第2話 毒花



「でも、おかしくはありませんこと? お一人だけならともかく、四人ものお嬢さん全員が揃ってパートナーを用意出来ない、だなんて変ですわよ。そう思われません?」


「……それもそうですわねぇ。何か、特別な意図でもおありなのかしら?」


 もしかして、これは作為的なものなのだろうか。面白半分に様子を窺っていた貴婦人達は、裏があるのかと考え込んだ。


「さぁ、どうなのでしょう。せっかくの夜会ですもの、大事ではないと思いたいのですが……どちらの御家のご令嬢方なの?」


「ここからではまだよくお顔が見えませんわ」


 好奇心が抑えきれず、ソワソワしながら首を長くして待つ貴婦人達。


 そうしてようやく、彼女達の容姿がはっきりと見える距離になった途端、思わず目を見開いた。




「まぁ、皆様ご覧になってっ。あの方、バーリエット公爵令嬢ではございませんこと!?」


 いち早く確認した貴婦人が、興奮したように言う。


「シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢? 第一王子殿下のご婚約者の!?」


「ええ、間違いありませんわっ」


「それに、お隣にいらっしゃるのはダフネ・マリー侯爵令嬢ですわ。アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢まで!」


 言わずと知れた、そうそうたる高位貴族のご令嬢方である。その彼女が単身で出席するという、あり得ない事実に顔色を変えた。


 パートナーとなるべき婚約者たちは勿論、ランシェル・ハワード第一王子殿下を筆頭に、その側近となるべく育てられた優秀な高位貴族の青年達で、王子にいたっては今夜の主賓でもある。事前の連絡もなしに欠席する筈がない。


 と言うことはつまり、彼らが揃って姿を見せない理由は……。


 貴婦人達はこの件に関して、一つ答えを導きだした。令嬢達が現在進行形で巻き込まれている厄介な問題がいよいよ表面化し、隠しきれなくなってきたのではないかと。


「……これは、やはりそういうことなのかしら?」


「ええ、そうね。あの突然変異の令嬢が原因かと……」


「ああ、例の子爵令嬢ですわね。とっても庶民的だという?」


 このところ社交界で、よく話題に上がるようになった、ボートン子爵令嬢サリーナ。


 彼女は悪い意味で、貴婦人たちの話題を独占している令嬢だった。




「実際に、二年前まではその庶民の娘さんだった訳ですけれど、あのはいつまでたっても貴族令嬢らしいお振る舞いが身に付かないようね」


「庶民的なお生まれのせいか、随分と時間がかかりますこと。余程、物覚えがお悪いのかしら。お気の毒なことね、クスッ」



 母親はボートン子爵家のメイドで、サリーナを身籠った際に正妻に見つかり屋敷から追い出された。


 その後は母娘二人、下町で暮らしていたそうだ。


 だがその母親が二年前に亡くなり、身寄りのなかった彼女を子爵家が引き取ることになったらしい。


 しかし、引き取られてから随分経つのに、サリーナには教養や品格、社交性など、淑女に必要とされる知識が何一つ身に付いていなかった。


 しかも彼女にはある悪癖があり、その事が令嬢や貴婦人達を苛つかせていたのである。



「ホホホッ、奥様ったら。庶民的だけで済めばよろしいのですけれど、あのさんは、ねぇ?」


「ええ、とっても男癖がお悪いのよね」


「噂では最近、彼女を廻って、決闘騒ぎを起こした方までいらっしゃったとか?」


「……その噂、どうやら本当のようですわよ」


 チラリと視線を走らせ、辺りを憚るように声を落とした。


「詳しくは言えませんけれど、お気の毒なことです。当事者の御家が上手く対応されたようで表沙汰にはなっておりませんが……」


「まあ、そうだったんですの」


 当時、サロンで流れた生々しい噂を思い出し、貴婦人たちは神妙な顔になった。



「行く先々で騒ぎを起こしておられますものね。出禁にしたいサロンが殆どでしょう」


「ええ。でもねぇ。現実的には高位の貴族家でない限り難しいと思いますわ」


 忌々しそうにため息をつく。そうしたくとも出来ない理由があるのだ。


「伯爵家、侯爵家のご令息までが、いつの間にかあのさんの言いなりですものね。殿方達も情けないこと。あんな小娘ひとりにいいように扱われて」


「全くですわ。甘い罠に対する対策も学んでおられるでしょうに、簡単に骨抜きにされてしまって……」


「ええ、わたくしも見ましたわっ。実際にこの目で見るまでは信じられませんでしたが、まさか噂以上だとは。彼女に従う殿方の多いことにも、びっくり致しました」


「初めてご覧になった方は皆様、そうおっしゃいますわ」


 信じられない気持ちはよく分かると言うように頷く。


「特に悪辣なのが、お相手のいる殿方を奪い取ることに優越感を感じているらしいことです。わたくしの知り合いのお嬢さんも、婚約者があのに……可哀想でなりません」


「まあ、そうだったんですの。何て、お気の毒な」



 ――そうなのだ。



 お相手に婚約者がいようがお構い無しの傍若無人ぶりで、その中でも特に若くて容姿の優れた青年達ばかりを狙っては取り巻きに加えている。


 婚姻前の貴族令嬢としてはあり得ないこと……。


 勿論、恋人や婚約者を奪われた令嬢達やその親達からは、相当に怒りを買っていた。



「何とかならないものかしらねぇ?」


「およしなさいな。夫人もよくご存じでしょう? 下手にあのお嬢さんに関わればこちらが悪者にされてしまいますわよ。彼女第一主義の取り巻きの方々にね」


「ええ、分かっておりますわ。でも、知人の無念を思いますとつい、考えてしまうんですの」


「お気持ちは、よく分かりましてよ」


 悔しそうに扇を握った手に力を込めた夫人の背をさすり、そっと慰めの言葉を掛ける。


「……ここだけの話ですが、誑かされたご子息を貴族籍から抜いた御家もあるそうですわ。ほら、ここ最近、上位貴族の御家も騒がしくなっておりますでしょう?」


「まさか……あれに全部、彼女が関わっていると?」



 確かにそんな噂は流れていた。


 それに、病や資質を理由に後継を変更する家がやけに多いとは思っていたが、そういうことだったのか。


 すぐにいくつかの家を思い浮かべることが出来てしまい、眉をひそめる貴婦人達。


「……確かに愛らしい見目はしておられますが、特別に優れていると言う風には感じませんのにね」


 政略が絡んだ婚約を解消し、平民落ちするという危険を犯してまで強く惹かれるものなのかと首を捻った。


「わたくしもそう思いますけれど。どうやら殿方はそれでも望まれるようなのです」


「理解し難いですわよねぇ。それにしても第一王子殿下にまで手を出そうとは。予想外でしたわ」


「……やはり今夜、婚約者のバーリエット公爵令嬢をエスコートされなかったのは、さんと一緒に出席なさるためなのでしょうか」


「ええ、そうに違いありません。夫人も最近の噂はご存じでしょう? 多分、側近の方々も」


「まぁ、何てこと。家柄も容姿も教養も申し分なく、非の打ち所のないご令嬢方ですのに。お気の毒だわ」


「ましてや、シルヴィアーナ様は聖女と称されるほどの、治癒魔法の使い手でもあらせられますのにね」


 彼女達の姿を痛ましげに見ていた貴族婦人の一人が、扇で口元を隠し、さらに声を抑えてささやく。





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