第39話 幸せとは



 社交界に出て、同世代の令嬢たちがきらびやかに着飾っているのを初めて見た時から、羨ましくて仕方がなかった。

 自分も彼女達と同じか、それ以上のものが欲しくて、欲しくて堪らなかった。


 ちょっと生まれが違うだけなのに、サリーナが欲しくても手に入れることが出来なかった贅沢品を、当たり前のように手にして微笑んでいる、苦労しらずの貴族のお嬢様達。憎かった。


 だから、サーカス団の誘いに乗った。


 そうすれば、望みが叶うと言われて……。


 言われるがままに魅了魔法のかかった魔道具を使えば、面白いように彼女の言いなりになる貴公子達。


 人が羨むほど魅力的な彼らも、魔法で魅了してしまえば、愛をささやいてくれるし、少し甘えてねだるだけで、今まで手が届かなかった贅沢品を競うように贈ってくれる。彼女の自尊心は満たされた。


 それ以上に快感だったのは、自分を見つめる貴族令嬢たちの嫉妬と羨望のこもった眼差し。

 温室育ちの貴族令嬢達から、婚約者や恋人を奪ってやることも面白かった。自分見下していた彼女達の顔が絶望染まっていくのを見ては、優越感に酔いしれた。


 暫くはそれで満足していたのだ。


 だが、そんな日々が日常になってくると物足りなく感じるようになる。貴公子達を誑かし、令嬢達の心を弄ぶのも楽しかったのだが、簡単に行き過ぎてつまらなく感じてしまう。それと反比例するように物欲は強くなっていき、満たされるためにはお金が必要だった。


 元々着飾ることが大好きだった彼女は、もっともっと欲しくなった。


 誰がみても一番だと言うくらい、可愛く贅沢に着飾ってみたい。


 物欲は膨れ上がり、愛を囁かれても満たされなくなっていった。


 段々と要求の高くなる彼女の願い全てを叶えられなくなった時、彼らに対するサリーナの不満は爆発した。



「もっといっぱい欲しいって言っても、お金がなくて買えないって言うんだもの! 何着かドレス一色をおねだりしただけなのにっ。本当、上位貴族の子息のくせに使えないんだから!」


「……っ!」


 いくら貴族と言えども、当主でないものが自由に使えるお金は限られている。それがサリーナには分からなかった。


 上位貴族の令息を魅了すれば、欲しいものを欲しいだけ手に入れられるし、お姫様のように贅沢できると思い込んでいた。



「だから彼らに、サーカス団を紹介したんですのね?」


「そうよっ。だって帽子屋さんが、代わりにお金を払ってくれるっていうんだもの!」


 その時のことを思い出したのか、機嫌良さそうに話すサリーナ。


 彼女にとって魅了した男たちは、もはや金蔓でしかなかったのだろう。


「……それで彼らにサインするようにと言ったの?」


「だって、一筆書くだけでドレスをくれるっていうし。初めは渋っていたけれど、わたしからお願いしたら、みんなも書いてくれたわ」


 サーカス団はサリーナに贅沢品の買い物をさせ、代金を立て替える代わりに貴公子達に借用書のサインをさせたのだ。


 書類だけでも揃えてしまえば、企みがバレた時に言い訳ができる。誘拐したのではなく、借金の形に連れていったのだと。


「彼らにそこまでの支払い能力はないと分かっていた癖に、借金までさせて……そんなにドレスや装飾品が欲しかったの? すでにたくさん、持っていたでしょう?」


「だって、どれも少しずつ違うデザインなのよ。それに、帽子屋さんが薦めてくれるのは、わたしにとってもよく似合う可愛いものばっかりなんだものっ。彼らにサインさせるだけでわたしのものにしていいって言われたんだものっ」


 身勝手な主張をするサリーナを怒鳴りつけたくなるが、リアンはぎゅっと唇を結んで耐える。


 同じように自分の感情を抑えながら質問を続けるダフネの、邪魔をしないために……。




 二人からの無言の非難を感じ取ったサリーナは、むっとしたように叫んだ。


「何よっ。わたしは幸せになりたかったの! それのどこが悪いの!? みんなもサリーナから愛されて幸せだって言ってたし。報酬くらい貰ってもいいじゃない!」


 一度贅沢を覚えた彼女は、生活の質を落とすことが出来なかった。


 際限のなくなった欲を満足させるために次から次へと罪を重ねる。


 貴族の子弟たちを堕落させ売り渡し続け、罪を重ねれば重ねただけ彼女の懐は潤っていく。


 次第に、彼女の感覚も麻痺していったのだろう。


 他人の事なんてどうでもいい、自分のことしか考えない彼女らしい主張だった。



「……そう。それで、自分に愛を捧げてくれた男たちを売り払ってまで手に入れたものは、あなたを幸せで満たしてくれたのかしら」


「え?」


「あなたが欲しかった幸せって、そうやって自分だけが贅沢に着飾るだけで手に入るものなの?」


「何を言っているの……現にわたしは幸せで……?」


 ぽかんとした表情でダフネを見るサリーナ。


 何を言われたのか本気で分からないようだ。


 そんな彼女を見て、ダフネは深いため息をついた。




 サリーナは自分の欲望に負けたのだ。


 誰よりも幸せになりたいと主張するのなら、せっかく手に入れた力をもっと、有効に使えば良かったのに。


 ちゃんと考えるべきだった……人の人生を弄ぶような真似をして、本当に幸せになれると思っていたのだろうか。


 それに弄ばれ利用されていたのはサリーナ自身も同じなのに、まだ気づかないというのだろうか。



「よく考えて。あなたは今、本当に幸せなの? 魅了魔法の魔道具を使いすぎて、そんな姿になっているのに?」


「だってそれはっ。こんなことになるって知らなくて!」




 思い出したくない事実の指摘され、サリーナは言葉に詰まる。


 いつも親切にしてくれた帽子屋さんのことは、疑いたくはない。


 けれど彼はダフネが言うように、魔道具を使った際の危険性について、一言も忠告してくれなかったのは確かだ。


「……何で? なんでわたしに、これをくれた時、使うと危険があるって教えてくれなかったの?」


 ずっと思っていた疑問が、ポロリと口から零れ落ちた。





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