第35話 間違いであって欲しかった……



 サーカス団では珍しい魔物の陳列や、素晴らしく調教された猛獣のショー、他にも魔法を使った奇抜なステージや団員達の華麗な雑技など、数多くの心踊る催しを披露しており、観客を飽きさせない。


 その為、年に一度の巡回を国民達も楽しみにしていた。


 老若男女を大いに楽しませてくれるサーカス団は、庶民だけではなく貴族達にも人気があり、お忍びで足を運んでいた者も多い。


「皆様は、ボートン子爵令嬢にねだられてよくサーカス団に遊びに行かれていたそうですね? 先日も観覧なさったばかりだとか」


「……確かに参りましたが。何をおっしゃりたいのです」




 リアン達がサリーナを連れて、よくサーカス団に遊びに行っていたのは事実だ。


 彼女の喜ぶ顔が見たくて、サーカス団が王都に滞在期間中は何度も足を運んだ。


 その際、父には国籍も身分も多種多様な者達が集まるので気をつけるようにとは言われていた。


 勿論、リアンもランシェル王子を城下町に連れ出すのだからと他の側近達とも話し合い、警戒は怠らなかったつもりだ。


 ただ、具体的に何を指して気をつけるようにと父親が言ったのかを、深く考えずにいたのだが……それが、そもそもいけなかったような気がする。


 精々、言葉も習慣も違う者達が一ヶ所にいると考え方違いや意思の疎通の出来なさから、争い事が起こるかもしれないから、巻き込まれないように慎重に行動しなさいという意味だと思っていたのだが、違うと言うのか……?



「ここまで申し上げてもまだ、お分かりになりませんの? 彼らはただのサーカス団ではありません」


「え?」


 一旦言葉を切って、息を整えてから、困惑顔のリアンを見据えて言う。


「隣国のスパイ容疑がかかっております」


「……まさかっ。そんな、あのサーカス団が!?」


 思ってもいない言葉だったのか、リアンだけでなくランシェル王子達も衝撃で固まった。




 それを追撃するようにダフネは続ける。


「魅了の魔道具のような禁呪とされている魔法のかかった魔石を、一介のサーカス団の団員が何故、たいした資産もないのに持っているのでしょう?」


 言われてみれば、確かに怪しすぎる。


「……隣国から意図的に渡されたからだと? かの国が後ろで糸を引いていた……と言うのですか」


「ええ、そう考えるのが自然ですわ」


「あぁ何て事だ……」


 教えられた情報に、頭を抱えたくなった。




「貴方は先程、心当たりはないとおっしゃっていましたが、宰相閣下は事前にきちんとお話しされていたはずです。殿下の側近である貴方にサーカス団には気をつけるようにと……」


「私は、知らなかった……いや、自分で考えて知ろうとしなかったのか……」


 ガックリと肩を落とすリアン。


 これでは側近失格だとダフネに言われても仕方がない気がした。




「そして当然、サーカス団と頻繁に接触していたボートン子爵令嬢にはスパイ容疑がかかっております」


「そ、そんな!?」


 初めから自分たちは、サリーナに狙われていたというのか。


 彼女の調査結果によると、リアン達とサーカス団へ観覧に訪れる以前に、先程サリーナが言っていた派手な格好の道化師、帽子屋さんと会っていたという証言が取れているそうだ。


 サリーナは見た目だけなら滅多に見ないほどの可憐な美少女なので、足繁く通う姿は目立っていたらしい。特に探し回らなくとも、目撃者には困らなかった。




「サリーナ嬢、君は本当に隣国と通じていたのかい?」


 間違いだと言ってくれというリアンの切実な思いは、自分の事しか考えられないサリーナの身勝手な言動によって無残にも打ち砕かれることになる。


「何よっ。何でわたしばっかり責めるの!? それに今はそんなのどうでもいいでしょ!?」


「どうでもいいって……」


「知っていること全部話したんだから、早く帽子屋さんを連れてきなさいよっ。術を解かなきゃ、死んじゃうかもしれないんだよっ。何で誰もサリーナのこと助けようとしないの!!」


「……それが、君の本性なのか」


 彼だけでなく、クレイブやジョナスも目を見開き、まるで初めて彼女をみたというような顔をしていた。


 魅了返しの魔道具の効果が出てきたこともあって正気に戻りつつある四人の胸には、後悔が押し寄せてきている。


 せめて、一番初めにシルヴィアーナ達が止めてくれていた時に、耳を傾けていれば……パーティー会場から別室に移動だけでもしておけばよかった。


 そうすれば、これほど大勢の貴族達の前で恥をかかなくても済んだのかもしれない。




「安心なさいな。もう、捕獲部隊が出動しているはず。その内、逮捕されるという情報が入ることでしょう」


「ほ、本当!? じゃあわたし、助かるのね!!」


  自分にとって都合のよい言葉だけを拾って喜色に満ちた声をあげるサリーナに、ダフネは微笑んだだけでそれ以上は答えなかった。


 しかし、僅かに希望が出てきたことに目が眩んでいる彼女には、そんな意味深な微笑を読み解くことは出来なかったのである。



(愚かな子だこと。術を解けるのは術者本人だと教えてあげたばかりなのに……魔道具を手渡しただけの道化師が、隣国の切り札とも言える魅了魔法の付与師なわけがないでしょう)



 おそらく術者本人は隣国にいるはずだ。直接、こんな前線にまで出てきて危険に身をさらすとは考えられない。


 つまり、サーカス団員を全て捕まえたところで彼女は助からないのだ。





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