第8話 皆まとめて婚約破棄?
周囲から注がれる、好奇心むき出しの視線をものともせず散々いちゃついていた彼らは、シルヴィアーナたちを見つけると一直線にこちらへ向かって歩いてきた。
「……皆様、ついにここへと来られますわよ」
「あら、いやだ。見つかってしまいましたのね」
「わたくし、切実にお相手したくありませんわ……絶対に面倒なことになりますもの」
「同感ですわ、ダフネ様」
四人の令嬢がいくら嫌がろうとも、彼らの歩みが止まることはない。
ランシェル王子達の進む方向にいた紳士淑女の面々は、巻き添えを食っては堪らないとばかりにそそくさと道を開けていく。
そのため、あっという間に目の前まで来られてしまった。
「シルヴィアーナ嬢、話がある」
先ほどまでサリーナに向けていた蕩けるような甘い声と優しい笑顔は影を潜め、厳しい表情で挨拶もなしにいきなり切り出してきたランシェル王子。
豹変した王子に臆することなく、シルヴィアーナは微笑みを浮かべながら王族に対する型通りのカーテシーを完璧にこなしてみせた。
「ごきげんよう、殿下。お久しぶりにございます。お話でしたら、ランスフォード公爵にお願いして別室を用意していただきましょう。そちらで承りますわ」
今宵のパーティーには外国からの招待客も多く来ている。この国に仕える臣下の一員として、できる限り醜聞から王子達を遠ざけなくてはならない。
事前にランスフォード公爵にも話を通し、いざという時には協力してくれるようにと頼んであった。
「いや、その必要はない」
だが、シルヴィアーナの気遣いはあっさりと無視された。王子は、その場で話を続ける気でいるらしい。
サリーナの華奢な肩を優しく引き寄せると、己の婚約者をキッと睨みながら高らかに宣言する。
「シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢! 今、ここで……」
「あっ、殿下……お待ちになっ……」
「黙れ! 貴女との婚約を解消する!」
シルヴィアーナが再度、止めようとするのを遮り、そう言いきってしまった。
「今まで散々、サリーナ嬢を寄って集っていじめるように指示していたのだろう? 身分を振りかざして弱い立場の彼女を傷つけたこと、いくら貴女でも許しがたい」
続けて彼女を糾弾する言葉を並べ立てる。
勿論、これで終わりということはなく、後ろ側に控えていた側近たちに意味ありげな視線を送ってみせた。
その視線に、心得たように頷いた彼らは一歩前に出てそれぞれの婚約者に向き直った。
順に自らの婚約者の前に移動し、こちらも宣言する気満々である。
まず、宰相の息子でランシェル王子の右腕的存在でもあるリアン・ブラッドリー公爵令息が口火を切った。
「非常に残念だよ、ダフネ嬢」
「お待ちになって、リアン様。ここは皆様が楽しまれている場ですのよ、差し障りがございます。せめて場所を移しましょう?」
「いいや、待たない。私はね、ひとりのか弱い令嬢を貶めるという卑劣な真似を君は……君だけはしないと思っていた。サリーナから直接、真実を聞かされるまでは」
「リアン様……それはっ……」
「私もここで宣言しよう。ダフネ・マリー侯爵令嬢、私は、貴女との婚約を解消する!」
彼もダフネが何か言う隙を与えず、最後まで言い切ってしまった。
続けて間髪いれずに将軍の息子でもあるクレイグ・バラミス侯爵令息も宣言する。
「ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢、貴女との婚約を解消する!」
「クレイブ様、貴方様もその方の虚偽の言葉を信じてしまわれたのですか?」
自分の前にやって来て勝手なことを言う婚約者をキッと睨んだ。
「……あ、当たり前だろう? それに彼女の言葉に虚偽などないっ。貴女には心当たりがあるはずだ」
立派な体格をしている癖にルイーザの迫力にビビり、いつも纏っている威圧感を半減させながらも果敢に反論する。
「心当たりなど……わたくし、非常識な言動を繰り返されては彼女のためにならないと、ご忠告申し上げただけですわ」
「……つまり、彼女を泣かせたことを少しでも後悔する気持ちはないんだな? サリーナの言った通り冷たい女だよ、君は」
聞く耳を持たず、苦々しげに切り捨てるクレイブ。
最後は魔法省長官の息子でもあるジョナス・ハーバー伯爵令息。じっと婚約者を見つめた後、ため息をつきながら告げる。
「本当はこんなこと言いたくなかったんだよ、アンジュリーナ嬢。君を信じてたんです」
「……ジョナス様。わたくしは……」
「アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、僕も貴女との婚約をこの場で解消したいと思います」
こうして殿下に続けとばかりに、次々と婚約破棄を宣言してしまった側近達。
((((……と、止められませんでしたわ……))))
王子達の理性を少しは期待したのが間違いだった。まさか本当に公衆の面前で婚約破棄してしまうとは……。
想定していた中で一番最悪の、言い逃れの出来ない状況である。
普通はこんな風に、婚約者がいるのにみんな揃ってひとりの女に執着しています、だなんてみっともないことを堂々と吹聴したりしないものだ。
社会的に抹殺されることも厭わないというのか、それとも熱に浮かされて何も考えていないのか……?
後者だろうな、と四人の令嬢達は各々の婚約者の顔を見て思った。
何故なら……頭が痛いことに、「ついに言ってやった!」みたいなどや顔をしてこちらを見ているのだから。
――もう本当、救いようがない。
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