第10話 責める



「仲良くですって? お相手の殿方達にはそれぞれ婚約者がいらっしゃるのに……そんな方々とされたいんですの? 貴女のせいで泣いているご令嬢がたくさんお見えになるのよ。それこそ、ご存知ないとは言わせませんわ?」


「そ、そんなっ……わ、わたし全然、知らなかったです……」


 初めて聞いたという風に大袈裟に驚くと、シルヴィアーナの詰問に耐えられないというように両手で顔を覆い、声を震わせて泣きだした。


「サリーナ、大丈夫かい?」


 泣き崩れる彼女を胸に抱き寄せ、頭を撫でてやりながら耳元で優しく囁く。


「ラ、ランシェルさまぁ……わ、わたしっ、のせい……なんですかぁ……?」


「サリーナ」


「わ、わたし、確かにたくさんの方とお話したわ。貴族令嬢として一生懸命、社交を頑張ろうって思って。ただそれだけ、なのに……それが、いけなかったの……?」


 ポロポロと涙を流しながら訴える。


「あぁ、可哀想に。こんなに泣き崩れるほど追い詰められて……大丈夫、優しい君に人の婚約者を奪うなんてひどいことが出来ないのは、よく分かっているから」


「そうですよ。貴女が話し掛けた人の中に、婚約者持ちの人がいたのでしょう。それを知らなかったサリーナに責任はないです」


 ランシェル王子に続いてリアンも彼女をそう擁護し、慰める。


「そうだな。大方、婚約者との中が上手くいってない奴の口実にでも利用されたんだろ」


「僕もそう思います。意図的に君の悪い噂を流す人もいることですし、ね? 君は悪くない。むしろ、被害者だ」


 いやいや、この王子様達は何を言っているのだ……?


 その女は今も、シルヴィアーナを始めとする四人の令嬢から婚約者を纏めて略奪するという、信じられないようなことをしている最中だろうが……悪い噂を流すもなにも、こうして見せられている現実の方が何倍もひどい。


 というのが周りで聞いていた貴族達の、心からの突っ込みだった。


 サリーナに夢中になっている彼ら達には全然、伝わっていないようだが。




「リアンさま、クレイブさま、ジョナスさまも……サリーナを信じてくれるのね……シルヴィアーナ様の言葉よりわたしの言ったことを?」


「ふんっ、そんなの当たり前だろ?」


「クレイブ様……サリーナ、うれしいわ」


 彼女の言葉に含まれる毒を深く考えることもなく、しおらしく泣く姿に騙され、言うがままに全肯定する男たち。


「当然だろう? だからほら、そんなに泣かないで涙を拭いて……ね?」


「ラ、ランシェルさま。ありがとうございます」


 取り巻きの美青年達は泣き止まない彼女に、次々と優しく甘い言葉を掛けて慰める。そんな彼らにサリーナは、けなげに微笑んで見せた。






 無理に微笑んでいるようにみえる彼女の姿を痛ましげに見つめたランシェル王子は、零れ落ちる涙を指先でそっと拭ってやる。



「シルヴィアーナ嬢、権謀術数渦巻く貴族社会に慣れていないサリーナが、君達のような高位の貴族令嬢達を出し抜くことなど出来ないことは分かっているだろう」


 それからシルヴィアーナをキッと睨みつけて言った。


「この状態の彼女を見ても罪悪感は無いのか?」



「お言葉ですが、殿下。わたくしはありのままの事実を申し上げただけですわ。虚偽を申されているのはボートン子爵令嬢の方かと」


「まだ言うかっ。君は余程、サリーナを悪女にしたいようだね?」


「まあ、殿下。悪女にしたい……のではなく、彼女は悪意そのものでしてよ。いい加減、ボートン子爵令嬢に夢を見るのはお止めくださいませ」


「なっ!? 殿下になんて事をっ。いくら貴女でも無礼ですよ、シルヴィアーナ嬢!」


 サリーナの泣き落としに簡単に引っ掛かる男達の単純さに、白けた気分になりながらも放ったシルヴィアーナの一言に、リアンが激昂する。




「いいえ。シルヴィアーナ様おっしゃる通りでしてよ」


 そこで己の婚約者が友へと向ける暴言に、黙っていられなくなったダフネが口を挟んだ。


「ボートン子爵令嬢の軽率なお振る舞いの陰で、一体どれ程多くの罪のない令嬢方が婚約者を奪われ、哀しみ、悲嘆にくれた涙を流したことでしょう……」


「……ダフネ嬢っ、黙りたまえ!」


「まぁ……恐ろしいお顔ですこと」


 目を吊り上げたリアンに頭ごなしに怒鳴られ、呆れたように扇で顔を隠して黙ってしまったダフネに変わって、ルイーザが続ける。



「彼女が社交界に現れてから今まで、貴方達は一体何をご覧になっていらっしゃいました? その目は、その耳は飾りですか?」


「なっ!? 俺達を侮辱するのか、ルイーザ嬢!」


 我慢ならないというように、クライブが噛みつく。


「違いますわ。シルヴィアーナ様やダフネ様がおっしゃったように、わたくしもただ事実を申し上げているだけです」


 大柄な体格のクレイブが肩を怒らせ激昂する様は迫力満点で恐ろしく、普通の令嬢なら卒倒してしまったことだろう。


 しかし、そんな見た目だけの脅しに彼女は屈しない。正面から己の婚約者の目を見て、キッパリと言い切る。


「クレイブ様、ボートン子爵令嬢の側が心地よいのはよく分かります。何しろ彼女は生まれた時から貴方様を縛る貴族としての義務を放棄することすら許して、甘やかしてくれる方ですものね? 享楽に溺れる堕落した生活はさぞ、多幸感に満ちたものだったことでしょう」




 サリーナと出会ってからの彼はルイーザの婚約者としての義務を放棄したばかりでなく、国を守る騎士としての心構え、気概さえも捨て去ってしまった。


 地味で辛い基礎訓練や野外訓練はもちろんのこと、大好きだったはずの剣の鍛練さえ、


「クレイブ様はもう十分お強いのに……そんなに頑張り過ぎなくてもいいと思います。少しは息抜きも必要じゃないかしら? わたしと一緒に頑張っている自分にご褒美をあげませんか?」


 と言う甘い囁きを吹き込まれ、さぼりがちになっていく。


 今ではサリーナの側に侍っている時間のほうが多く、いくら父である将軍が苦言を呈しても聞き流してしまうとか。





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