第17話 剣聖登場!
バラミス将軍が息子の堕落した現状に怒り、苦悩している事を知っていたルイーザは、未来の義父を宥め、対応を相談した。そしてクレイブが憧れている剣聖に注目し、再生への望みをかけることにしたのである。
その時剣聖が、たまたま自領のヴァレンチノ辺境伯領へ魔物討伐の援軍として来ていたことも、彼女に有利に働いた。
さっそく繋ぎを取り、共闘して魔物討伐をすることで信頼関係を築いたルイーザは、彼に稽古をつけてくれるよう頼み込む。
婚約者を立ち直らせるため、女性の身ながら体を張って信を得ようとしたルイーザの心意気に感心した剣聖は、申し出を快諾してくれた。
最近、稽古をサボりがちだったクレイブも、剣聖から直接、剣術指南を受けられる機会を得たとあってとても喜び、王都からすぐ駆けつける旨の返事をよこした。
頼んでやったルイーザもホッとしたものだ。剣士としてのやる気を取り戻す切っ掛けが出来たようだ、と。
しかし手合わせ当日、あれほど心待ちにし、サボっていた鍛練も再開してやる気をみなぎらせていたはずの彼は、来なかったのである……。
一人でパーティーに参加するのは心細いからと言うサリーナの懇願に負けたのだ。
「せっかくのチャンスを、あんなくだらない理由で棒に振ったなんて……」
ルイーザは約束を破ったことを今も後悔するかのように俯いているクレイブを見て、悔やむくらいなら何故っと唇を噛み締める。
「そんなっ、くだらなくなんてありませんっ。私、一緒に行ってくれるパートナーがいなくて、本当に困ってたんですよ? それを見兼ねてクレイブさまが助けてくれたんです!」
「サリーナ嬢……」
「騎士はか弱い女性の力になるものだって言ってくれたんです。剣術の稽古はいつでも出来るからって!」
わたしその言葉に感激して泣きそうになってたんですよ、とクレイブを見つめながら嬉しそうに頬を染める。
「それなのにっ。そんな心優しい彼を責めるなんて信じられない。ルイーザ様、ひどいですよっ」
一転して悲しげな顔をつくり非難してくるのだが、その優しい男の千載一遇のチャンスを潰したのは誰なんだ……。
この女は本当に、剣聖と手合わせ出来る価値が分かっていなかったのだろうか?
彼はどんなに身分を振りかざし脅されても金を積まれても、気に入らなければ引き受けないことで有名なのに?
(…… このことは市井の人々でも知っているはず……つまり、わざと知らない振りをしている線が濃厚か……。自己愛の激しい女だこと。大方、自分より剣を優先しようとしたクレイブの行動が気にくわなかったのでしょう……)
自分の苦労は何だったのか……と、今思い出してもやるせなさに思わずため息が出てしまう。
――その時……。
「その男には君が心を砕いてやる価値もありませんよ、ルイーザ嬢」
一人の男性の声が、朗々と会場に響き渡った。
ルイーザは、呼びかけられたその声の主に心当たりがあった。
忘れる訳がない。
でも、まさか……と思った。
辺境の地にいるはずの彼の人が王都にいるはずがない、と。
婚約者の不誠実な言動の数々にささくれだっていた彼女の心を、優しく解きほぐしてくれた人。
ルイーザよりずっと強くて大人で余裕があって、彼女の不安定に揺れ動く心ごと包み込んでくれた、大きな器を持った人。
その人が今まさに、カツン、カツン、としっかりとした足音を立てて彼女元へゆっくりと近づいてきている。
まさかと思いながらも振り向けば、本当に彼はこの場所にいた。
そして目があったルイーザに向かって安心させるかのように、いつもと変わらない笑みを向けてくれる。
「剣聖アデルヴァルト・リューディガー様……」
男らしく力強いバリトンの美声の主は、先程話に上がった剣聖その人だったのだ。
漆黒の闇のようなの美しい黒髪を背中で一つに結び、太陽のような強い輝きを放つ金の瞳に、左右対称の整い過ぎるほど整った美貌を持つ青年。
実戦で鍛え上げられた体は実用的でしなやかな筋肉を纏い、まるで肉食獣のような……黒豹のような動きは危険なほど魅力的だった。
王都ではあまりお目にかかれない種類の美形の登場に、今宵の夜会に参加している紳士淑女達がざわめいく。
魅入られたかのような人々の視線を一身に浴びても気にすることなく、自然体でそのままこちらに歩いてきた剣聖は、ルイーザの隣まで来ると少し通り過ぎ、彼女を庇うかのように斜め前に立つと止まったのだった。
ルイーザ達の間に流れていた重苦しい空気を、一瞬で切り裂いてしまったのは思わぬ人だった。
「びっくりした?」
「それは、もう……とても驚きましたわ、剣聖様」
悪戯っぽく小首を傾げながら尋ねてくる剣聖にコクリと頷きながら答えるものの、まだ信じられない。
思わず目を見開き、彼の顔を見つめてしまう。
それはそうだろう。
まさか彼が、このタイミングで出てくるとは誰も思わない。
「君が理不尽に責め立てられるのを見ていられなくてね。思わず出て来てしまったんです」
苦笑しながらも真剣な声で優しく告げられた言葉に、冷えきっていたルイーザの心がポッと温かくなった。
思わず感謝の気持ちを込めて、手を差し伸べてくれた彼にこの日一番の心からの笑顔を向けたのだった。
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