第41話 自覚
「間に合って良かったですわ」
「え? なんなのっ。何を言っているのか分からないわ!?」
淡々と話を進めるダフネに主導権を握られっぱなしなのが気に入らないサリーナは、イライラして怒鳴った。
最早、貴族令嬢としての品位など欠片もないが、ダフネの方は平然とした態度を崩さない。
ただ、ずっと喚き散らされているので、さすがに鬱陶しくなってきたらしい。形の良い眉を僅かに潜めて苦言を呈した。
「うるさいですわ」
「なっ!?」
「そんなに大声を出さなくとも聞こえておりますわよ。それよりもあちらをご覧になったらいかが?」
再び声を荒げようとしたが、冷徹な雰囲気を漂わせ始めた彼女の様子に不安を感じたようで、渋々黙った。
そして言われた通り、釈然としない気持ちのままダフネの視線の先を追ったザリーナは、その光景をみて目を見開いた。
「ひぃっ」
思わず、押さえきれない悲鳴が口から漏れてしまう。
何故なら、剣帯して武装している複数の騎士の姿が目に飛び込んできたからだ。
嫌な予感に、さすがの彼女も冷や汗が流れた。
(うそっ!? まさかこのわたしを捕まえに来たというの!?)
禁忌の罪を犯したという自覚が薄い彼女は、続々と入ってくる騎士の姿に唖然とした。
そして、ここまで来てようやく自分自身に危機が迫っていることをハッキリと自覚したのだった。
(どうしよう……どうすればいいの!?)
青くなって震えながら必死に助かる方法を考える。
当初、何かまずい事が起こった場合、彼女は帽子屋さんと一緒にさっさと隣国に逃げるつもりでいた。
大胆に振る舞えたのも、たとえ失敗しても別の国でいくらでもやり直せるからと言い聞かされていたから。
そのつもりで欲望の赴くまま動き、まるでゲームをするのように思いっきり羽目を外して楽しんでいたのだ。
しかしダフネの話ではもう、彼はサーカス団から逃げ出した後らしい。サリーナには、帽子屋さんが何処に消えたのかなど知る由もなかった。
最も頼りにしていた人に裏切られ、自分の思い通りに何でも言うことを聞いてくれていたランシェル王子達も、魅了がとけた今は彼女を助けてくれない。
これまで約二年間に渡って彼女が築き上げてきたものが、一気にガラガラと音を立てて崩れていく……。
言い知れない恐怖に駆られ、救いを求めて必死に叫んだ。
「いやよっ、死にたくない! 誰か助けて!!」
それから少しでも彼らの視線から遠ざかろうと、座り込んだ姿勢のままお尻でずりずりと這いずって隠れようと足掻く。
そんな彼女の様子を、感情を消した目で見つめるダフネ。
(喧嘩を売る相手を間違えましたわね。今さら慌てても無駄……どこにも逃げられませんわ……)
今回サリーナが、大勢の貴族達の前で婚約破棄騒動を起こすようにとランシェル王子達を唆していたことまでは、シルヴィアーナが事前の調査で掴んでいた。
思い描いた未来の障害となるダフネ達に恥をかかせ、貴族令嬢としての価値を下げて傷物にすることが目的だったのだろう。
いや、もしかしたら彼女を操っていた黒幕の目的は、別にあったもしれないが……その先まで立案し、残酷な結末を用意していたのかもしれない。
いずれにせよ、迂闊な彼女に情報を渡すとは思えないし、真相は闇の中だが……。
そして結局、断罪されたのはサリーナの方だったが、これは当然の結果といえる。
彼女達の手元には、返り討ちに出来るだけのカードが揃っていたのだから。
誤算だったのは、隣国のスパイ容疑がかかった男……サーカス団の帽子屋さんと呼ばれる派手な化粧の小男を、捕縛しそこなったことだろう。
悟られないように泳がせ、後は捕らえるタイミングを見計らっていたところだったのだ。
それが、いよいよ決行する段になって失敗した。土壇場で勘づかれてしまったらしい。
先程、担当の騎士から取り逃がしたとの一報を受けた時には、悔しい思いをしたものだ。
濃い化粧に隠されて素顔も分からないベテランの諜報員だ。一度見失ってしまえば再度、発見するのは難しいだろう。
その担当の騎士だが、合図を送ってきた際にダフネ達の所まで来るようにと伝えていたため、彼は今、カツカツと軍靴を響かせながらこちらに向かって歩いてきている。
会場の出入口付近にいた人々が真っ先に気がついて、騎士を通すために道を開けてくれているので、すぐに到着できそうだ。
着飾った紳士淑女で溢れかえる会場で、武骨な軍服姿と言うのは異様な光景だった。ただ静かに歩いているだけでも非常に目立っている。
この国の王弟であるランスフォード公爵邸で開かれた、雅やかな夜会には相応しくない。
しかし、異変はそれだけではない。
いつの間にかパーティー会場となった大広間の出入口を全て、同じように軍服を着込んで剣帯した騎士達が固めていたのだ。
半分、娯楽感覚で一連の婚約破棄騒動を見物していた貴族達は、突如として物々しい雰囲気になった会場に戸惑いを隠せず、ざわめきが大きくなる。
だがそれも、彼らの着ている軍服の色を認識するまでだった。
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