第5話 花の妖精
そして、エスコートする王子の腕に絡みつくようにして身を寄せ、熱心に何かを話しかけている令嬢……。
彼女こそが、その素行の悪さから、影で
両手に花どころか、ランシェル王子以外に三人もの麗しい青年貴族を従え、ニコニコと微笑みを振り撒いている。
彼女が何か話すたびに好ましげに微笑んで聞いてくれる王子達を侍らせ、実に楽しそうだ。
フワフワとした柔らかそうな髪と大きな瞳は、共にピンクゴールド。
この国ではあまり見かけない、珍しい色彩だ。手折れそうなほど細い首や華奢な体つきは、一見して異性の庇護欲を掻き立てるような可憐さがあった。
サリーナは年若い令嬢らしく、身を飾ることが大好きらしい。一度袖を通したドレスは着たくないのか、それとも毎回、社交場へいく度に新しいものを纏えるくらいの衣装持ちなのか……いつ見ても真新しいドレス一式を身につけているのだと言う。それだけ彼女に貢ぐ男が多いのだろうともっぱらの噂である。
そんな彼女の今宵の装いは、ピンクダイヤモンドをメインに使った草花モチーフの装身具と、沢山の小花がちりばめられた、甘い雰囲気のピンクのプリンセスドレス。
オフショルダーなため、華奢なデコルテや、ふっくらと豊かに盛り上がった双丘を強調するデザインとなっており、守ってあげたくなるような愛くるしい顔立ちとも合わさって、アンバランスな魅力を放っていた。
――苦言を呈していた会場内の殿方達も、存在感を主張するあまやかな胸元には完敗のようで、引き寄せられるかのように熱い視線を向けている。
それに対して女性陣の方は冷静に、子爵令嬢にしては豪華過ぎるほどの、まるで一国の王女のような装いに注目していた。さて、今回はどこの誰にねだって貢がせたドレスなのだろうか、と。
会場中の視線を独り占めできていることを敏感に感じ取ったサリーナは、一瞬、優越感に満ちた顔をしたものだ。感嘆や羨望の眼差しを向けられているものだと信じて……。
――自分が貴族令嬢としてではなく、まるで商売女に向けるような視線を送られ値踏みされているなんて、まるで気づけなかったのである。
そして高揚した気分のまま、サリーナ自ら王子との親密さをアピールするため動く。自分達の会話がはっきりと周りの貴族達に聞こえるようにと計算しながら、ランシェルに語りかけた。
「うふふふっ、綺麗……」
大粒のピンクダイヤモンドがあしらわれた豪華な首飾りを指先でスルリと撫で、感嘆の声をあげながらうっとりと微笑む。
「気に入ってくれたかい?」
「ええ、とっても! キラキラと光を反射してて可愛いですよね。ほらぁ、ランシェルさまもっ。もっと近くでご覧になってみてくださいな?」
首飾りを見せる振りをしながら、ランシェル王子の気を引くために、彼の腕へと大きな胸を密着させるサリーナ。
上目遣いに見つめられながら、たっぷりとした重みをムギュっと押し付けられた王子の目が大きく泳ぐ。
「あ、ああ。とても……綺麗だ……」
「ふふふっ、きれいですよねぇ。この、ピンクダイヤモンド?」
王子の動揺に全く気づかないふりをして、無邪気にはしゃいでみせた。
「あぁ。そ、そうだな。だがサリーナ、私は……」
「え? なんですか? きれいじゃないですか?」
「いや、違う。ただ私は……稀少な宝石よりもずっとサリーナ、君の方が綺麗で……可愛いと言いたかったんだ」
「えぇっ!? わ、わたしが……ですか? もう、ランシェルさまったらっ。それはさすがに褒めすぎですよ?」
「そんなことない。私の贈ったドレスを纏った君は、まるで花の妖精のようだよ」
「そんな、妖精だなんて」
ポポポッと頬を染め、はにかみながらも鈴を転がすような声で嬉しそうに答えるサリーナは、影で
王子の例えも見た目だけならあながち間違っていない……のかもしれないと錯覚しそうになるほどには……。
「やだっ、王子様ったらお上手なんですから! でも花の妖精さんなら、サリーナも会ってみたいです!」
「……会わせてあげようか?」
「え、うそぉ。本当に? 見てみたいわ!」
「ああ、いいよ。ではサリーナ、私の瞳の中を覗いてみてごらん」
「え、ランシェルさまの瞳を?」
「そうだよ。私が会った花の妖精に会わせてあげる」
彼女のおねだりに、ランシェルは少し屈んで目線を合わせてやる。
「わ、分かりました。こう、かな?」
二人の距離を互いの息がかかりそうなくらいグッと近づけてみせると、言われた通り、間近にある王子の瞳をキラキラした目をして覗き込むサリーナ。
「フッ、見えただろう?」
「……う~ん?」
「私の瞳に映る君の姿がそうさ」
「なっ、なんっ、何を言って!? やだもう、王子様ったらバカバカバカッ。サリーナ、本気にしちゃったじゃないですかぁ!」
「あははっ。でも、可愛い子がいただろう? 嘘は言っていないよ」
――ここだけ切り取って聞いていると、ただのバカップルのようなやり取りである。
砂糖を吐きそうなほどの甘い二人の会話は周囲の貴族達に丸聞こえで、それは当然、この人達にも……。
「……わたくしたち、一体何を見せられているのでしょうか?」
「ルイーザ様……これでは恋人……のようですわよね?」
「ええ、婚約者がいらっしゃる方のお振る舞いとは思えません。例えるなら、砂糖漬けのフルーツにたっぷりのクリームを乗せて、蜂蜜とチョコレートをこれでもかと垂らしたくらいの甘ったるさ……胸焼けしそうですわ」
「わたくしは寒気が致しました……」
「分かりますわ。別々に対峙した時の御お二人と、今のお二人は別人のようですものね……正直、気持ち悪いです」
「それに、相変わらず殿下のこともファーストネームで呼ばれて……不敬ですわ」
身分が全ての貴族社会で、下位階級の彼女が王族である彼の名を直接呼ぶのは不敬とされ、本来なら許されないこと。たとえ本人が許していたとしても、礼儀として公の場では呼ばないものなのだ。
「確かに。余りにも平然と呼んでいらっしゃるから、うっかり聞き逃しそうでしたけれども。婚約者のシルヴィアーナ様でさえ、御名をお呼びするのは控えていらっしゃるというのに、どういうおつもりかしら……」
――令嬢達の四人が眉を潜めて苦言を呈している間も、二人の甘い会話は続く。
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