第40話 傀儡



「考えるまでも無いとは思うけれど……本当はあなただって分かっているのでしょう?」


「やめてっ、言わないでよっ」


「いいえ、言わせていただきますわ。あなたは甘言にのせられ、騙されていたの。それを認めたくないから、考えないようにしているだけですわ」


「うぅっ、わたし……そんな、嘘よっ」


 激しく首を振って否定し口では嘘だと言いながらも、彼女にだってもう分かっていた。


 ダフネに指摘されるまでもなく、今まで目をそらして現実から逃げていただけだ。


 詐取する側にいたはずの自分が、騙され利用されていた側にいただなんて、思いたくなくて。



 ――なぜサーカス団が、魅了の魔道具を面識のなかった彼女に無償で提供してくれたのか、という根本的な疑問について考えたくなかったのだ。




 魅了の魔道具が高価だということは、庶民の生まれであるサリーナだって知っていた。


 複雑で高度な回路を組み込まなくてはいけない魔道具には高度な知識が必要で、作成できる者が限られてくる。


 だから、たった一つでも目玉が飛び出るようなお値段になるということも。


 そんな、一部の富裕層しか手が届かないような品物を、帽子屋さんは初めてサーカスを見に来たサリーナに無料で提供してくれたのである。


 誰にも魅了の魔道具について話さない事を約束してくれるなら……そして時々、話し相手になってくれるなら君にプレゼントすると言って……。


 それくらいで手に入るならお安いご用だと、サリーナは今日まで約束を守ってきたのだ。




「そうよ。わたしはちゃんと約束を守ったわ……」


 独り言のように呟かれた言葉を拾ったダフネが問いかける。


「あなたは具体的に何と言われて、魅了の魔道具を渡されたのかしら?」


「え? 特になにも言われてないわ」


「そんなわけないでしょう」


「本当だってばっ」


 呆れたように言うダフネに苛立ったサリーナは、声を荒げて否定する。


「だって、約束通りおしゃべりしてただけだもの! 後は毎回、外国の珍しい装飾品や可愛いドレスがあるからって誘ってくれて、買い物したくらいよっ」


「そう。帽子屋さんとはその時、どんな話をしていたのかしら?」


「どんなって……別に普通の話よ。わたしが魅了した男のことや、これから落とす予定の人のこととかを話したわ」


「他には?」


「そうね。魅了する予定の男達に早く会いたいっていうと、パーティーの招待状を用意してくれたわね。その内必要なくなったけど、伝がない最初のうちは助かったわ」


「……そう。貴女に招待状まで融通していたの」


 つまりサーカス団は、この国の貴族の誰がどのパーティーに出席するのかもある程度、把握していたことになる。




「招待状を用意してもらって、それと引き換えに何か指示をされなかったのかしら?」


「なかったわよ。わたし達、本当に上手くやってたのよ。いつもわたしの話を嬉しそうに聞いてくれて、的確な助言をしてくれたり、応援してくれたりしてたの……」


 そこまで一気にしゃべると俯いてしまう。


 信頼していた帽子屋さんに裏切られたショックをまだ、引き摺っているらしい。


「……そう」


 そんな彼女の様子を見たダフネは、やはり良いように操られていたのだという確信を持った。


 サリーナは彼らにとってはいい隠れ蓑になる、都合が良い手駒なのだ。


 利用価値があるうちは手厚くもてなしたのだろう。


 悟られないように甘い言葉を吐いて騙しながら、思い通りに動かしていた光景が目に浮かぶ。


 男漁りと着飾ることにしか感心がない世間知らずの小娘ひとり落とすのは、熟練のスパイには赤子の手をひねるより簡単だったはず。


 彼女の欲望は分かりやすいし、さぞ操りやすかったことだろう。


 今から思えば、ランシェル王子に手を出すまでに約二年の時間を掛けたのも、傀儡になり得る器かどうかを見極めるためだったのかもしれない。


 自らが操り人形であることに気づかないサリーナを王子妃に据える事が出来れば、敵国の中枢に入り込める。


 どこからどこまでが画策した結果なのかは分からないが、隣国にとって色々と有利に事を運ぶための布石だったのは間違いない。




「……でも、あなたはもう見限られたみたいですわね」


「え?」


「あなたの言う帽子屋さん、サーカス団の中に見つからなかったそうですわ」


「嘘よっ。この国で遊び飽きたら、別の国に連れてってくれるって言ってたもの! ちゃんと約束したわ!」


 そんな言葉は信じないというように、キッと睨み付けながら叫ぶ。


「そもそも、何であんたがそんなことまで知っているのよ!?」


「……あなた、少しは人の話を聞いたらどう?」


 噛みついてくるサリーナに呆れた表情になった。


 彼女は自分が聞きたい言葉しか聞かないらしい。


「わたくし、先程申し上げましたわよね。一連の事件の調査をしていたと? このタイミングで分かったのは単なる偶然ですが、ちょうど報告が来たところでしたの」


 そう言うと、夜会会場の入り口へと、意味深に視線を流したのだった。





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