第3話 令嬢たち



「……これは王家のご意向では無い、ですわよね?」


「まさか、あり得ませんわ。強力な能力者に対して粗雑な扱いなど、陛下がお許しになるとは思えません」


 その疑惑に首を振って、即座に否定する。


「そう、ですわよね。国益を損ねますものね」


「勿論ですわ。当然、第一王子殿下もそのご意向は承知されているはず……なのですが」


 そこで一旦、言葉を切ると悩ましげな顔になった。


「エスコートすらされない、となると怪しいですわねぇ」


「ええ。今宵は、どうなるのかしら」


「……荒れるかもしれません、わね」


 貴婦人達は扇の影で、悩ましげに溜め息をついたのだった。




 そんな外のざわめきに、会場の中にいた人々も気がついたようだ。


 何に騒いでいるのかと気にする素振りをみせ、詳しい情報を得ようとチラチラと視線を入口へ向ける。社交界では話題に乗り遅れないことも、重要なのだ。


 人伝にどうやら、エスコート無しで来た者達がいるらしいと伝わると、娯楽に飢えた紳士淑女の好奇心が刺激されたようだった。


 その集団は誰なのかと益々気になって、ひそひそと面白おかしく陰口を交わしながら待っていたのだが……。




 主催者であるランスフォード公爵夫妻に挨拶を交わしてからこちらに歩いてきたその令嬢たちの顔を見て、紳士たちは皆、一様に納得した表情になった。


 彼女たちが来たくて一人で来たわけではないのだと、分かったからである。


「ふむ。とうとう、殿下まで。これは問題ですな」


「左様、左様。ここまで婚約者をないがしろになさるとは、いけません」


「側近の方々まで一緒になってエスコートをすっぽかされるとはねぇ? そこまで、夢中になられているということか。由々しき事態ですなぁ」


「これは、パートナーを同伴されなかったご令嬢方を攻められませんね」


「当然ですよ。むしろ、被害者と言えるでしょう。全く、あのの、どこがいいんだか。まぁ確かに、女らしい体つきはしているが」


「くくくっ、立派なものを持っておりますからねぇ。相当、ご執心なようですよ」


「ええい、笑い事ではないわ。本来、殿下をお諌めすべき立場の高位貴族の令息達までが、揃ってバカをやっておるとは……情けない」


「全くです。若気の至りとは言え、困ったものですねぇ」


 しかし、その彼らもまさか、話題に上がった愚かな者達のせいで、今まさに予断を許さない事態に陥っていることまでは、気づいていなかったのである。


 そして彼女達が笑顔の裏で、今後の人生を左右するような、深刻な会話を密やかに交わしていたことも。


 貴族なら、この状況に至る過程の情報を集めて大体は把握しているだろうが、それでも今夜の狂騒までは、推察できなかったらしい……。




 今宵の主催であるランスフォード公爵夫妻への挨拶を済ませ、人々の好奇の目に晒されながらパーティー会場に入った四人の令嬢達。


「いよいよですわね、シルヴィアーナ様」


 下僕から差し出された飲み物を受け取りながら、小声で話しかけてきたのは、ダフネ・マリー侯爵令嬢。シルヴィアーナの一番の親友である。


 彼女は絹のような光沢の豊かに波打つ黒髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳が美しい、四人の中で一番小柄な令嬢だった。公式の場ではあまり表情を動かさないことと、整った美貌が相まって人形のような印象を与える、肉感的な美少女だ。

 瞳と同系色の大人っぽいドレスと、大粒の真珠のアクセサリーがよく似合っている。




「ええ、とうとうこの日が来てしまいましたわね、ダフネ様」


 それを受けてポツリとこぼしたのは、社交界の華と呼ばれるにふさわしい容姿の、シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢。


 彼女を見て美しいと思わない人はいないだろう。


 月の雫を集めたかのような銀の髪に、涼やかな紫水晶の瞳という寒色系の色彩と、右目の下にある泣きボクロが妖艶な雰囲気を醸し出しており、年齢以上に大人っぽく見える令嬢だ。


 細身ながらも沢山のドレープが幾重にも施された白銀のドレスは、金糸で優美な刺繍が施されて優美だった。




 この日の夜会でシルヴィアーナに同伴したのは、とある理由から意気投合し、仲の良い友人になった令嬢達……ダフネ・マリー侯爵令嬢、アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢の三人。


 夜会への出発直前に、揃って己のパートナー達から同伴をキャンセルされるという仕打ちを受けたために、単身で出席する羽目になり、場の注目を一身に浴びてしまった女性達でもあった。


 当然ながら、婚約者に恥をかかされたシルヴィアーナたちの怒りのボルテージは、現実進行形で上昇しっぱなしである。


 周囲の人々がさりげなさを装いながらも、興味津々に彼女達の会話に耳を澄ませているであろう状況を考慮し、淑女らしく笑顔の仮面を張り付けながら、注意深く言葉を交わす。




「はぁ。わたくし、憂鬱ですわ」


 二人の会話を聞いて、さりげなく広げた扇で顔を隠しながら溜息をついたのは、アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢。艶やかな栗色の髪にガーネットの瞳を持つ、優しげな雰囲気の令嬢である。


 胸元のスパンコール付きの刺繍が印象的なラベンダー色のドレスは、白いレースの透かし模様がついていて、甘い雰囲気の彼女にぴったりだった。



 アンジュリーナは、婚約者と彼が執着するサリーナからの理不尽極まりない被害に直接あっていて、このところすっかり投げやりになっていたので、友人達は心配し、心を痛めていた。


 そもそもの発端は、社交界にデビューしたばかりの頃のサリーナと不幸にも対面する機会があり、まだ彼女の本性が知れ渡っていなかったこともあって迂闊に言葉を交わしてしまったことにある。


 貴族社会にもの慣れない様子を見兼ね、心優しい彼女は放っておけずに、親切心からあれこれと助言してしまったらしい。


 しかし、それをいじめと逆恨みされたようで、以後、会うたびに一方的に絡んできては勝手に泣きだすサリーナを婚約者が庇い、彼女を責めるという面倒くさい負のループを繰り返していたのだ。気鬱にもなるというもの。




「しっかりなさって、アンジュリーナ様。きっと今日でもう、この煩わしさから解放されますことよ」


 そんな友人を励ましているのは、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢。彼女もまた、美しい令嬢だった。


 ルビーのような光沢のある髪に、強い輝きを放つ大きなエメラルドの瞳が印象的で、辺境地を治める家に相応しい意思の強さを持っていた。ちなみに、四人の中では一番背が高い。


 ヴァレンチノ辺境伯領は宝石の産出地でもある。髪飾りやネックレス、イヤリングやブレスレットなどの装身具は全て、彼女の髪色に合わせて選ばれたと思われる大粒のルビーだった。


 今宵のドレスがシンプルなデザインだからこそ、年若い令嬢が重ね付けしても上品に纏まっている。





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