視しているのです。軽々しくわたくしたちの名を呼んで、侮辱なさっているんですわ」


「いや、そんな。優しくて控えめなサリーナに限ってそんなことはない、と思うぞ? きっとそれは……ほら、あれだっ。彼女なりの親愛の示し方というやつで……」


「……見損ないましたわ、クレイブ様。口を開けばサリーナ、サリーナと彼女を庇うお言葉ばかり……貴方の脳味噌にはそれしか入っておりませんの!?」


「そ、そんなことはないっ」


「いいえ、そうに違いありませんわ。あれほど熱心にされていた剣の鍛練にしてもそうです。彼女と出会ってから貴方は真剣に取り組まなくなってしまわれた」


「……ルイーザ嬢、俺は」


「そんな貴方を心配したバラミス将軍に頼まれて、折角、わたくしが伝を頼りに剣聖様に剣のお稽古の約束まで取り付けましたのに。貴方はその女と遊び回って、反故にするようなことをなさいましたわね……」


「それはっ。それについては、父にも貴女にも本当に悪かったと思っているんだ。ただ俺は、どうしてもその時、サリーナ嬢を放っておけなくて、それでつい……」


 そのふざけた理由は勿論、ルイーザだって知っていたが、それでも改めて本人の口から聞かされると当時の怒りを思い出してしまう。





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