第4話 主賓登場



「そうですわね、ルイーザ様。ここまで来ましたら、覚悟を決めるしかないですわね」


「ええ、わたくしたちの中ではアンジェリーナ様が一番、被害を受けておられますし、辛いお気持ちは分かりますが、気をしっかり持ってくださいませ。ちなみにわたくしはもう、見限りました」


「わたくしもです。信じたいと思う時期は、とうに過ぎてしまって……。ですが、あの方々の婚約者である以上、まだこの煩わしさが続くと思うと、ぼやきたくもなりますわ」


 ため息混じりに呟かれたダフネの言葉に、ここにいる四人全員が賛同するように頷く。


 婚約と言う家同士の大切な契約を軽視し、真実の愛に目覚めただの、恋愛は自由だなどとふざけたことを宣い、堂々とサリーナに群がる姿を見せつけられるのは不愉快だった。


 そもそも、婚約者を蔑ろにする殿方に、寛容になれる令嬢などいないだろうが……。


 それでも婚約者としての義務感から、突如として社交界に現れた、のような女性に吸い寄せられる婚約者達を諫めもしたし、引き止める努力もしてきたのである。例えそのことで、より鬱陶しがられ、関係が悪化するのが分かっていたとしてもだ。




「皆様のお気持ちはこのシルヴィアーナ、よく分かりましてよ。わたくしたちはあの方々の婚約者として、とても努力したと思いますもの。ですが、その努力が今夜、無駄になりそうなことは先程お話しした通りですわ」


 令嬢たちもそれぞれ手のものを使って、婚約者と浮気相手のサリーナの身辺調査をさせていたのだが、その中でもシルヴィアーナが雇った密偵が手に入れてきた最新の情報は、出来るなら信じたくない類のものだった。


「あの情報をいただいた時には、本当に驚きました。その場限りの軽口だと思いたいところですが」


「分かりますわ。まさかあのような計画を立てているとは……信じられません。おそらく、あの令嬢に良い格好を見せたいがため、なのでしょうけれど」


「ええ、本当に。殿方たちの胸の内一つですが……どのような結末になるのかは、この夜会が終わる頃には分かることでしょう」


 巻き込まれるのを避けられない。でも、出来るだけ被害は小さくしたいものだ。


「この期に及んでも、まだ、幼馴染みとしての情が捨てきれないわたくしは……弱いですわね」


「アンジェリーナ様のお優しさを否定するつもりはありませんわ。ですが彼らは本来、この国の中核を担う立場の方なのです。夢ではなく、現実を見ていただかなくては」


「シルヴィアーナ様のおっしゃる通りですわ。これ以上の手助けは殿方のためにもよくありません」


「……そう、ですわね」


 悲しげに目を伏せると、アンジェリーナは少し考えてからこう言った。


「では、わたくしは彼が熱に浮かされて、例の計画を行動に移さないことを祈っておりますわ」


「ええ。わたくし達のためにも、是非そうなって欲しいですわね」


「はい、ルイーザ様」


 アンジェリーナに、僅かだが笑顔が戻った。同じ立場で話し合ったことで、気持ちが落ち着いたようだ。


「それにほら、噂をすればあちらに。お見えになられたようですわよ」


 一人の令嬢が、スッと扇で指す方向に全員で目をやると、パーティー会場の入り口付近が騒がしくなっているのが見えた。



 ――この日の主賓の登場だった。



 王弟であるランスフォード公爵が主催するパーティーの主賓は、ランシェル・ハワード第一王子。


 ゴールデンパールを溶かし込んだかような美しく艶めく金髪と、まるでサファイアのように神秘的な輝きを放つ深みのある紺青の瞳。

 黒地に細かな金銀の刺繍が施された軍服風の夜会服は、細身ながら均整のとれた長身を優美に包んでいた。


 ただ立っているだけでも人目を引く強烈な存在感は、一国の王子としてふさわしい。


 王家の特徴が色濃く出た美貌の王子の登場に、陶然と見惚れる令嬢達が続出した。


「なんて素敵なの。このパーティーに来て良かったですわっ」


「ええ、こうした機会でないと間近でお目にかかれませんものね!」


「側近の方々もタイプの違う美形で素敵ね。婚約者の方がうらやましいわ」


 と、令嬢達がはしゃいでいる傍で貴婦人達も色めき立つ。


「近頃は益々、陛下のお若い頃に似てこられて。わたくし、年甲斐もなくときめいてしまいそうですわ」


「ホホホッ、子爵夫人ったら。お気持ちは良く分かりますけれど」


「……これで邪魔なお荷物がいなければ、もっとよろしいのにと思ってしまうのはわたくしだけかしら?」


「いいえ。勿論、皆様そう思っていらしてよ」


「やはり例の噂通り、エスコートはあの女を……」


「ええ。本当に目障りですわ、あの令嬢」



 女性陣の熱い視線を集めている彼が同伴してきたのは、三人の令息と一人の小柄で愛らしい雰囲気の令嬢だった。


 三人の令息はランシェル第一王子の側近で、王子の右後ろに控えているのが宰相の息子でもあるリアン・ブラッドリー公爵令息。側近達の中では殿下の右腕的存在だ。

 男性にしては少し長く伸ばされたストレートの蒼髪が特徴的な優男風の青年で、ダフネ・マリー侯爵令嬢の婚約者でもある。


 その隣を歩いているのがアンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢の婚約者で、魔法省長官の息子でもあるジョナス・ハーバー伯爵令息。

 内包魔力が多く、コントロールにはまだ難があるものの、稀少な複数属性の使い手として将来有望だと言われている若者でもある。


 そして最後尾で鋭い視線を放っている大柄な青年が、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢の婚約者で、将軍の息子でもあるクレイグ・バラミス侯爵令息。

 騎士として鍛え上げられた立派な体の持ち主で、剣の腕も確かだということだ。ランシェル王子の警護も任されているらしい。



 いずれ劣らぬ美青年揃いなため、彼らが一堂に会するととても華やかである。


 それに今は、愛するサリーナのそば近くに侍れているのがよほど嬉しいのか、無駄にその美が輝いていた。

 幸せオーラ全快の彼らの周りだけ、背景もキラキラして花でも飛んでいるように見える。


 それぞれの婚約者のエスコートは直前でキャンセルするという暴挙に出たくせに、堂々としたものだ。




「はぁ、呆れましたこと」


「ええ、本当ですわね。ですがこれくらい、予想通りですわよ……」


「……言ってて悲しくなりますわね」


 覚悟をしていたとはいえ、間近で見る羽目になったシルヴィアーナたちの目からは、完全に光が消えたのだった……。





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