第20話 陥落
「わたくしのような小娘で、本当によろしいの……?」
「君がいいんだ」
心から、愛しさが溢れてくるような声で断言された。
そして、少し自信なさげに瞬きしながら、こう続けた。
「君こそ、求婚の相手がこんな年上の男でもいいのか? 受け入れて、くれますか?」
その言い方は卑怯すぎる……。
見目麗しく実力もあるが、確かに年齢は一回りも上だ。
それを密かに気にしていたらしいが、好きの基準が自分よりも強い男であるルイーザにとっては些細なことだった。
それよりも、いつも堂々として何事にも動じない男の口から弱気なセリフが出てきたことの方が驚く。
ましてやそれが、ルイーザを好きだからこその言葉で、不安になっているのも彼女を真剣に想ってくれているからなのだから。
体の奥の方からムズムズとしたくすぐったい気持ちが込み上げてくる。
大人の男の魅力をたっぷり感じさせた後に、こんな可愛い面も見せてくるだなんて……堪らない。
「年など関係ありませんわ。わたくしは心身ともに強い男が好きなのですからっ」
思わず否定し、遠回しに好きだと告げてしまった。
ちゃんと手順を踏むつもりだったのに……。
(ずるい方……婚約破棄された直後に、別の殿方と新たな婚約を結ぶ約束まではしないつもりで……しばらく時間をおいてから、と考えておりましたのに……)
彼の手に乗って落ちてしまった。
ルイーザの言葉にキラリと光る瞳は勝利を確信したかのよう強く輝く。
もう逃げられない。
「嬉しいことを言ってくれる。では受けてくれますね?」
「……はい。わたくしでよろしければ、お受け致しますわ」
覚悟を決めて、求婚を受け入れたのだった。
恥ずかしげに頬を染め、愛しい人の目を眩しげに見つめながらもしっかりと……。
「ルイーザ嬢」
大勢の人の前での求婚に、羞恥から真っ赤になってしまった愛らしい顔や潤んだ目を、満足そうに見ると立ち上がる。
繋いだままの手を口元に引き寄せると、もう一度指先にキスを送った。
「愛しい人……やっと手に入れた。これで君は私のものです」
「剣聖様」
「そして私も君のものだ。だからどうか、これからは名前で呼んでくれませんか」
じっと瞳を覗きこまれ、懇願される。
「は、はい。あの、アデルヴァルト、様?」
「アデル、と。貴女にだけは愛称で呼んで欲しい」
「す、すぐには無理ですわっ」
だってそんなの、恥ずかし過ぎる。
うれしいけれど困るんですというような、焦った表情で見つめてくる年下の彼女に、剣聖はクスクスと笑いながら言った。
「では、呼んでいただける時を楽しみにしています」
「はぃぃ。が、頑張ります」
何とかそう、答えたものの……。
愛しくて仕方ないというように見つめてくる彼との距離は、近すぎる。
繋がれたままの手から伝わる彼の熱に、ドキドキしてしまって落ち着かないルイーザだった。
そんな二人を唖然として眺めていた男がいた。
目の前で起きたことが信じられない、というように見つめていたが、ついに黙っていられなくなったのか、彼女達の間に割り込んできた。
「ルイーザ嬢……」
「クレイブ様?」
険しい視線で見上げてくるクレイブに、ルイーザは何を言いだすのかを大体察した。
幸せに満ちた表情を、さっと消して対峙する。
「いつの間に、剣聖様と恋仲に……?」
「あら、まるでわたくしが不貞を働いたようにおっしゃいますのね」
「違うと言うのかっ。俺が婚約を破棄した途端に求婚を受けておいて!?」
自分のやってきたことを棚にあげ、激しい口調で責めてくる。
「はぁ。少しは考えてから発言なさいませ」
「何を……」
「わたくし、貴方様のために剣聖様とお会いしましたのよ。その為に随分と骨を折りましたが、折角の機会は下らない理由で反古にされてしまいました。そんな信じられない不義理を働く婚約者を持つわたくしが、どうして彼と恋仲になることができましょう」
今、思い返してもあの時の彼の不誠実さには、フツフツと怒りが沸き上がってくる。
「そ、それは……そうかもしれないが……」
「はっきりと申し上げます。わたくし、そこまで厚顔無恥ではありませんことよ」
元婚約者の追及をきっぱりと否定する。
「申し訳なくて、連絡をとることすら出来ませんでしたのに……まさか、そこまでお疑いになるなんて」
淡々と答える姿は堂々としていたが、ルイーザに関すること全てを悪く捉える彼に、彼女が悲しんでいるのを敏感に感じ取ったアデルヴァルトは黙っていられなくなった。
自分の背に隠すように優しく押しやると、急なことに目をパチクリさせる彼女に安心させるように微笑んでから、前を向く。
「クレイブ殿」
「け、剣聖様っ」
憧れの人から話しかけられ、クレイブの声が裏返った。
余程、緊張しているらしい。
「名は聞いていたが、こうして直接顔を会わせるのは初めてか」
「は、はいっ。あの、その節は大変失礼を。謝って許されることではありませんが、どうかお許しください」
剣術指南の約束を反古にしてしまったことを、深く頭を下げて詫びるクレイブ。
この件に関してだけは深く反省しているらしい。
しかし、ルイーザを疑ったことに対する謝罪の言葉はない。
その事に、苛立ちを感じている剣聖にも気づかないようだ。
「……その縁も、君の元婚約者の並々ならぬ尽力の賜物だったのだがな……自分の為に尽くしてくれた行動さえ、不貞と疑うとは。騎士失格だ」
騎士として守らなければいけない者を護らず、疑いをかけた彼に剣聖の怒りが静かに降りかかる。
「ち、違うんです、剣聖様。信じてください!」
憧れの人に騎士失格だと言われたクレイブは焦り、慌てて弁明する。
「俺は騎士として、騎士だからこそ弱い立場のサリーナ嬢を守ってあげなければと思って行動していただけなんです!」
「……守る順序が違うだろう」
心底、呆れたというようにため息をつく剣聖に、ビクッとなるクレイブ。
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