第34話 サーカス団
「わたくし、確かに一度は貴方を愛そうと努力していた事は認めますわ。政略で決められたとはいえ、夫となる方に誠実であるようにと教育されましたから。ですが、いくら愛そうとしても愛情を返してくださらない方を想い続けるのは無理でした」
「……」
貴族令嬢らしく胸の内を悟らせないダフネが、ここまで心情を語ったのを見たのははじめてかもしれない。
この時リアンははじめてダフネを、ひとりの血が通った女性として見たのだった。
いつからか、彼の前では人形のように感情を表さなくなっていった婚約者に不満を感じていたが、それも自分のせいだったのだ。
彼女が婚約者として愛そうとしてくれていた時、冷めた目でみていたたけで自分は何もしなかった。
その事に気づいたのがサリーナに唆されて婚約破棄を告げた後だとは、皮肉なものだ。
「婚約者であるわたくしを一度も愛そうとなさらなかった人が、今度は婚姻前から浮気をなさる……これでは愛するなんて不可能でしてよ。少しはご自分に置き換えて考えて見てはいかが? 貴方は結婚前から堂々と浮気をする者を生涯の相手として信用出来ますの?」
自分たちには、これからいくらでも時間がある。愛する必要があるなら結婚した後にそうすればいい。
婚姻前から婚約者に縛られるのが嫌で、彼女と向き合おうとしなかった。適当にあしらってきたツケが回ってきたのだろう。
「ダフネ嬢……」
「わたくしには無理です。だって貴方は妻となる予定のわたくしを婚約期間中に裏切ったのですもの。貴方のお振る舞いには嫌悪感しかありません。当然でしょう?」
「……っ!」
ダフネの自分に対する負の感情が、思っていた以上に大きくてショックで言葉も出ない。
吸い込まれそうな深く青い瞳でじっと真っ直ぐに見つめられ、色々とやましい事をした覚えがあるリアンは、思わず目を逸らしてしまった。
――だが今さら後悔しても、もう遅いのだ……。
更にリアンを追い詰める、容赦のない言葉がダフネから放たれた。
「それに、リアン様も、ジョナス様達と同じく殿下の側近として失格でしてよ。彼女には禁呪の魅了魔法を使用したことの他にもまだ、ある疑いがかかっております」
「そんなっ。いったい、まだ他に何があると言うのです!?」
今まで宰相の息子としてランシェル王子の側近として、順調にエリートコースを歩んできたリアンは挫折と言うものを知らない。
その彼が禁呪を操る女に良いように騙され踊らされ、知らずに王子を毒牙かける手助けまでさせられていた。それだけでも、良家の子息である彼のプライドはズタズタだった。
だがダフネは、サリーナにはまだ隠していることがあるという。
この時点で、彼の受け止められる許容量を越えていた。
これまではただ、決められた道を歩んで来ればよかったリアンは、ランシェル王子と同じく突発的な出来事の対処には弱いのだ。
もうこれ以上、何も聞きたくない……全てを投げ出して耳を塞いでしまいたい気分だった。
しかし、ここで投げ出すことは許されない。
ダフネの追及は続いている。
「リアン様は、その情報をお持ちのはずですわ」
「え?」
「宰相であるお父様から折に触れ、色んな事を聞いておられるでしょう?」
「ええ。勿論です」
「その情報は何のためです? 側近として、殿下をお守りするために必要だから……ですわよね?」
「……つまり、今までに聞いた情報の欠片を繋ぎ合わせれば正解を導き出せる……ということですか」
「ええ、その通りでしてよ」
そう言ってダフネは頷くが、サリーナと結びつくのがどれなのか、リアンには咄嗟に判断がつかない。
「残念ながら私にはどれを指しているのか……分からない」
「……仕方のない方ですわね」
肩を落として言いにくそうに告げた彼に、ダフネはため息をつきたくなるのを飲み込んでリアンにも分かるように噛み砕いて説明する。
「先程、ボートン子爵令嬢がブローチの入手先を自白しましたでしょう? サーカス団の道化師から譲られたと?」
「確かにそう言っていました。しかし、道化師のような者が何を知っているというのです?」
リアンの常識では、サーカス団にいるのは学も身分もない寄せ集めの者達だ。
魅了の魔道具を作れるような専門の知識を持ち合わせている者などいないはず。
「それでも、少なくともブローチの効果は知っていたはずです。彼女の魅了魔法の魔道具に関する知識は彼から伝えられたものでしょう?」
「それは……そうかも知れません」
ダフネの指摘に、渋々認めた。
「だとしたら、少しおかしいとは思われませんか?」
「え?」
「魅了の魔法がかかった高価な魔道具なら大金で売れるはず。それをせず、一介の少女にタダで譲り渡すなど、疑ってくれといっているようなものではありませんか」
「……あっ!?」
言われてみれば確かにおかしい、とリアンも気づいた。
――この国を件のサーカス団体が訪れるのは毎年のことだ。
周辺の国々を定期的に巡回していて、この国ではいつも二ヶ月程かけて各地を転々と回っている。今では市民の娯楽として定着し、知名度も高い。
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