第18話 求婚
剣聖アデルヴァルト・リューディガーの登場に、クレイブ達は困惑を隠せない。
ルイーザとクレイブ達の怒涛のやり取りに口を挟む隙がなく、暫く空気と化していたランシェル王子やリアン達だったが、さすがに心底驚いたらしい。唖然とした表情で見つめている。
「剣聖」という存在は、彼らにとっても憧れと尊敬の対象であり、崇拝に近い想いを寄せる相手なのだから。
その彼がルイーザを庇いに出てくる展開は予想外だった。
当のアデルヴァルトは、クレイブと彼に引っ付いたまま座っているサリーナを感情を消した目で見下ろしていた。
憧れの人から向けられる冷め切った視線に、クレイブの肩がピクリと揺れる。
「先ずは立ちなさい。彼女に手加減してもらったのだから、立てないはずはないでしょう。いつまでへたり込んでいるつもりだ」
「剣聖……様」
厳しい言葉をうけて、よろよろと立ち上がるクレイブ。
その彼に引っ張られる形で、くっついていたサリーナも一緒に立ち上がったのだが。
「うわぁぁぁ……カッコいぃ……」
大人の魅力たっぷりの危険な色気が溢れる男性の登場に、あれほど心配していたクレイブの状態はすっかり忘れることにしたらしい。ぽーっと見惚れて件のセルフを吐いた。
「あ、あの、初めまして……ですよねっ? わたしサリーナって言います! えっと、アデルヴァルト様って素敵なおまえですけどぉ。ちょっと長くて言いにくいですし、アデル様って呼んでもいいですかぁ?」
何を思ったのか、剣聖相手に可愛らしく頬を染め、上目遣いで話しかけ始めるではないか。その上、勝手に名を縮め、愛称で呼んでいいかとまで尋ねている。
これにはクレイブ達からも信じられない言ったような視線が向けられる。
しかし、彼女は熱に浮かされたように彼を見つめるのに夢中で気にもしていないようだ。
ルイーザも思わず唖然としてサリーナを見た。
(なんて図々しい……)
移り気が激しく、馴れ馴れしいにも程がある。サリーナの態度に、益々不快感が高まった。
そう思ったのは剣聖も同じようで、虫けらでも見るような冷え冷えとした瞳で無礼な女を見据える。
「……黙れ」
「ひぃっ」
サリーナに怒れる剣聖の威圧が直撃した。
それに耐えきれるはずもなく恐怖を顔に張り付けると、再び崩れ落ちるようにぺチャリっと床にへたり込む。
「あっ」
「サ、サリーナ嬢」
ランシェル王子達にも余波が行ったようで、顔色を青ざめさせながらも、放心状態でカクカクと全身を痙攣させている彼女に慌てて声を掛ける。
しかしその呼び掛けに反応することはなかったようだ。
当然だろう。
先程ルイーザに浴びせられたものとは比べ物にならない威力の威圧を受けたのだ。
暫くは恐慌から抜け出せないはず……。
「フッ、静かになったか」
サリーナを囲んでアワアワしている王子達を鬱陶しそうに眺めてそう言った。
「剣聖様……」
「これでやっと貴女を口説ける」
そう言うと、熱のこもった瞳をルイーザに向けた。
クレイブ達に向けていた厳しさは、すっかり鳴りを潜めている。
「……え?」
ルイーザが戸惑っているうちに、剣聖は甘さを含んだ微笑みを浮かべるとルイーザの前に跪いた。
そのまま流れるように彼女の手を取り、印象的な金の目をそっと伏せると華奢な手の甲へ優しく唇を落とす。
「あ……」
洗練された動作のひとつひとつが優美で、見惚れているうちに手を取られ、キスまで許してしまっていた。
「貴女が欲しい」
簡潔に告げられた情熱的な言葉。
それと共に射ぬくような強い輝きを宿した目で、ルイーザ見上げてくる。
「剣聖、様……あの……」
「貴女はこの男から婚約破棄され、今は婚約者がいない、ということでいいですね?」
「え? ええ」
「では私が立候補してもいいわけだ。君の伴侶となれる条件は辺境伯の領地を守れる強い男である、ということだけ。身分も問わない。そう聞いている」
「ええ、そうです」
「貴女の父上はこうも言っていた。辺境では強さが尊ばれる。例え婚約者がいても、その相手と決闘して勝てば正式に求婚を認める風習があるのだと。つまりこの男に勝てば、私には正式に君を得る権利が手に入るはずだった」
射抜くような瞳に見つめられながら問いかけられ、気圧されるように頷く。
「間違いない……ですわ」
「しかし相手がこんな騒動を起こす男だったとは……決闘するまでもなかったとはな」
「……っ!?」
情熱的な剣聖の言葉に、会場が一段とざわめく。
これまで数々の求婚を袖にしてきた彼が、そこまで求めた愛しい相手がいたことにも驚きだが、それがルイーザだったとは……。
判明した事実は、人々に大きな衝撃を与えた。
ルイーザもびっくりして、思わず目を見開き、まじまじと彼の顔を見つめてしまう。先程から彼には、驚かされてばかりだ。
「フッ、びっくりしたかい? 私が君を婚約者から奪うつもりで上京して来たと聞いて?」
「それは、もう……」
「私以上に君の婚約者になる条件を満たしている男はいないはずだ」
自信たっぷりに告げられるが、事実であるため彼女は頷くことしか出来ない。
「ルイーザ嬢、求婚を受けてくれますか」
――熱量に、圧倒される。
一回り以上年上の大人の男の本気を感じて、ときめきとドキドキが止まらないし、早鐘のように音を刻む心臓の鼓動が苦しい。
彼に聞こえてしまわないかと心配になるほど高鳴っているのを感じて、ルイーザは焦った。
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