第30話 四倍返し



 と言うのも、一時ほどではないにしろ、魔力が吸いとられる苦痛にまだ、喘いでいるからだ。


 つまり、表面上は目に見える変化がなくとも生命力は奪われ続けており、老化の進行も完全には止まっていないと思われる。じわり、じわりと進んでいるのだろう。


「うぅっ。はぁ、はぁあっ、あぅ……助けて……」


 話せるまでになった途端、サリーナはこの中で唯一、解決法を知っていそうなランドルフを縋るように見つめて懇願する。


「助けて、ランドルフ様……わたしまだ、死にたくないの。何でもするからぁ。だから、サリーナを助けてよぉ……お願い!」


 痛々しい姿の彼女を見ていられず、ジョナスも一縷の望みを託し、プライドを捨てて叫ぶ。


「ランドルフ、僕からも頼みますっ。君なら何とか出来るのでしょう? どうか彼女を助けてあげてください!」


「ふむ……まぁ、他でもないジョナス殿の頼みですしね。いいでしょう」


「おぉっ、本当ですか! では今すぐ……」


「その前に言うことがありますわよね?」


「アンジュリーナ嬢?」


 色よい返事に勢い込むジョナスだったが、アンジュリーナに言葉を遮られて苛立った視線を向ける。だが彼女もここで譲るつもりはなかった。


 サリーナを冷たく見つめながら言う。


「ボートン子爵令嬢、貴女には殿下やジョナス殿、その他諸々の殿方に、魅了魔法を使って彼らの精神を操っていた疑いがかかっています。己の罪を認めますか?」


「え……な、なんのこと。サリーナ、よく分からないと言うか……?」


 この期に及んでもまだ言い逃れしようというのか、目を泳がせ言い淀む。


「……悠長に迷っている時間はないと思いますわよ? を装着した後、術が破れた反動があなたに今、どう影響しているのか……本当に理解していまして?」


「え?」


 彼女はまだ、知らないのだ。生命力を吸い取られる以上に、サリーナにとっては衝撃的であろう事実を……。



 ――自分の容姿が急激に萎びて、老け込んでしまっていることを。



 先程まで術の反動が酷く苦しんでいたため、周りの会話は耳に入ってこない状態だったのだから仕方ないのかもしれないが……。




 ポカンとする彼女に、今度はランドルフが丁寧に詳細を教えてやった。


「君のご自慢だった容姿が大分と変化したんだ。そうだな……分かりやすく言うと、一気に干からび、目に見えて老け込んだんだよ」


「う、嘘!? わ、わたしの顔が、醜くなっているですって!?」


 告げられた内容に激しい衝撃を受け、絶叫するサリーナ。


 若くて可愛らしい容姿は彼女の自慢で、自分の思い通りに男達を操るための一番の武器だ。それが損なわれていると言うのか……?



(嘘よ! 嘘、嘘っ、嘘嘘嘘嘘! そんなの信じない!! 反動があるなんて知らないっ。一言も聞いてないわ!)



 もしかして自分は手をとんでもないものに手を染めていたのか……?


 恐ろしくなってきたサリーナは、両手で体を掻き抱いた。




「若いお嬢さんにはお気の毒なことですが……嘘ではありませんよ。嘘だったら良かったのにねぇ?」


 魅了返しの魔道具が発動したことで、四人全員に魅了を使っていたことがこれで証明されたと言われた。


「あぁ……」


「魅了返しの魔道具をつけたのは、貴女を除くと四人。四人分の術の反動ですからね。倍返しどころか、四倍返しといったところでしょうか?」


 容赦なく告げられる現実。


 女性にとって一番、キラキラと輝かしく美しい時期が、一瞬で消えてしまった。


「そ、そんな……」


「奪い取られる生命力も、四倍速で貴女を襲うことになります。このまま老化が進行すれば、行き着く先は醜く干からびた老婆の姿といったところでしょうか……?」


「な、なんですって? 嘘でしょ!?」


 なによりも大切な自分の自慢の顔がそこまで損なわれるとは信じたくない。


 今の容姿がどうなっているのか気が気じゃなくて、震えの止まらない両手でペタペタと触っては確かめようとする。


 掌から伝わる感覚は残酷だった。瑞々しかった肌がかさついているのが分かる。滑らかだった皮膚も凸凹している……ような?




「まぁ貴女、それではよく分からないでしょう? ご自分の目で確かめてみますか?」


 そう言って、ドレスの隠しポケットから小さな鏡を取り出してみせるアンジュリーナ。


「早くっ、早くそれを寄越しなさいよ!」


 サリーナは差し出された鏡を、引ったくるようにして奪い取る。


 バクバクと煩いくらいに心臓が波打ち、呼吸がしづらくなるほど喉がヒクヒクと痙攣している。鏡を持つ手の震えが止まらない。


 それでも、確かめないわけにはいかなかった。恐る恐る鏡の中を覗き込む。


「……だれ、これ?」


 まさか、ここまで容姿が変わっているとは思いもしなかったのだろう。


「あぁ……うそ……」


 何かのまちがいじゃないのかと、指先が白くなるまでは鏡を握りしめ、食い入るように見つめても、鏡の中から見返してくる顔の醜さは変わらない。


「ま、まさか、これがわたし……だというの? 嘘、でしょ……こんなのわたしじゃないっ、わたしじゃないわ!! いやぁ――!?」


 アンジュリーナが渡した鏡を思いっきり床に投げ捨てて叩き割り、絶叫する。


 そんな彼女を痛ましそうに見つめるジョナスたち。




 しかし、アンジュリーナの心にはもはや、彼女に対する同情の気持ちなど一切なかった。


 今回、集団で婚約破棄された四人の令嬢達の中で、彼女が一番、サリーナからの陰湿な被害にあっていたからである。


「ボートン子爵令嬢、信じたくないのも無理はありませんけれど、それが今の貴女のお姿なのよ」


「あ」


「人のものを奪うのが大好きな、醜い心を持つ貴女にピッタリですわね?」


「……っ」


 惨めな姿になったサリーナを、見下すように見てくるアンジュリーナ。





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