第21話 強者の裁き
「本来、騎士として一番に守らなければいけないのは誰だ? 婚約者
「っ!? そ、それは。ですが彼女は俺が守らなくても強い、から……」
ここまで諭されても、自分が責められる理由が分からないらしい。
戸惑いながらも答えたクレイブの理解していない返答に、何ともやりきれない気持ちになる。
こんな男が恋のライバルだったとは、と……。
「見苦しい言い訳だな。君は長年、自分の為に尽くしてくれた誠実な彼女を守ることもせず、それどころか、その小娘の虚言に惑わされ何度も責め立てた。挙げ句の果てには理不尽な理由で一方的に婚約破棄して捨てた後に不貞まで疑うとは……最低だ」
「虚言などっ。サリーナ嬢は優しい女性なんです。相手を貶めるような嘘がつける訳がありません。ルイーザ嬢と違って、一人では生きていけない、守ってあげなければ生きていけないような、そんなか弱い人なんですよ!」
「……話にならない」
必死に訴えても、尊敬する剣聖は冷めた視線を向けてくる。
そのことに戦き、挫けそうになりながらも、クレイブは尚も自らの正当性を主張する。
「剣聖様こそ、ルイーザ嬢から彼女について何か良くないことを吹き込まれて誤解なさっているのでは?」
「……私まで侮辱するというのか?」
「そ、そんなつもりはありません!」
「はっ、どうだか。不貞を働く男の言葉など、信用出来ないな」
「お、俺は不貞など働いてはっ」
「黙れ。これ以上、醜態を晒すな」
「ひぃっ」
圧倒的な強者に金の瞳で強く睨まれ、上がりそうになった悲鳴を飲み込んだ。
「ルイーザ嬢が不貞を働いていないことは私が保証する。彼女とは辺境伯領での魔物討伐の際に会ったきりだ。何しろ、私は戦場に身を置いている時の方が多く、王都にいた彼女とはどうやっても会える距離にはいなかったのだからな」
「そ、それは……」
「物理的に不可能だ。疑う方がどうかしている。そうではないか?」
「は、はい。申し訳ございません。彼女に裏切られたと思ってつい、頭に血がのぼってしまい……その件に関しては軽率な発言でした」
騎士としても男としても格上の存在である剣聖が、男勝りで女性としての魅力もないと思っていた婚約者を求めた事が信じられなかったらしい。
ショックで、咄嗟に疑いの言葉を放ってしまったと言い訳する。
「ふんっ。今回の私の求婚についてもそうだ。正式な作法に則ったもので、君が彼女との婚約を破棄しなければあり得なかった。非難される謂れはないな」
「うっ」
少しは冷静になってきたのだろう。
正論を述べられたクレイブは、言葉に詰まってしまう。
「不満か? ならば私とルイーザ嬢をかけて決闘し、再び彼女を得るために闘ってみるか?」
どこまでもルイーザを軽く扱う男に、剣聖の機嫌は下がりっぱなしだ。怒気を込めて挑発する。
「……そんな無茶な……」
勝てっこないとボソッと呟き、視線を外して項垂れた。
憧れの剣聖から侮蔑を含んだ叱責と怒気を浴びせかけられ、魂が抜けたような状態になっている。
立っていることさえやっとな状態の元婚約者と、真っ青な顔で震え気絶寸前のサリーナの醜態を見たルイーザは、ようやく溜飲を下げたのだった。
ルイーザとしては一人でかたをつける覚悟を決めて扇を投げつけ、決戦のゴングを鳴らしたつもりだった。
でもそこへ、密かに想いを寄せていた剣聖アデルヴァルト・リューディガーが颯爽と現れ、全面的に彼女の味方についてくれたのである。
思いがけない人の登場に、目を疑った。
次に感じたのは、頭の芯から痺れるような歓喜。
さざ波のように押し寄せてきて、苦しいくらいだった。
実力もないのに粋がっている元婚約者を、一人の男として、そして騎士としてのプライドをこれほど完膚なきまでにへし折ることは、彼女ひとりでは出来なかっただろう。
傍らに立つ、頼もしい男をチラリと見上げる。
「ん?」
「……わたくし、一人でも対処出来ましたのよ?」
それでも口からは強気な言葉がこぼれ落ちてしまい、密かに焦る。
これだから、可愛いげのない女だと言われてしまうのだ。
落ち込むルイーザだったが……。
「ああ、そうだね。でも、君が心配だったんだ。勝手に体が動いてしまった」
「ま、まぁっ」
そんな心配は杞憂だったらしい。
ツンとした態度を取ってしまっても、それさえ可愛いという風な目で見られた。
彼女をまるごと受け入れ、包み込んでくれる台詞に照れくさいし、とても気恥ずかしかった。
彼の中で一番、心を傾ける女性なのだから仕方ないだろう、といわれているようで、勝手に顔が熱くなってしまう。
「そんなに過保護な方……でしたかしら?」
「真の騎士とはそういうものだ。意味を履き違えていた男もいたようだが」
だがその勘違い男のおかげで彼と婚約できるのだ。
今となっては感謝したいくらいである。
「まぁ、アデルヴァルト様ったら」
「迷惑だったかい?」
「そんな、迷惑だなんて。とても嬉しかったですわ」
「良かった」
まっすぐ見つめ合う瞳の中に、互いの情熱を見る。
二人の間に付き合いたての恋人同士のような、甘い空気が漂い始めた。
それを見て、そろそろ頃合いだと思ったシルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢が声をかける。
「ルイーザ様」
「あ、シルヴィアーナ様。わたくし、お騒がせしてしまって……」
一瞬、存在を忘れていた友人から声をかけられ、ちょっと気まずそうだ。
「良くってよ。それより祝福させてくださいな」
ルイーザの幸運を喜んで、にっこりと微笑む。
「これで次代のヴァレンチノ辺境伯領はこれ以上ない力を手に入れられたのですから」
「ええ、本当に。正直、クレイブ様の実力では治めきれるかと心配しておりましたの。国防のためにもようございました」
どこかホッとしたように言うダフネ・マリー侯爵令嬢に続いて、アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢も興奮気味に言葉を紡ぐ。
「まさかどんな美姫にも見向きもなさらなかった剣聖様を射止めたのがルイーザ様だとは。さすがですわ。わたくしもお友達としてうれしく思います。良かったですわね、ルイーザ様」
「まあ、アンジュリーナ様、皆様も。うれしいですわ。祝福してくださり、ありがとうございます」
友人達から次々と送られる温かなメッセージに、ジーンと胸が温かくなる。
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